解説 連合艦隊史
『連合艦隊は不死鳥の如く復活した。かつてアメリカ合衆国と3年8ヶ月に及ぶ死闘を繰り広げた連合艦隊は、全滅といってもいい状態となり世界三大海軍国の一角から無惨にも叩き落された。壮絶なる戦いを生き延びた僅かな艦艇は敗戦後には、復員船と名を変えて最後のご奉公を行った。その役目も終えた後は解体され、連合艦隊は確かに一度は完全に消滅した。
しかし時代は連合艦隊復活という流れを作り出した。1950年に勃発した朝鮮戦争によりGHQにより大日本帝国は再軍備を実施。アメリカ合衆国の対日兵器譲渡案によりエセックス級正規空母タイコンデロガ・ハンコックとインディペンデンス級軽空母カウペンスの3隻を艦載機込みで譲渡され、ノーザンプトン級巡洋艦チェスター・オーガスタとクリーブランド級巡洋艦デイトン、更にはフレッチャー級駆逐艦ニコラス・オバノン・バッチ・ゲスト・べネット・ハドソン・ハッチンス・スタンリー・ハルフォード・ロイツェ・フィリップ・レンショーを空母護衛の為に譲渡された。この大量譲渡により大日本帝国海軍連合艦隊は見事に復活を遂げたのである。
高度経済成長による発展を続ける大日本帝国はその経済力を十分に活かした軍事費を確保した。全ては二度と敗戦しない為に、との合言葉に東西冷戦下でアメリカ合衆国に次ぐ海軍を整備した。その陣容は凄まじく日本列島周辺に於いて、ソ連極東海軍を封じ込める役割以上の戦力を連合艦隊は有するに至った。その為にアメリカ合衆国は大日本帝国との協議に於いて、西太平洋からインド洋までの海域を肩代わりしてくれるように要請した。この要請に大日本帝国は東西冷戦下に於ける国威発揚に繋がると判断しその要請を受諾。日韓戦争後の1975年に西太平洋からインド洋までの海域は、アメリカ合衆国海軍第7艦隊から大日本帝国海軍連合艦隊の担当海域となった。これによりアメリカ合衆国海軍第7艦隊は中東を担当海域とする事になり大日本帝国から完全に異動した。それに付随して横須賀で使用していた施設が全て大日本帝国海軍に返還された。
担当海域が日本列島周辺から大幅に拡大した事により、連合艦隊は新たな課題に直面した。拠点の確保である。担当海域内を十全に作戦展開するには、どうしても整備や補給が行える拠点が必要であった。海軍は政府に3ヶ所の拠点が必要だと申し入れた。候補地としてタイ・インド・パラオの3ヶ国を挙げた。これを受け政府は外交交渉を行った。交渉はすんなりと進み、3ヶ国はそれぞれ港を1つ大日本帝国海軍連合艦隊専用とした。これには当然使用料が支払われる。連合艦隊は敗戦後、恒常的な海外拠点を初めて手に入れる事になった。
担当海域の増大後、大日本帝国は第4次国防力整備計画を開始。冷戦最後の大軍拡は設計期間を挟んだ為に長期に渡ったが、そのおかげで新技術を導入する事が出来る副産物もあった。その最たるものがイージスシステムである。ソ連による飽和攻撃に対抗する為に日米共同によって開発されたイージスシステムは、飽和攻撃に対する答えとして生み出された。イージスシステムは画期的な防空システムとして、開発後すぐ様イージスシステム搭載艦が量産された。
大日本帝国海軍連合艦隊はそのシステムを搭載した新型艦を設計。イージス巡洋艦金剛級とイージス駆逐艦陽炎級が量産された。それだけに留まらず連合艦隊は空母そのものにもイージスシステムを搭載する事を決定した。予算の都合上艦艇数がどうしてもアメリカ合衆国海軍に比べて少ない連合艦隊としては、空母そのものにも防空駆逐艦以上の装備が搭載されていた。連合艦隊の規模も世界第2位である為に他国からすれば連合艦隊も十分な防空体制ではあった。しかしソ連極東海軍と直に向き合う事になっている為に、飽和攻撃への対抗措置は連合艦隊にとって最優先であった。アメリカ合衆国海軍はその規模により十分な護衛艦艇を揃える事が出来ていた為に、空母は最低限の防空火器の搭載に抑えられていた。だが連合艦隊はそのような最低限で抑える事は出来ずに、防空駆逐艦以上の装備を空母に与えたのである。その結果は連合艦隊の有する空母の大規模化に直結した。現在連合艦隊の保有する空母は6隻ある。イージス原子力空母大和級3隻とイージス空母翔鶴級3隻である。第3次国防力整備計画で建造された空母翔鶴級は全長360メートル満載排水量11万トンの超大型空母となった。同時期のアメリカ合衆国海軍のエンタープライズやキティホーク級に比べると、翔鶴級は一回り大きくなっている。規模の割には艦載機数は100機となっており、エンタープライズやキティホーク級に比べ少し多いに留まっている。その理由は空母自体が重武装なのと、艦載機を甲板上では無くて全て格納するというアメリカ合衆国海軍との運用方法の違いにも現れている。翔鶴級は第4次国防力整備計画でVLSとイージスシステム搭載の近代化改修を行い、更に防空能力を向上させている。
翔鶴級の次に第4次国防力整備計画で建造されたのが、イージス原子力空母大和級である。連合艦隊が満を持して建造したイージス原子力空母大和級は全長380メートル満載排水量13万トンという世界最大の軍艦であった。設計時からVLSを多数装備しイージスシステムによる防空管制、重武装に於いてなおも満載排水量13万トンの巨体により艦載機120機を誇り、かつて沈んだ大和の名を継ぐに相応しい軍艦として建造された。これら6隻の超大型空母は連合艦隊の空母機動部隊の主力となる。連合艦隊空母機動部隊はアメリカ合衆国海軍空母戦闘群に並ぶ、世界最強の洋上部隊である。
空母機動部隊は空母1隻を中心にイージス巡洋艦1隻、ミサイル打撃巡洋艦1隻、イージス駆逐艦2隻、ミサイル駆逐艦2隻、攻撃原潜1隻、補給艦1隻から構成される。アメリカ合衆国海軍空母戦闘群なら更にイージス巡洋艦1隻とミサイル駆逐艦2隻、フリゲート2隻が加わるがその分の防空能力を空母が担っている。
この為空母機動部隊や空母戦闘群を保有出来るのは、世界で日米2ヶ国だけとなっている。ソ連やイギリス・フランスは空母を保有しているが、遂に日米に匹敵する洋上部隊を編成出来なかった。戦時には何とか編成を行い形的には真似した運用は出来ていたが、日米のように平時からそれらを運用する事は出来なかった。このように非常に予算が高額になるが空母機動部隊を大日本帝国海軍連合艦隊は6個保有する事になる。アメリカ合衆国海軍の10個空母戦闘群に比べると少ないがそれでも西太平洋からインド洋までの海域に、展開していると考えると寧ろ密度は高い。もちろん6個空母機動部隊が全て展開しているかといえばそうでも無く、2個空母機動部隊は整備や補修で母港にいるので常に展開しているのは4個空母機動部隊である。だが10万トン以上の満載排水量を誇る空母が常に4隻は稼働しているのは、アメリカ合衆国海軍以外では大日本帝国海軍だけである。その規模は確実に抑止力として働いているだろう。』
広瀬由梨絵著
『連合艦隊史』より一部抜粋