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新世紀日米戦争  作者: 007
第1章 対立
9/79

解説 空軍兵備

改めて確認すると更新が10年も途絶えてたんですね……


他の作品は10年以上も途絶えているのもあるので、別作品も更新するようにします。

『89式戦闘爆撃機紫電改

全長20.1メートル

全幅13.8メートル

全高5.86メートル

乗員2名

最大速度マッハ2.3

巡航速度1025キロ

航続距離5280キロ

実用上昇限度19260メートル

武装

20ミリガトリングガン1門

ハードポイント12箇所

兵装搭載量13850キロ


第3次国防力整備計画で実用化された紫電(紫電はアメリカ合衆国空軍のF-15に対抗する為に開発された)を、第4次国防力整備計画に於いて改良した直列複座(後席は兵装システム士官)の戦闘爆撃機である。

直列複座には理由があり、全天候状況の中でも、敵の防空網を低空において高速で侵攻して、投下した兵器を確実に目標に命中させるには、操縦と兵装システムの操作を分担して行う必要があるためである。

推力偏向ノズルを搭載しており、圧倒的な格闘戦能力を有している。紫電との外見の差はほとんどないが、本格的な対地攻撃能力を持たせるため、機体各部においてかなりの手直しが行われており、機体構造では全体の6割が再設計されている。

機体寿命も延ばされており、追加の搭載器材や大量の兵装を搭載する必要があるため、機体重量が重くなり、降着装置はこれに耐えられるように強化されている。電子装置類の大幅な更新も考え合わせると、内部はほぼ別の機体となっている。原型機ではオプション装備であるコンフォーマル・フューエル・タンクと呼ばれる増槽を胴体側面に標準装備(取り外しも可能)しておりタンク上にもある多数のハードポイントと、紫電譲りの充分なエンジンの余剰推力による兵装搭載量の大きさが大きな特徴といえる機体である。

コンフォーマル・フューエル・タンクなどの追加装備により、紫電からは速度性能や機動性能などが落ちたものの、対空戦闘能力は依然として高い水準にあり、湾岸戦争などでは紫電と共に戦闘空中哨戒の任務にも就いており、機体性能の高さ故に現在までに空対空戦闘で撃墜されたことはない。1995年までに空軍に配備されていた紫電は全て紫電改へと改良された。紫電及び紫電改は輸出もされており、中華連邦とインドはライセンス生産も行っている。

2008年に第5世代ジェット戦闘機として開発された08式ステルス戦闘機閃電が実用化されると機種転換が行われて退役している。




84式戦闘攻撃機飛燕改

全長15メートル

全幅5メートル

全高5メートル

乗員1名

最大速度マッハ1.9

巡航速度980キロ

航続距離4030キロ

実用上昇限度15400メートル

武装

20ミリガトリングガン1門

ハードポイント10箇所

兵装搭載量7250キロ


第3次国防力整備計画で実用化された飛燕を、第4次国防力整備計画で改良した戦闘攻撃機である。同時に開発された紫電が制空戦闘機であるのに対して、飛燕は当初から戦闘攻撃機として開発された。大日本帝国海軍と同じドクトリンである格闘戦能力の高さにより対空戦能力は当然として、対地対艦攻撃能力も高く飛燕の実用化により大日本帝国空軍は攻撃機を飛燕に統一した。第4次国防力整備計画で改良され飛燕改となり、更に能力が強化された。

紫電及び紫電改が高価である為、輸出数でいえば飛燕及び飛燕改の方が多い。中華連邦とインドはライセンス生産を行っているが、国産にこだわるロシア連邦も対艦攻撃能力の高さからライセンス生産を行っている。




88式戦闘機震電

全長24メートル

全幅17.3メートル

全高6.7メートル

乗員1名

最大速度マッハ2.2

巡航速度1085キロ

航続距離4800キロ

実用上昇限度18300メートル

武装

20ミリガトリングガン1門

ハードポイント14箇所

兵装搭載量8300キロ


第4次国防力整備計画で実用化された帝都防空用制空戦闘機である。前進翼にカナード・尾翼を備えた類を見ない形状をしている。

[後退翼とは逆にロール方向に対しての静安定が負であるため不安定である]との指摘があるが、安定性の低さは逆説的に運動性・機動性の高さの表れであり、ドッグファイトを重視した戦闘機などでは利点になり得る事になる。だが前進翼は揚力と迎え角が相互に増加し続けるダイバージェンス(発散)により、翼がねじられる力がかかるため最悪の場合翼が破壊されてしまう欠点があり。またそれに耐えうる強度を持たせようとすると翼の重量が増える事になり、この重量増加の欠点が最大の障害となり、複合材料技術による成型技術が確立する以前の1960年代より前は本格的な前進翼の実現は困難だった。

1970年代以降、複合材料技術の発達に伴い、空力弾性テーラリングと呼ばれる成形技術を利用することで重量増加ペナルティを小さく留める事が可能になり、本格的な前進翼機の実現への機械工学的ハードルが下がった。さらにフライ・バイ・ワイヤの進歩による運動能力向上機(CCV)などにより本質的に不安定な飛行を制御することが可能になったことから、前進翼が有効な方法だと考えられるようになった。その結果として大日本帝国空軍は帝都防空用の、圧倒的な格闘戦能力を有する制空戦闘機として震電を開発し実用化した。高性能ではあるが生産費も非常に高額になり高額機である紫電改の3倍にもなった。帝都防空部隊だけの配備と輸出はしないとの政治判断で、量産効果が期待出来ないのも高額な理由だが、空軍は予定数を調達した。




81式戦略爆撃機富嶽改

全長63メートル

全幅74メートル

全高14.85メートル

乗員5名

最大速度1009キロ

巡航速度870キロ

航続距離18600キロ

実用上昇限度16400メートル

武装

ハードポイント24箇所

兵装搭載量38200キロ


第2次国防力整備計画で実用化された富嶽を第4次国防力整備計画で、徹底的な改良を行い発展させたのが富嶽改になる。かつて大東亜戦争中に完成できなかった富嶽の名を冠すだけはあり、6発のジェット戦略爆撃機となる。

改良前の富嶽時から長大な航続距離と大量の兵装搭載量を誇り、ベトナム戦争参戦時にはB-52と並び北爆で活躍した。あまりにも富嶽の性能が高すぎる為にアメリカ合衆国は大日本帝国の技術力に改めて警戒するようになった。核爆弾2発を含めて焼け野原にされた敗戦から20年弱で、戦略爆撃機を開発したのである。警戒するのは当然だろう。だがアメリカ合衆国も冷静に考え直し東西冷戦下で高い技術力を有する同盟国は利用出来ると最終的には判断した。

改良後の富嶽改も核兵器搭載能力は維持され、大日本帝国の核戦略を支える重要な役割を担っている。



その他の航空機、早期警戒管制機や輸送機・空中給油機等は次巻にて解説します。』

広瀬由梨絵著

『大日本帝国空軍史』より一部抜粋

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