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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ブラッド×ダガ―

 満点の星空と満月の光。静かな夜に似つかわしくない場所――すなわち廃墟と化した教会の裏手には、打ち捨てられた共同墓地が存在している。そこは今にも幽霊が現れそうな場所だったがこんなにも月が明るい晩にそんなものは出てこないはず……。


「早く帰らないと……」


 墓地の墓石の下からひらり、とひとりの少女が現れた。

 その少女――月城里亜(リア)は困ったような顔をして〝何か〟を両手いっぱいに抱えたまま走りだした。

 赤茶のショートヘアーが風に揺れている。少しだけ垂れた赤い目をした愛らしい顔立ちの少女だった。そんなところから現れたのが普通の少女であるはずもない。


「夜中に……を取ってきてなんて娘に頼む親、普通いる……?」


 ため息をこぼしつつも走り続ける里亜。


「ようやく見つけましたよ……。人の中に紛れ込んだ、人にあらざる存在を……」


 そんな彼女を屋根の上から見つめる黒い影。黒い影は小さな声でそれだけを言い放ち闇に紛れてしまうがそのことに里亜が気付くことはなかった。



□■□■



(どうしよう! 誰かに追いかけられている……!)


 今日は翌日の放課後。人気のない細い道で里亜は聖職者の気配が尾行していることに気付いた。


(このままだと捕まって祓われちゃう! ……だってあたし、吸血鬼だから)


 吸血鬼――ヴァンパイアやドラキュラなどとも呼ばれる人の血を糧として生きる魔物を指し、大半は人間から吸血鬼になる。誕生した瞬間から吸血鬼、といった者同士の子孫のことは純潔と呼ばれている。

 魔物も悪魔と同列とみなされそれに関する知識を持つことは聖職者には許されていない。その上高位もしくは純潔の魔物は悪しき気配を完璧に消して人間に変身することができるのだ。そのため普通の聖職者は彼女が魔物だということには気づけない。その気配を察知しているということは里亜を追いかけているのは悪魔祓い(エクソシスト)、ということになる。

 しかし聖なる気配もすることから悪魔祓い師であることを隠して聖職者になっているのだろう。悪魔祓い師であることが教会に知られれば高位の聖職者とてただではすまない。


 里亜が隠れようと何度も撒いても気配が分かっているらしくすぐに見つかってしまう。彼女は悪魔祓い師の力が尽きるまで逃げ回るしかない。

 走り回っているうちにしだいに体力は奪われついに足が(もつ)れて倒れ込んでしまう。


(もう歩けない……こうなったら戦うしか、ない、な)


 彼女が座ったまま小さな声で何かを呟くと、短かかった赤茶髪が腰まで伸び、瞳は赤茶から深紅へと変わる。元々尖っていた犬歯もより鋭く長く伸び、身体能力も普通の人間の何十倍にもなった。彼女のヴァンパイアとしての真の姿なのである。

 里亜は何事もなかったかのように立ち上がり悪魔祓い師が攻勢に転じるのを待つ。


「それが純潔の吸血鬼の真の姿ですか」


 男の声がと同時に背後から羽交締めにされて、聖水で清められたナイフを首筋にあてがわれる。


「良く分かったわね……悪魔祓い師」


 彼女はわずかな隙を窺い、静寂の中、首にあてがわれたナイフがほんの少しだけ浮いたことを察知して、里亜は人間の目には追いつけない速さでその場を離れた。悪魔払い師は黒いマントで全身を包みその速さに追いついて里亜を追いかける。里亜の頬を祓い師のナイフが(かす)め、浅く裂かれた皮膚から少しだけ血が流れた。

 ……次第に戦い慣れていない里亜が押され始め、祓い師によって壁際まで追い詰められてしまう。


「逃げ場はありませんよ? 足掻くのは終わりです」

「本当にそうかしら?」


 里亜は不敵な笑みを浮かべた一瞬の後悪魔祓い師の背後へと降り立つ。見えない速さでナイフを奪って悪魔祓い師の首の動脈に当てる。


「さようなら、エクソシストさん」


 里亜はそのまま霧となって空気に溶けた。



□■□■



 数度の戦いを経たその週の休日。買い物帰りに人気のない路地を通ると悪魔祓い師が待ちかまえており、不思議そうな表情を浮かべてこう問いかけた。


「なぜ、あなたは血を吸わないのですか? 今まで何度もその機会はあったはずでしょう」


 祓い師は剣を持ち、それを交えながら答えを待つ。


「あたしは人間を食べ物だとは思いたくないから人間の血は飲んだことはないわ。普段は薔薇の生気か人工血液を口にしているの。確かに聖職者の血は極上だと言われているけれどね」

「……そうなのですか。あなたは普通の吸血鬼とは違うようですね」


 悪魔祓い師の新緑色の瞳が里亜をとらえて離さない。フードの中から白金の髪がのぞく。

 二人は度々刃を交えておりその度に里亜は戦い方を学んでいくのだった。里亜がひとたび剣を握ればその身体は軽やかにひらりひらりと舞うように戦う。その軌跡は弧を描いて矢のような猛攻を繰り返す。

 一方悪魔祓い師は正確無比な攻撃を加えつつ様々な攻撃を仕掛けてくる。並走しつつ加速する二人は互いに獲物を交えた。高い音が辺りに響き渡り、幾度となく獲物を交えつつも互いを傷つけることは叶わない。


「……私はレオヴィスです」

「あたしは里亜よ」


 二人は敵であるはずの相手に共に名前を教えた。


「正直、この短期間で君がここまで強くなるとは思ってもいませんでした」


 悪魔祓い師―レオヴィスがそう言った次の瞬間。


「!」


 レオヴィスに里亜が突き飛ばされて里亜の目の前に赤がよぎり、最初は自分の髪かと思ったがすぐに違うと分かった。それは……レオヴィスの血だった。


「レ、レオヴィスー!」


 そしてレオヴィスを傷つけたのは里亜と同じ、吸血鬼だったのだ……。



□■□■



 里亜以上に赤い長髪と深紅の瞳を持つ男は邪気のない笑みを浮かべる。黒いマントは風に翻り、男の長い右手の爪は鮮やかな赤に染まっていた。


「吸血鬼!? 戦っているのはあたしよ。どうしてこんなことをするの!」


 里亜はすごい剣幕で怒鳴った。


「……そいつは悪魔祓い師ではないのか? 月城里亜よ。我はそなたを助けたまで」


 他者を魅了し従えさせるような声が耳に届く。


「!?」

(名前を知られている―!?)


 名前を呼ばれてから里亜の体は全く動かなくなってしまった。つまりこの吸血鬼は――


「我は吸血鬼の始祖の一人、オルフェゲートである。長き眠りより目覚めたばかりよ」


 吸血鬼は始まりの吸血鬼のことを始祖と呼ぶ。血が濃ければ濃いほど吸血鬼の力は強くなるからだ。そして吸血鬼にとって上位者に名を知られることは命を奪われたことに等しい。


(相手が悪すぎる……!)


 里亜は唇を噛んだ。だがそこで里亜は大切なことに気づく。


(あれっ? そもそもどうしてレオヴィスを助けたいと思ったの? 敵なのに。戦うことが楽しかったから?)


 里亜は考えても答えが分からなかった。


「我が花嫁、里亜よ。共に参ろうぞ」

「えっ!?」

(あたしが花嫁!?)


 そう思った次の瞬間、オルフェゲートは里亜の目の前に立ち優しく抱きしめてくる。薔薇のにおいだと気付いた次の瞬間には里亜は意識を失っていた。



□■□■



 里亜は暗闇の中で目覚める。


「ここ、どこ……?」


 ただし里亜は吸血鬼であるため力を封じている状態でも人より夜目が効く。里亜は状況を確認すると吸血鬼らしく棺桶の中で寝かされていたことに気づく。里亜はそこから体を起こして周囲を見回した。


「……っ」

「!」


 レオヴィスの声。里亜が見てみると部屋の端に横たわる人らしき姿があったため、里亜は駆け寄る。レオヴィスの傷は止血もされないまま放置されていたようだ。


(どうしてレオヴィスもここに……? 普通なら人質に取る、くらいはしそうなものなのに。あたしたち二人くらいならあっさり倒せる自信があるのか、それとも……)


 吸血鬼の始祖の一人オルフェゲートと名乗った男。この言葉から察するに始祖は最低でも数人いて、下手をすればその全てを敵に回すことになる。始祖ではない吸血鬼である里亜と怪我を負ったレオヴィスでは勝ち目は零に等しい。


(今は分からないことを考えるよりも、レオヴィスの怪我をどうにかすることの方が先ね)


 出血量からして、早く怪我を治さなければ死んでしまうだろう。


(理由は分からないわ。でも今はレオヴィスを助けたいと思っている。だから……)


 里亜の耳にレオヴィスの乱れた息の音だけが届く。里亜は周囲に人がいないかをしっかりと確認し指をパチリと鳴らした。


(とりあえず早く血を止めないと!)


 里亜はそう呟くなり、すぐさま自身の左手の親指を歯で噛んだ。


「っ……」


 里亜は一瞬顔をゆがめたものの、その親指から出た血をレオヴィスの頭の傷口と一番ひどい傷口に数滴たらす。するとあり得ないことに、レオヴィスの傷がみるみるうちにふさがっていった。


(吸血鬼の血で傷を治したと知っていたら、きっとレオヴィスは嫌がるわよね……)


 そう思いつつも、里亜は二番目にひどい傷口のある部分を全て表面だけでも、と思って治した。


「とりあえずこれでいいよね」


 そして里亜は意識のないレオヴィスを背負って暗闇の中ゆっくりと部屋の外へ出た。



□■□■



「……!?」

「気がついた?」


 レオヴィスは里亜の背で目覚めたようだがおそらく状況を理解していないだろう。レオヴィスを背負って歩きだしてから、まだそれほど時間は経っていない。


「……魔物に隙を突かれ、しかも君の力に助けられるとは。悪魔祓い師失格ですね」


 レオヴィスは皮肉げにそう言いつつ、里亜の背からするりと降りる。里亜ははっとして、後ろを振り返った。


「あたしの力に気づいていたの――?」


 里亜がレオヴィスに詰め寄るとレオヴィスは淡々と言った。


「ええ。あなたはその血で他者を癒すことができるのでしょう? 吸血鬼らしからぬ能力ですね」


 吸血鬼は程度の差こそあれ、暗視、ずば抜けた身体能力、再生能力、魅了、人を吸血鬼化する力を持っている。だがそれ以外にも個別に特殊能力を持つ。

 里亜のそれは「治癒」であった。自身の血と引き換えにどれだけ重症で重病な人でも癒すことができるが死者蘇生は行えない。


「いつから気づいていたの?」

「ナイフを交えた時です」


 かなり早い段階でその能力に気づいていたようだ。


〝隠しなさい、里亜。その力に気づかれれば、あなたはここにいられなくなるわ〟


 里亜の脳裏に昔から母に言い聞かされていた言葉がよぎる。


 〝気づかれた時には―〟


(ううん、レオヴィスなら大丈夫。あたしを利用なんかせず、倒すだけ)


 里亜はそう思っている。けれども頭の中をよぎる言葉は。


〝その時は、殺しなさい〟


「人にあらざる者の力とはいえ、それに助けられたのも事実です。里亜、ありがとうございます」

「……!」


 里亜は驚いてしまった。まさかレオヴィスが礼を言うとは思ってもみなかったのであろう。


「まさか感謝してくれるなんて思わなかったわ」


 里亜がそう言うとレオヴィスは眉根を寄せて反論をする。


「……礼ぐらいは言いますよ。それが何であれ、ね」


 レオヴィスは含み笑いを浮かべていたが青白かった。どう見積もっても本調子ではないだろう。けれどその笑みを見た時、里亜は体が硬くなっていたことに気づいた。


(いつも通りな気がしていたけれど、そうでもなかったのね)


 里亜は一度深呼吸をしてから手をぎゅっと握りしめた。


「私が倒れた後、君はどうしたのですか?」

「始祖の一人を名乗るオルフェゲートという吸血鬼に眠らされて棺桶の中で目覚めたの。レオヴィスもあたしと同じ部屋に怪我したまま放置されていたの」

「そうですか……」


 レオヴィスはそれを聞くと少し考えるようなそぶりをしたもののこう言った。


「ここがどこか分からない上に、目的も分からない状況です。ならばやはり動くべきでしょうね。先を急ぎましょう」


 その言葉を最後に二人は無言で前に進むと不意に遠くに明かりが見えた。二人は息と足音を殺しながら足早に進みレオヴィスはナイフを構えていた。明かりのついた部屋の扉を開けてそこに入る。


「待っていたぞ、我が花嫁」


 するとそこにいたのはオルフェゲートだけであった。扉から見て正面に足を組んでソファーに座りソファーの左側には小さな丸テーブルがある。オルフェゲートは片手にワインを入れたグラスを持っていたが、それを丸テーブルの上に置いた。二人は気を引き締めている。


「そなたたちは知っているのか? 現在まで純潔の吸血鬼が残っている理由を」


 オルフェゲートは手を体の前で組んで言った。


「あなたのような始祖たちが純潔の吸血鬼が少なくなってくると、純潔の吸血鬼を花嫁か花婿にしてきたからでしょう?」


 里亜は何をしらじらしい、という態度で返答する。


「その通りではある。だがそれだけでもないのだがな?」


 オルフェゲートはそう言って笑った。


「どちらにせよ、このシナリオに逆らうつもりだろう? ならば我を倒してみせよ」


 レオヴィスはナイフを構え里亜は純潔の吸血鬼としての力を解放する。

 最初に動いたのはレオヴィスだった。複数の銀製のナイフを両手の指と指の隙間に挟み込んで放つ。里亜も素早くオルフェゲートに詰め寄っていく。

 対してオルフェゲートは指を鳴らし不可避の結界を展開、ナイフを防ぐ。だが里亜は伸びた爪でその結界に穴を開ける。


「ほう、なかなかの攻撃であるな。だが……」


 オルフェゲートは自身の爪を伸ばし里亜の攻撃をやすやすと受け止める。

 レオヴィスはその隙にナイフを地面に向けて飛ばし魔法陣を作り出す。里亜は強化された脚力で魔法陣が完成しきる前に飛びすさる。バックステップで数メートルの距離を開けた里亜は唇を噛み、その血を自身の爪に付着させた。

 オルフェゲートはそれに気づいて楽しそうに笑う。

 レオヴィスは魔法陣を発動させオルフェゲートを聖なる空間に閉じ込める。この魔法陣は大抵の魔物ならば中に閉じ込めたものを滅することができる代物ではある。

 だが始祖であるオルフェゲートにそれが効くはずもない。


 〝消失せよ〟


 オルフェゲートがそう言い放つと魔法陣は元から存在しなかったかのように消失した。


「えっ!」


 里亜が声をあげる一方でレオヴィスはため息をひとつついた。


「始祖であり強力な言霊使いですか。厄介な……」

「そうだ。だがそれも能力のうちの一つにすぎないが、な!」


 オルフェゲートは指先一つで魔法を完成させると拳大の火球が次々と二人に向かって放たれる。

 里亜は火球をすべて交わし身を低くしてオルフェゲートに襲いかかる。一方レオヴィスも火球を立ち止まった体勢から流れるような剣捌きで次々と切り裂いていく。

 火球を切り伏せたレオヴィスだったが次の瞬間驚愕で目を見開いた。


「里亜!」


 レオヴィスの目の前にはうつろな瞳でこちらに迫ってくる里亜の姿が見えていた――。



□■□■



 獣のように襲いかかる里亜にオルフェゲートは言霊を発した。


 〝月城里亜、レオヴィスを殺せ〟


「い、いや……」


 耳をふさぐが時すでに遅く里亜の体は自由に動かせなくなっていた。敵であるはずのオルフェゲートに背を向けレオヴィスに襲いかかった。


「里亜!」


 里亜はレオヴィスの声を聞いたものの自分の意思に反してレオヴィスに攻撃を仕掛ける。レオヴィスのナイフと里亜の爪が交差し火花が散る。しかもオルフェゲートはレオヴィスにも言霊を発した。


 〝レオヴィス、月城里亜におとなしく殺されろ〟


 レオヴィスもまたオルフェゲートに操られ、ナイフを手放し、その場に立ち止まらせられる。


(あたしの血なら、もしかしたら!)


 そう思い里亜はどうにか自分の意思で先ほど噛んだ唇を舐めると、どうにか体の自由取り戻すことができた。


(あたしの血は癒し。ならば不自然に操られた状態を治すことができる!)


 里亜はレオヴィスへの攻撃をやめてもう一度唇を噛みその血を指ですくい取った。そしてレオヴィスの頬につける。

 だがレオヴィスの目はうつろなままだった。


(体内に直接入れないと解除されないの!? なら)


 里亜は立ちすくむレオヴィスの唇に口づけた――。



□■□■



「なっ!?」


 二人の男の声が重なった。里亜がレオヴィスへの言霊の解除方法が強引すぎたためだ。


「我が花嫁の唇が汚されたか」


 オルフェゲートはそう呟く。


「確かにそうした方が早いでしょうが、他にもやりようがあったのではないですか? それに私はこれでも聖職者なのですよ?」


 レオヴィスも頭を押さえている。


「……ご、ごめんなさい」

「はぁ、でもまた助けられてしまいましたね。この借りはいつか必ず返します」


 レオヴィスはそう言って再びオルフェゲートにナイフで迫っていった。里亜もうなずきながらオルフェゲートに言霊を使わせないように背後から強襲する。


(意識がなければその言葉を聞くことができないから言霊は意識がある時しか使えないはず。そしてそれを破る手段があるならばやるだけ無意味だと思うんじゃないかしら)


 オルフェゲートもそのことに気づいたのか先ほどよりも自信がなくなっているように見える。


「これは不利になってきたな。だがまだまだ時間はある。あせる必要もない」


 オルフェゲートはそう言い放つと煙になって逃げようとした。


「させません!」


 煙になったオルフェゲートにレオヴィスがナイフを投げつけた。肉体ではない時に銀製のナイフが当たれば始祖でもただではすまない。


「ぐ、ぐはっ……」


 とはいえ致命傷を負わせるほどではないだろうが、そらならば傷を癒す前に決着をつけてしまえばいいだけの話。


「思いついたわ! オルフェゲート、受け取りなさい」


 煙となったままもがき苦しむオルフェゲートに里亜は自身の手首をナイフで切り付ける。滴り落ちる自身の血をナイフに付着させオルフェゲートの胸に差し込んだ。


「ぐわぁぁぁぁぁ」


 里亜は自身の癒しの力のベクトルを逆向きに変え他者を傷つける方へと変えたのだった。オルフェゲートは煙にもなることができずそこには何も残ってはいなかった。

 里亜とレオヴィスがいた場所はオルフェゲートが消えた瞬間に崩れ始め、空間は少しずつひび割れ徐々に黒い空が現れてくる。しつしか二人は夜の小さな丘の上に立っていた。


「戦いが終わったのね……」

「そうですね。でも、私と君の戦いはこれからも続けますよ」

「確かにそうね。でもそれも悪くない気がしてきたわ」


 二人は互いに口元に笑みを浮かべそれぞれ別れも告げずにその場を去った。



□■□■



 里亜は一人で下校していた。時刻はもう七時を周り日も落ちかけてしまっている。夕飯時なせいか、どこからかカレ―や焼き魚、みそ汁等のいい匂いが漂ってくる。そして目の前には家路を急ぐ小学生の姿があった。


「早く帰らないとお母さんに怒られちゃうよ!」


 男の子はランドセルを揺らしながら女の子と手をつないで走っている。


「そうだね」


 女の子も必死に走っていた。その姿は里亜にとっては懐かしい記憶を呼び起こしたため無意識に二人の姿を目で追ってしまう。

 だが突如として少し前の曲がり角から包丁を振りかざす男が走ってきていた。突然包丁を持って現れた男の前で立ち止まってしまう小学生二人。男は仄暗い笑みを浮かべ小学生たちに向けてナイフを振りかざした。他にも数人いた通行人から悲鳴があがる。

 里亜はそれを止めようと思って動きだそうとした時、いつの間にかレオヴィスが現れていた。


「レオヴィス!」

「えぇ。これでひとつ貸しを返しましたよ」


 レオヴィスが男へと迫る。一方の里亜も男に向けて道端に落ちていた石ころを顔に向けて投げてレオヴィスに続く。男は里亜が投げた石を顔の前で腕を交差させてガードする。

 その隙にレオヴィスは男の腹に向けて拳を打ち込もうとした。一方男の方もガードを終えた後にレオヴィスの存在に気づき、レオヴィスに向かって包丁を振り上げる。

 里亜はその間に小学生たちの元に駆け寄り、抱き上げて二人を安全な場所へと運ぶ。

 レオヴィスは男の振り上げた包丁をかわし、包丁を持つ男の右手を普通の人間と同じくらいの力で蹴りあげる。すると骨が折れた嫌な音がして男は包丁を手放してしまう。男は膝をつかないまでもその痛みに呻く。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 男は血走った眼をしながら無事な左手でレオヴィスに殴りかかってきた。


「ちっ、めんどうですね」


 レオヴィスは舌打ちをしながらも男の左手をいなしながら掴み後ろにひねり上げる。里亜は泣きだしてしまった子供たちの頭をなでてあげながら警察に電話をかけた。



□■□■



「ふふふっ。まだ始祖はいるのにね」


 女が声をあげた。


「まぁ、あいつはかっこつけで、そのくせ弱かったからな。いなくなってせいせいしたよ」


 今度は男の声が聞こえた。


「そうね。でもいなきゃいないで寂しいのよね。敵討でも、してやろうかしらね?」


 そう言って、二人の男女は姿を消した――。



□■□■



「また強くなったわね!」


 里亜は高く飛んでレオヴィスを真上から攻撃しようとする。


「そう言ってもらえると、修行をした甲斐もあるというものです」


 レオヴィスはそれを地面を転がることによって回避した。


 ――そんな二人に引き寄せられるのか、先ほどの出来事のように二人の周囲では様々な問題が起こることになる。

 爪とナイフが一定のリズムを刻み、まるで演武のようであった。


「今日こそ、倒してみせるわ!」

「それはこちらのセリフです」


 今日も二人は戦っている。


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