解説 空軍兵備2
『74式司令部偵察機
全長24.8メートル
全幅29.6メートル
全高3.8メートル
乗員1名
最大速度マッハ1.2
巡航速度930キロ
航続距離8920キロ
実用上昇限度28300メートル
第3次国防力整備計画で実用化された、戦略偵察機である。これにより第1次国防力整備計画で実用化されていた戦略偵察機は全て更新された。ソ連への強行偵察が主な役目となる。
73式偵察機火龍改
全長20.1メートル
全幅11.8メートル
全高4.6メートル
乗員2名
最大速度マッハ2.1
巡航速度920キロ
航続距離3600キロ
実用上昇限度17600メートル
第2次国防力整備計画で実用化された敗戦後初の国産戦闘機64式戦闘機火龍を、第3次国防力整備計画で偵察機に改造した物である。74式司令部偵察機と違い戦術偵察に用いられる。大日本帝国国内では災害発生時に、いの一番に離陸して情報収集にあたる。
75式電子情報収集作戦機
全長45.3メートル
全幅40.2メートル
全高12.3メートル
乗員12名
最大速度1120キロ
巡航速度1000キロ
航続距離12800キロ
実用上昇限度10300メートル
第3次国防力整備計画で開発され、1975年に実用化された電子情報収集作戦機である。敗戦後初の民間旅客機M58(三菱重工製)を改造して実用化された。
78式早期警戒管制機
第3次国防力整備計画で開発され、1978年に実用化された早期警戒管制機である。上記の75式電子情報収集作戦機と同じく、民間旅客機M58を改造して実用化された。機体上部に大型レドームを搭載しているか否かが、75式との見分ける方法である。
85式空中給油機
全長55.7メートル
全幅50.1メートル
全高17メートル
乗員15名(最大80名の人員を搭載可能)
最大速度990キロ
巡航速度820キロ
航続距離19600キロ
実用上昇限度11960メートル
積載量80トン
搭載燃料280キロリットル
第4次国防力整備計画で実用化された空中給油機である。民間旅客機F74(富士重工業製)の貨物機型を改造して実用化された。機能としては最初から空中給油/輸送の複合任務を果たせるように設計されており、床面にローラー・パレット用の装備が施されたキャビンにパレットが27枚搭載できる。最大搭載量は80トンであり、人員も最大で80名を輸送できる。貨物扉は機体左側のみにあり、貨物の積載/荷降はこの扉からのみ行われる。
65式大型輸送機
全長63メートル
全幅74メートル
全高14.85メートル
乗員8名(最大320名の人員を搭載可能)
最大速度1009キロ
巡航速度870キロ
航続距離18600キロ
実用上昇限度16400メートル
積載量308トン
第2次国防力整備計画で実用化された戦略爆撃機富嶽を改造した、超大型長距離輸送機である。大日本帝国本土から世界中どこへでも大日本帝国陸軍全ての装甲戦闘車輌と航空機が運べ、その中には72トンの架橋戦車などの戦闘設備も含まれている。ペイロードは大日本帝国軍の輸送機としては最も大きい。機内の一部は2階建てとなっており、上部デッキには兵員70名が搭載可能な座席が設置してある。アメリカ合衆国空軍がC-5を開発するまでは世界最大の輸送機であった。
88式大型輸送機
全長54メートル
全幅51.3メートル
全高16.2メートル
乗員6名(最大160名の人員を搭載可能)
最大速度975キロ
巡航速度830キロ
航続距離15300キロ
実用上昇限度13600メートル
積載量75トン
第4次国防力整備計画で実用化された、長距離輸送機である。88式大型輸送機は65式大型輸送機に近い大型貨物の長距離空輸能力と、60式並の短距離離着陸が可能な大型輸送機である。65式大型輸送機と同じく大日本帝国陸軍全ての装甲戦闘車輌と航空機が運べる。
60式中型輸送機
全長32.4メートル
全幅42.1メートル
全高12.8メートル
乗員4名(最大94名の人員を搭載可能)
最大速度730キロ
巡航速度685キロ
航続距離13900キロ
実用上昇限度12800メートル
積載量18トン
第1次国防力整備計画で実用化された、戦術輸送機である。未整地での運用を念頭に置いて設計され、高い短距離離着陸性能を持ち、さらにJATO(短距離離陸用の補助ロケットエンジン)により、より短い滑走距離での離陸も可能である。アメリカ空軍のC-130に対抗して開発され実用化された。機体性能の良さにアメリカ合衆国は衝撃を受け、一時は本気でライセンス生産を検討した程である。
87式局地制圧用攻撃機
ベトナム戦争末期にアメリカ合衆国空軍がC-130を改造し、AC-130ガンシップを投入。それを受け大日本帝国空軍も対地支援用に活用出来ると判断し、60式中型輸送機を改造しベトナム戦争に投入。以後大日本帝国空軍は武装を強化した改良型を開発し、現在運用されているのが第4次国防力整備計画に於いて実用化された物である。基本能力は全て60式中型輸送機と同じであるが、25ミリガトリングガン2門・40ミリ機関砲2門・105ミリ榴弾砲1門が装備されている。武装は機体左側面に全て装備されており、対地攻撃時は左旋回を続けながら行う。
62式対潜哨戒機
全長36.4メートル
全幅33.1メートル
全高10.8メートル
乗員12名
最大速度745キロ
巡航速度603キロ
航続距離12800キロ
実用上昇限度10900メートル
ハードポイント6箇所
兵装搭載量9800キロ
第2次国防力整備計画で実用化された対潜哨戒機である。対潜哨戒能力は極めて高く、1機で九州と同等の海域を哨戒出来る。ソ連海軍潜水艦に対抗する為に、対潜哨戒機の開発は力が入れられ、アメリカ合衆国のP-3Cよりも高性能となり、輸出は62式が有利となった。』
広瀬由梨絵著
『大日本帝国空軍史』より一部抜粋