6話 夜勤警備、日当1銀貨と50銅貨+α
その日、僕は朝早くに目を覚ました。
ギルドに仕事の説明を受けに行く為だ。
眠いと目を擦るナナシさんを無理やり連れて宿を出る。
「おい、トール。
まだ、朝早いだろ?」
「いえ、これぐらいが丁度いいんです!」
「…」
僕の妙な気迫にナナシさんは黙った。
そう、この位朝早い方が丁度良い。
街は静かで、人通りは少ない。
きっと、ギルドも人の入りが少ない筈。
逆だった。
ギルドは今、人でごった返している…
しかし、この前感じた悪い雰囲気は何処にもなかった。
人がそれぞれに仕事探しや情報交換を行っており、
興味の対象外に向ける視線が無いのだ。
そこに他人への嘲りや馬鹿にした笑い声は存在しなかった。
これはこれで、悪くない、そう感じる光景だった。
受付の列に並び順番を待つ。
ナナシさんは受付に昨日の娘がいない事を確認すると、
僕に後は任せたと言い残し、そそくさとレストスペースに引っ込んでしまった。
流れに乗り前進する事、数分。
ようやく先頭にたどり着く。
受付の娘と目が合い見詰め合う。
「お待たせしました。本日のご用件は?」
しびれを切らしたのか、声を掛けてきた。
あー、えーと、どうすれば…
「本日、初めての方ですか?」
「いえ、2回目です。
でも、この時間に来るのは初めてです」
「朝は大変混みあいます。
ですので、お仕事の紹介は掲示板掲載分のみとしています。
掲示板に最新のお仕事情報が掲載されてますので、
そこからお仕事を探し、受付まで持って来て貰えますか?」
笑顔で説明する受付。
僕の後ろの人が舌打ちして、僕が退く事を促している。
「すいません!
でも、正規兵の隊長さんが、
ここで僕達の名前を出せば、仕事を貰えるって…」
「失礼ですが、お名前をお願いします」
「トールとナナシです」
緊張しながらも、要件を言えた。
受付は「伺っております」と告げると、
僕にレストスペースで待つように促した。
やはり、忙しいらしく、
僕の来訪を別の職員に告げると本来の仕事に戻った。
ナナシさんがレストスペースの椅子で幸せそうに寝ている。
僕の苦労も知らないで…
悪戯をしたい衝動に駆られるが、今日はやめておく。
いつもお世話になってるお礼です。
僕もなんだか、、、眠たく…
―――は!
すっと目が覚める。
場所はギルドのレストスペース。
僕が寝ていた隣で、既にナナシさんとギルド職員の話し合いが始まっていた。
僕はどれくらい眠っていたのだろう?
ナナシさんが僕の目覚めに気付き、話しかけてくる。
「起きたか、トール!」
「はい」
「仕事が決まったぞ!」
「どんな仕事ですか?」
「簡単に言うと警備の仕事だ。
今日の夜からにして貰ったから。
この後は夜まで身体を休めるぞ!」
「夜の警備ですか?」
その言葉に不安が押し寄せる。
夜の警備?
何が襲って来るか分からない夜の警備。
危険ではないのか?
ナナシさんは僕の不安を顔色で悟り、
宥めるように声を掛けた。
「大丈夫だ、
重要なポストじゃないからな。
手薄な所に配置する、臨時ポストだそうだ。
それに、装備も正規兵の余りを拝借できるらしい」
ナナシさんは言い終えるとニカッと笑った。
何が大丈夫なのか分からないが、
とりあえず、仕事の契約は終了したらしい。
断った所で、違約金が発生する。
僕に選択肢は残っていなかった。
「一人当たり1銀貨と50銅貨ですか!」
僕の声が浴室に響く。
ここはミストサウナ。
僕達はギルドからの帰り道、
風呂に入りたいと言うナナシさんの要望で、
この前のサウナに寄っていた。
「あーあそうだ、
この前の清掃二人で1銀貨とは大違いだ。
それに、臨時でボーナスが出る」
「そんなに…」
僕はなんだかこの仕事が怖くなってきていた。
装備も支給されて、日当も申し分ない。
それに加えてボーナス…
話が美味しすぎる。
「ナナシさん」
「どうした?トール」
僕の不安そうな表情で察したのか、
心配そうに尋ねてきた。
「話を聞く限り、
この仕事、美味しすぎます。
何か裏があるんじゃ?」
「ああ、その事か」
ナナシさんは事情を知っているらしく、
僕にその理由を語り始めた。
「これは臨時ボーナスにも関わる事なんだが、
実は俺達が警備する場所に問題がある」
「重要なポストじゃないって…」
「ああ、重要じゃない。
何故ならそこは荒れ地。
荒れ地に誰も入らせない様に警告する事が俺達の仕事だ。
ほら、楽勝だろ?」
「でも、それじゃあボーナスは何処から出るんですか?」
「その荒れ地…
夜になると、死霊系モンスターの発生源になるらしい」
その言葉に僕の体が固まった。
「そのモンスターを狩るのは自由だそうだ。
どうだ?美味しい仕事だろ?」
「そんな危険な仕事、僕には出来ません!」
明確な拒絶を示した。
だって、そうだろ?
モンスターの発生源の傍に控える仕事って…
何かあったらどうするんだ?この人。
ナナシさんの顔付きが真面目なものへと変わる。
「トールはこのままでいいのか?
このまま、温く生きて、この街で消えていくのか?」
「…」
僕の拒絶に対して静かな反論だった。
このままこの街で消えていく?
考えた事もない事だった。
「トールには目的があるんじゃないのか?
それも早く達成しないといけない目的が!
良いのかこのままで?」
「良くありません。
父さんと母さんを待たせるわけにはいかない!」
僕の答えに満足したのか、
ナナシさんはいつもの微笑みを向けてくれた。
「安心しろ、荒地は塀で囲まれてる。
トールは塀の上から魔物をチクチクやればいい。
経験値とお金、ダブルで美味しい仕事だ!」
ニタニタと笑うナナシさん。
楽観視し過ぎている気もするが、
僕はいつものナナシさんペースに逆らう事が出来なかった。
待ってて!父さん母さん。
僕は強くなって必ず迎えに行きます。