アメリカの決断
大泉総理の記者会見を受けて、アメリカ合衆国は緊急の対策会議を開いていた。会議に参加した者達の顔は一様に暗かった。当然であろう。8個空母戦闘群が全滅すると誰が予想出来ただろうか。唯一アメリカ軍統合参謀本部議長だけが、予想通りという顔付きであった。統合参謀本部での会議でもそれは予想されており、国防総省での会議や、太平洋艦隊での会議でも予想されていた。軍人達は全て湾岸戦争に於いて連合艦隊の戦力を目の当たりにしており、ドクトリンの違いによる最悪の事態を想定していた。しかし軍人たる者は命令に従わなければならない。その悲壮な覚悟の元で8個空母戦闘群は出撃し、そして全滅したのである。
会議は、何故に8個空母戦闘群が全滅したのか。それについての説明から始まった。国防総省から派遣された海軍の担当者が説明を始めた。連合艦隊空母機動部隊とアメリカ合衆国海軍空母戦闘群は、根本的にドクトリンが違っていた。基本的にアメリカ合衆国海軍の空母は攻撃を受ける事を想定していなかった。空母戦闘群を構成する護衛艦艇の防空能力と、艦載機による防空を受ける事が、空母の大前提であった。しかし大日本帝国海軍連合艦隊空母機動部隊は艦載機は全て攻撃として割り振り、防空は空母自身も含めた艦隊全体の任務であった。その為に連合艦隊空母機動部隊の空母はアメリカ合衆国海軍の空母と違い、VLSに速射砲を装備する重武装空母になっていた。それはロシア連邦旧ソ連の空母とは目的が違い、純粋に防空能力迎撃としての兵装であった。空母自体がイージスシステムを装備し、160セルものVLSを装備している事が、アメリカ合衆国海軍にとっては考えられない事であった。しかも160セルのVLSに1セル辺り4発の対空ミサイルが装填されており、合計で640発もの対空ミサイルを1隻で装備する事になっていた。そんな空母が6隻もいると空母だけで3840発の対空ミサイルを装備している計算になる。それに加えて周囲の艦艇が存在し、防空能力を高めている。更に対空ミサイルをくぐり抜けたとしてもミサイル打撃巡洋艦長門級は25センチ連装砲を装備しており、長距離からミサイルを迎撃する事が出来た。空母も含めて各艦は127ミリ砲に76ミリ砲を多数装備しており、最終的にはCIWSまで装備していた。多段階での迎撃が可能で、迎撃密度は凄まじいものとなっていた。それがアメリカ合衆国海軍の対艦ミサイル攻撃を迎撃出来た最大の理由であった。
翻って連合艦隊空母機動部隊による攻撃は、旧ソ連による飽和攻撃を遥かに上回る規模で行われた。湾岸戦争で見せ付けられた打撃力が、そのまま向けられたのだ。巡航ミサイルが1000発以上も殺到して来る事は完全に想定していなかった。必死の迎撃も虚しく、速射砲の弾幕も弱く、対空ミサイルの密度も圧倒的に少ない空母戦闘群に巡航ミサイルは次々と命中した。それによる被害と撃沈数が増える事は、相対的に迎撃密度が下がる事になった。その後の連合艦隊空母機動部隊艦載機による攻撃で、空母戦闘群は全滅。ドクトリンの違いがはっきりと現れた結果だった。
説明を受けた大統領はどうすれば勝てるのか、そう質問してきた。質問を受けた海軍の担当者は答えに窮した。勝てる訳が無い、が答えだがそう素直に答えられる筈も無かった。考えた末に担当者は口を開いた。
勝利を得るには空軍も動員してありとあらゆる機体で飽和攻撃を行うしかないでしょう。例えばあえて西海岸に近付けて残存する空母戦闘群と本土の空軍による同時飽和攻撃を仕掛けます。連合艦隊空母機動部隊の防空能力を破るにはこれしかありません。
その担当者の言葉に大統領以下、出席者全員が賛同するしかなかった。
担当者からの言葉を聞いた大統領は更に空軍の担当者に、大日本帝国本土を空爆出来ないか質問した。空軍の担当者は若干戸惑いながらも、口を開いた。
グアム島のアンダーセン空軍基地に配備したB-1とB-52は全機破壊されましたが、まだ本土に配備してある機体は投入可能です。絶対に核攻撃は避けねばならないので通常爆撃になりますが、成功すれば嘗てのB-29以上の被害を大日本帝国に与える事は可能です。本土から離陸して空中給油機による給油を行って、大日本帝国本土への爆撃を行います。はっきり言えば作戦成功確率は50%以下です。大日本帝国は独自のGPSを完成させており、更には偵察衛星を大量に打ち上げております。汎地球規模で偵察衛星網は存在しますが、西太平洋からロシア連邦のヨーロッパ国境までは異常なまでの密度となっています。亜細亜条約機構加盟国にGPS網と偵察衛星情報を提供する為でありますが、その間は確実に全ての行動は把握されます。B-2がステルス爆撃機としても探知される可能性は高いです。しかも数年前には同盟関係にあった訳ですから、幾ら機密情報だとしても弱点は知られている筈です。排気熱の温度を下げる構造も、飛行機雲の発生による目視での探知を回避するために塩化フッ化スルホン酸をエンジン排気に混入させる装置が取り付けられている事も知っているでしょう。しかも塩化フッ化スルホン酸は毒劇物で腐食性が高くメンテナンスに不向きな為に使用しなくなり、飛行機雲が発生する事も知っているでしょう。かつての同盟国と戦うにしては相手は強大過ぎます。被害を覚悟のうえならば、空爆は可能であります。
空軍の担当者の言葉に大統領は暫らく考え込んだ。そして考えを纏めたのか、口を開いた。
『アメリカ合衆国が降伏する選択肢は無い。72時間の猶予など関係なく、合衆国の意思を世界に見せ付けるべきである。海軍が敗北しただけで、アメリカ軍が敗北したのでは無い。この戦争には必ずや勝利しなければならないのだ。そこで私は空軍による戦略爆撃を命じる。空軍は保有する戦略爆撃機を用いて、必ずや大日本帝国を焼け野原にするのだ。攻撃開始は48時間後。大日本帝国の降伏要求による72時間の猶予が切れる前に攻撃し、合衆国の意思表示とする。』
ここにアメリカ合衆国の決断が下された。降伏という屈辱的な結果を避けるべく、もはや意地ともいえる作戦が実行に移されようとしていた。