9話 不死者の王(仮) 其の2
その日、ウェルノークから荒地に向かう、
男女の二人組がいた。
一人は荘厳な態度の少女。
一人は初老を迎えた男性。
彼らは、周りの目を憚る事無く、
大声で会話しながら、荒地へと向かっている。
「あの、ネロ様?
封印の件は無かった事にしたのでは?」
「うるさい!
我らが協定を台無しにしてくれた連中を観に来ただけだ!
連中が自分の仕出かした事を後悔しながら死んで行く様を観たいのだ!」
「しかし、観るだけなら我らが赴かずとも、
別の方法がありましょう?」
ネロがハッと何かに気付いた表情をする。
そして、涙目でケルネスを睨み付けた。
ケルネスは墓穴を掘った事に気付き、話をそらす。
「ネロ様も良い趣味をしておりますな。
『間近』で連中が苦しむ様が観たかったのでしょ?」
「お、おう!
そうだとも!
さすがはケルネス!分かっておるな!」
落とし所を見つけたネロがケルネスに微笑む。
その表情を見たケルネスは胸を撫で下ろした。
ここ最近、ケルネスはネロに対する評価を大きく変えている。
ネロの本性とも言うべき、残念な部分を見過ぎてしまった為だ。
しかし、何故だろう?
その残念な部分がケルネスの忠誠心をより硬いものにしていた。
その無防備な表情は保護欲を誘い。
横暴態度はそれを満足させる事による達成感を与えてくれた。
ケルネスは思う。
まるで娘を育てている様な気分だと…
勿論、それはケルネスの妄想に過ぎない。
そして、ケルネスに本物の娘などいない。
でも、娘を持つ事に憧れた事はあった。
それら、全てのピースが組み合わさる。
今や、ケルネスの忠誠心は他人へ向けるレベルのものを超えていた。
あーネロ様。
私が仕えるべき君。
もし、この先でかの者との戦闘が控えていたとしても、
この私奴が守り抜いてみせますぞ!
決心は微塵も揺るがない。
荒地に向かう事に理由がついた少女。
そして、それを微笑ましく見守る初老の男。
彼らはこれから、死地へと足を踏み入れようとしていた。
◇
異変に気付いたのは、昨日。
ゾンビ・スケルトン狩りを続けていた時の事。
突然の寒気が僕の体を襲った。
体調に異変があった訳ではない。
風邪をひいたわけでもない。
でも、寒気を感じるのだ。
それは荒地にいる間続く。
気味が悪いと思ったが、
荒地を離れると治まる事から、
僕はこの事をナナシさんに黙っている事にした。
折角、軌道に乗った仕事にケチを付けたくなかったし、
ナナシさんが取ってくれた仕事を台無しにしたくなかったのだ。
その異変を除けばあと一点を除き、仕事は本当に順調だった。
手持ちのお金が増えてきて余裕が出たので、
即効性のポーションを3つ買った。
銀貨32枚を支払ったが悪い買い物じゃなかったと思う。
装備も靴だけ新しいのを買い。
他は正規兵のお下がりを使っている。
遠距離から攻撃している為、
強度の確認は取れていないが、悪い物には見えなかった。
本当に事が順調に進んでいた。
お金をもう少し稼げたら、ナナシさんに相談して別の仕事を探そう。
この仕事に不満はないが、あと一点致命的な問題が出ている。
レベルが上がらないのだ。
僕のレベルは彼らから得る経験では満足しなくなっていた。
お金稼ぎとしてはまだ使えるが、レベル上げは打ち止めになっていたのだ。
今のレベルは35。
国で務めてみるのも良いかもしれない。
十分にお誘いが来るレベルだった。
いや、ダメかな?
やはり、ナナシさんと相談した方が良い。
早い方が良いかな?
そうだ、この狩を終えたら相談しよう!
そう結論付け、獲物にライトを放つ。
消し飛んで行く死霊種達。
彼らの低い断末魔をそっちのけで、
僕はこれからの事に思いを馳せていた。
何時だって、
優柔不断な僕の背中を押してくれる、ナナシさん。
きっと今回も良い答えを見つけてくれる。
そんな、確信が僕にはあった。
◇
荒地で起きている異変は、今なお進んでいる。
それは寒気だけの問題ではない。
もう一つそれは起きていた。
死霊種の沸きの鈍りである。
これは、ネロがこの荒地から手を引いた為に起きた事。
しかし、それはかの者の復活を急速に早めていた。
荒地に大量発生する死霊種は元々魔国が仕掛けた結界だった。
荒地に漂う魔力や瘴気を低級の死霊種に吸わせて、
朝日と共に発散させていたのである。
しかし、今ではその大量発生する死霊種がいない。
荒地には、今や人が寒気を感じる程の魔力と瘴気が蠢き始めている。
それを利用しないほど、不死者の王は耄碌していなかった。