第八話 人ならざる者
「お前の召喚魔法の種類はどれくらいなんだ?」
まだ肋骨の痛みが残っているのか顔を歪め、ハルトはそれを聞いた。もちろん話を聞いただけであって答えるとは一言も言っていない。
ハルトは目を閉じ瞑想するような素振りを見せるとそれ以上口を開くことはなく、体力と魔力の回復に専念した。
魔法を使用するということは精神を削る行為に等しい。魔法を使えば、精神が疲れる。これはこの世界の常識であり理だ。
それを回復するには薬品を使用するか、瞑想などで精神を落ち着かせる必要がある。ハルトはそれ程消費したとは言えないが、それでも常に万全な状態で戦うにはこの行為が必須だった。
それに系統外魔法つまり忌子が使うような特殊な魔法は精神を著しく消耗する。魔力と精神力は同義でまたイメージ力とも言い換えることが出来る。忌子が使うような特殊な魔法はイメージが難しい。
【系統魔法】であればイメージすることは容易い。その理由として挙げられるのが、自然に関与している点だろう。【系統魔法】の火属性であれば、魔法発動のための着火やそれを維持する調整はもっとも容易い。火属性がそれなりに日々の生活の中で目にすることが多い現象であると言える。
水属性も同様だ。そのためなのか【系統魔法】を扱う人間の大多数は火属性か水属性だ。
「ハルトはいつもああなのか?」
『ナージャには分かりかねます。でも、パパは人と話すが随分と久しぶりだそうですから』
「今までは死の森にいたんだっけ?」
『パパは死を恐れることもなく、自分の力を高めることだけに命を懸けていましたから』
それに死の森にいる生物のほとんどは災害級の指定危険種ですとナージャは付け加えた。
『でも、パパにはとても大切な人がいて……その人のために今の力を極めると言っていたことがあります。正直嫉妬します』
「他に女がいるのに君みたいな子供を持っているのか、最低だな」
『人間と一緒にしないでください。別に交わる必要はありません……それにパパはそういうことをしません』
それを聞いてクズハは内心安心していた。経験のないクズハはあれほどの力を持つ男に迫られたら逃げ切る自身がなかったからだ。
『パパの話では助けたいと思っている人は女性らしいですけど』
ナージャは自分で言っていて思う。これは明らかに嫉妬だ。災害級に属する生物はそれぞれ七つの大罪にちなんだ属性を持っている。ナージャは自分の属性が嫉妬であることは内心気付いていた。
だけど、大罪の中で嫉妬は醜いものだ。嫉妬心が強いことは独占欲が強いことを意味している。ナージャはそこまでハルトを束縛するつもりはないが、本能がそれを邪魔する。
「ところで、ハルトの強さってどれくらいなんだ?」
思考が逸れ始めていたナージャを現実に戻すには十分な一言だった。
『正確には分かりません。ですが、既に破滅級の域には入っているとは思います。この世でパパが本気で対峙する必要があるのはそれこそ魔王だったり勇者だったりするのかもしれません』
「そこまで強いのか……人類存亡の危機である魔王と互角……その領域で既に人ではないな……」
『人間でありながら人間を止めたものたちの総称が忌子です。忌むべき人。精霊の加護を受けているような人には分からない、到達出来ない領域にいるのがパパです』
外套の下でナージャは誇らしそうに笑った。
『人がパパをどうにかしようとしてもどうしようも出来ないことを理解出来ましたか?』
そうクズハに問いかけた。
◇◇◇◇
クズハ考える。
人では到達することの出来ない領域にいるような人間が、目の前でダメージを受け、それの回復に専念している。もし、彼女の言うように彼が破滅級の領域にいるような怪物だというなら、本来ダメージを受けるようなこともない。
けれど実際にはダメージを受け、その苦痛に耐えるような素振りをする。
もしかすると、彼はまだ人でありたいと心のどこかで思っているのかもしれない。それをわざとダメージを受けることで実感しているのだとしたら……彼はひどく脆い存在なのかもしれない。
自分が傷つくことで、まだ人であると確認しているように。
「危うい生き方だ」
クズハ悲し気にそう口にした。