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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

とうめいなはこ

作者: 影都 千虎

 彼女たちの生活をこうやって眺め続けて何日目になるのだろう。

 私には『意識』があっても『肉体』や『存在』がない。所謂、幽霊という奴なのかもしれない。

 居ても居なくても同じ。そういう存在。

 そんな私はどういうわけかここにいて。することもないから彼女たちを観察することにしていた。


 彼女たちと言っても二人だけだ。

 一人は透明な箱に閉じ込められていて、普段は体を丸めて眠っている。たまに目を覚ますと、彼女は決まって大粒の涙を溢しながら何かを訴えていた。誰にも届かないと分かっているはずなのに、飽きもせずに何かを求めていた。

 対してもう一人の彼女は、箱の中の彼女を閉じ込めている側だ。箱の外から、箱の中の声を片っ端から否定して、ある時は箱ごと箱の中身を刺し殺そうとなんかしたり、毒ガスで殺そうとなんかしたりして。でも決して楽しそうではなく、非常に苛立っている様子だ。箱の中の彼女が嫌いなのかもしれない。

 箱の中の彼女が苦しげな表情を浮かべ、乱れ、泣いている姿というのはなんとも痛々しい。そして、外の彼女はそんな彼女を見る度に、箱さえなければキスができそうな距離まで近づいて、毒のような言葉と共に箱の中の彼女をさらに追い詰めるのだった。

 彼女たちの監禁生活は飽きることなく続いている。箱の中の彼女が目を覚まさない限り至って平穏な日常なのだが、目を覚ました日には大荒れだ。箱の外にいる彼女がずっと箱の中にいる彼女を殺そうとするものだから、ただでさえ泣いている彼女が余計に泣き叫ぶ。

 しかし、どんなに殺されそうになっても、彼女は決して死ぬことはないので、どちらが異常なのかと訊かれても答えかねる。死なないから余計に、箱の外の彼女は苛立っているのかもしれない、なんて私は思った。


 あるときから、箱の中の彼女が目を覚ます頻度が増した。いつも、彼女は殺され疲れて眠りに落ちていくのだが、その眠りが浅くなってきているらしい。それどころか、毒に耐性が出来たのか毒ガスが効きづらくなり、本当に化け物になってしまったのか、いくら刺されようとも傷つかなくなっていった。

 その代わりと言ってはなんだが、外の彼女はどんどんと疲弊して衰弱していく。外が弱くなるから中が強くなる。中が強くなるから外が弱くなる。その繰り返しだった。

 そして、ある時外の彼女は唐突に死んだ。

 いつ殺されたのかわからない。どうしてそうなったのかも分からない。私はずっと彼女たちを見ていたはずなのに、本当に唐突の出来事だった。

 外の彼女は、全身をこれでもかというほど貫かれていた。串刺しにされ、見るも無惨な姿になっていた。

 中の彼女は、殺された彼女には目もくれず、箱の外から出ることもせず、ただ何かを求め泣き続けていた。本当に、誰も聞く人は居なくなってしまったというのに。


 何がきっかけでこんな奇妙な監禁生活が始まったのだろう。疑問に思わないこともなかったが、外の彼女が死んでしまった今、監禁生活は破綻しているので疑問をぶつけることはできなくなった。それに、閉じ込める人はいなくなっても彼女は相変わらず箱の中にいるので、あれは監禁生活ではなかったのかもしれないと私は後から思った。

 外の彼女が死んでから酷いものだ。箱の中の彼女はよく自分の首を絞めるようになった。そして、喘ぐように酸素を求め、うっとりとした表情を浮かべるのだ。この自傷行為をおぞましいと呼ばずになんと呼ぼう?

 いつからか、彼女は泣くことをやめた。そして表情を失った。箱の外に興味を示すこともなく、ずっと訴えていた何かを訴えるのもやめ、光を失った目はどこを見ているのか分からなくなった。

 そして、それと同時に彼女を閉じ込めている透明な箱に、少しずつヒビが入っていくのが分かった。ヒビは徐々に広がり、大きくなり、箱が箱であることを侵していく。いつかそれが壊れてしまうというのは明白だった。


 今日、その日がやって来た。

 透明な箱はバラバラに砕けて壊れ、中にいた彼女は砂の城のように崩れて消えた。あとに残ったのは一人の幼い子供で、やはり私には何が起きたのか理解できなかった。

 幼い子供は箱の彼女よりも激しく泣き続けている。子供なのだから仕方ない、と思うのだが、その子供をあやしてやる大人が誰もいないというのがどうにも寂しく感じられた。当然のことながら、『意識』しかない私にもどうすることもできない。どうしたらいいのか分からない。

 子供はずっと泣き続けている。可哀想に、まだ幼いのに誰に甘えることもできず、ずっとあのまま一人なのだろう。

 可哀想に、とは言ったものの、正直なところ私にはなんの感情も生まれてこない。他人事だからだろうか。もう、これ以上はここにいても仕方ないだろうなんて考え始めている。考えるだけじゃなく、行動に移してしまっている。

 私は、そっとこの場から意識を外した。

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