大統領の秘策
中央平原の防衛線は遂に突破された。否、突破というより、圧倒的な戦力に粉砕されたと言えるだろう。それ程までに一方的な攻略であった。空軍と海軍連合艦隊空母機動部隊による圧倒的なまでの空爆で、防衛線は凄まじいまでの被害を受けていた。その時点で生存者は数百名しかいなかった。アメリカ合衆国は中央平原防衛線に5個師団を配置していたが、人員も装備もその大多数が空爆で失われた。国防総省にとってはまさに悪夢であった。このように容易く中央平原防衛線が突破されるとは想像していなかったのである。徹底的な空爆の後に総指揮官の命令で突破命令が出たが、何も反撃を受ける事は無かった。寧ろアメリカ合衆国陸軍は凄まじい被害にあい、生存者の数百名はその殆どがシェルショックに陥っていた。『1000ヤードの凝視』と呼ばれる、戦場の恐怖によって解離状態になり感情が麻痺した兵士が持つ、虚ろで焦点の定まらない眼差しをした兵士が続出していた。総指揮官の命令でアメリカ合衆国陸軍兵士の救助が行われた。
『それは凄惨な光景であった。あらゆるものが破壊され、吹き飛ばされていた。僅かに履帯や砲身からM1A1エイブラムス戦車と確認出来た塊は、黒焦げになり溶けていた。その光景に背筋が寒くなる思いであった。だがそれでも大日本帝国軍は、燃料気化爆弾を使用してはいなかったのだ。もし燃料気化爆弾を使用していれば破片による被害は少ないが、急激な気圧の変化による内臓破裂などを起こし、燃焼により酸素を消費しつくして窒息死させることもある。そうなればシェルショックに陥っていた兵士も生きてはいなかった筈だ。その事からある意味では大日本帝国軍は、手加減していたと思われた。世界で唯一3度目の核攻撃を受けていながら、未だに手加減してこの凄惨な光景を創り出せるとは。大日本帝国が同盟国である事に感謝するばかりである。』
朱雀部隊のインドネシア陸軍士官の手記より一部抜粋
これにより2002年11月1日。中央平原防衛線は突破され、陸軍部隊はアメリカ合衆国の半分を占領するまでになった。
ホワイトハウスでは大統領が怒っていた。中央平原防衛線が突破され、アメリカ合衆国の半分が占領されたのである。一大事、歴史的大敗、国家存亡の危機、羅列するときりのない状態であった。怒られる事になった国防長官以下、軍首脳部は困り果てていた。もはや打つ手が無いのが現実であった。海軍空母戦闘群は全滅し唯一残存するニミッツ級のドワイト・D・アイゼンハワーは、船体切断を伴う2〜3年掛かりの大工事である燃料交換・大規模整備 (Refueling and Complex OverHaul, RCOH) を実施していた。そんな状態ではとてもじゃ無いが戦力にはならず、ニューポートニューズ造船所に早期完了を命令していたが簡単に終わる作業では無い。それに終わらせた所で空母戦闘群を構成する艦艇が存在していなかった。唯一攻撃型原子力潜水艦のロサンゼルス級が5隻残存するだけだった。62隻が建造されるという原潜史上、単一のクラスとして最大の配備数および最長の建造期間の記録を誇る攻撃型原子力潜水艦ロサンゼルス級たが、大日本帝国海軍連合艦隊空母機動部隊との戦いで壊滅していた。冷戦末期に建造された超高性能艦である、攻撃型原子力潜水艦シーウルフ級も2隻共が呆気なく沈められていた。そして残る攻撃型原子力潜水艦ロサンゼルス級5隻は前大統領が核戦力無力化を実行した為に、トマホーク巡航ミサイルによる攻撃が行えなくなり大西洋に回航させていた。
大統領はもはや勝つ見込みは無いのか、そう尋ねた。国防長官以下軍首脳部は答えに窮した。そこへ大統領は核攻撃を行ってはどうかと言い出したのである。慌てて国防長官は反対した。北海道釧路市への予想外の核攻撃により慌てて、報復を防ぐ為に核戦力無力化を実行したのだ。一応は大日本帝国も核攻撃は控えているが次に核攻撃を行えば、それこそアメリカ合衆国中の都市に核ミサイルが降り注ぐ事になってしまう。国防長官に続いて、軍首脳部も断固として反対した。しかし大統領は驚きもせずに更に衝撃的な事を口にした。
「誰が大日本帝国に核攻撃を行うと言ったかね。核攻撃を行うのはアメリカ西岸連邦と名乗る裏切り者の首都だよ。そこを核攻撃するのだ。」
その言葉に国防長官達は凍り付いた。いくら裏切り者といえども、同胞に対して核攻撃を行うのだ。だが大統領は至って真剣であった。アメリカ西岸連邦が大日本帝国との交渉で、軍事施設の自由な使用を許可しているのは周知の事実であった。そこで大統領は事実上の後方拠点となっているアメリカ西岸連邦に核攻撃を行い、東進している陸軍部隊の兵站線を破壊しようとの提案であった。
その説明を聞いている内に国防長官達も納得した。確かに同胞への核攻撃は断腸の思いだが、裏切り者であるのは事実である。それに兵站線を破壊出来れば、進撃が滞り撤退するかもしれない。こうして狂気に囚われた大統領の命令は実現し、攻撃型原子力潜水艦ロサンゼルス級5隻は東海岸のノーフォーク海軍基地を出港した。