事態急変
2002年7月アメリカ合衆国政府は衝撃的な要求を、連邦議会に提示した。
『大日本帝国への武装解除要求』である。この要求は世界各国を震撼させた。独立国家・主権国家に対しての武装解除要求は、独立性や主権性を著しく踏み躙るものであった。しかしアメリカ合衆国はその信じられない要求を、連邦議会に提示したのである。『大日本帝国への武装解除要求』を提示した理由は次の通りであった。
大日本帝国はその悪虐なる思想から民主主義に対する挑戦を続け、遂にはテロリストを使って我が国へのテロ攻撃を仕掛けてきた。そもそも時代錯誤な帝国という政治体制のまま21世紀を迎え、自由と民主主義を求める世界と逆行している。悪の帝国は悪の枢軸を作り上げ更には亜細亜各国を自らの勢力圏に加えて、自由と民主主義を掲げる国家へ対抗している。平和を求める我々は大日本帝国に対して、地域の安定と世界平和の為に武装解除を要求する。
正気の沙汰とは思えない要求であった。この要求は連邦議会に提示されると、上下両院で賛成多数により通過。強硬派大統領が署名して正式に大日本帝国に通達された。
武装解除要求をされた大日本帝国は何も反応しなかった。あまりにも突飛な要求に相手にしなかったとも言える。亜細亜・中東・アフリカ各国は大日本帝国の代わりに、猛烈な非難をした。アメリカ合衆国の本性があらわれた、として痛烈に非難した。しかしながらそれら地域よりも猛烈な反対と非難をしたのは、南米各国であった。悪の枢軸発言で非難声明を出していた南米各国はここに至り、明白にアメリカ合衆国の方針を決然と非難した。あまりにも自分勝手で傍若無人な要求は、到底受け入れられず即刻撤回するべきだ。このように非難した。そしてアフガニスタンに於けるテロとの戦いは今後一切支援しない、と言い切った事が更に世界各国を驚かせた。アメリカ合衆国も裏庭といえる南米各国のまさかの行動に驚きを隠せずにいた。しかしここに至って欧州各国もアメリカ合衆国の行動に非難する国が増加した。大日本帝国に武装解除を要求する意味が分からない、と厳しい言葉でアメリカ合衆国を非難した。
あらゆる国が非難する中で、アメリカ合衆国国民は政府の方針に称賛の声を送っていた。マスコミの凄まじい反日キャンペーンに誘導されていたアメリカ合衆国世論は、反日一色となり武装解除要求は遅すぎたとも言われる始末であった。それにより反日デモは更に過激になり、今すぐにでも大日本帝国を攻撃するようにシュプレヒコールをあげていた。
1週間後
亜細亜・中東・アフリカ各国に加えて、南米と欧州各国によるアメリカ合衆国への非難声明が続出し、アメリカ合衆国で反日デモが延々と行われる中。大日本帝国は沈黙を破り、遂に大泉総理が記者会見を行う事になった。記者会見には大日本帝国のマスコミだけで無く、世界各国からマスコミがやって来ていた。本当に長い沈黙、黙殺であった。大泉麗子総理は女性初の内閣総理大臣であるだけで無く、マスコミを利用した『劇場型政治』とも評される手法を行っていた。いつも自分の言葉で語ることを大事にし、1日2回、首相官邸の中で総理大臣が記者団の前に立ち止まって記者団の質問に応じる『ぶら下がり』も大泉政権から始まった。このぶら下がりを利用した大泉総理の情報発信は毎回、テレビやニュースで伝えられ、その結果、国・政府と国民・有権者との間の距離が縮まり、与党支持層をはじめ、都市部の無党派層や政治に関心がない層からも幅広い支持を集めるようになった。武装解除要求をされてから大泉総理はぶら下がりに於いて、一貫して沈黙を続けた。その質問をされると、直ぐに話題を変えた程である。他の閣僚も沈黙を守り、政府方針として黙殺していた。しかしそんな中でも軍は活発に動いており、特に海軍連合艦隊は異常なまでの事態になっていた。整備中のイージス原子力空母武蔵とイージス空母翔鶴が、整備を大幅に短縮して作戦展開したのである。連合艦隊は6隻保有する空母を、2隻整備・4隻展開という体制を整えていた。その体制を変更し6隻が海上で作戦行動を行う事になった。これにより世界最強と称される海軍連合艦隊空母機動部隊の全てが展開する事態になったのである。
遂に大泉総理の記者会見が始まった。
「この度のアメリカ合衆国による武装解除要求は、断固として受け入れない事を宣言します。我が国の軍備は祖国防衛の為に整備され、更には亜細亜条約機構加盟国の安全保障に寄与するものであります。それをアメリカ合衆国は自らの勝手な解釈により、我が国の自衛権を放棄させようとしています。大日本帝国陸軍海軍空軍海兵隊は、国家安全保障の最重要組織です。それを武装解除要求などとは、著しい主権侵害です。もしこれ以上アメリカ合衆国が武装解除要求を求めるのであれば、大日本帝国は国家の主権を守る為にアメリカ合衆国に宣戦布告する事をここに宣言します。」
宣戦布告との言葉に記者会見場は騒然となった。そして大泉総理はそう言うと、記者会見を終了してしまった。残された記者達はパニック状態であった。遂に日米戦争が現実のものとなりそうなのである。生中継されていた記者会見の模様は、当然ながら世界中で放送されており、時差も関係なく世界各国は報じ続けた。