第七話、目的
村から出たハルトは所持品を確認しながら、街道を歩いていた。その隣で呆れ顔で歩いているのは最近知り合ったクズハと名乗る傭兵だ。彼女はどこかの軍団に所属しているらしくどうやらハルトを仲間に加えたいようだ。
ハルトはそんなことどうでもいいと思っているため、クズハの行動にいちいち突っかかるようなことはしないし、正直なところどうでもいいとさえ思っている。
後ろから攻撃さえしてこなければ別にどこで何をしていようがハルトには関係のないことだった。
『パパはいいのですか?』
「何が?」
『後ろにいる傭兵紛いを共にさせることについてです。パパの力を知ったら利用するに違いありません』
「その程度で利用されるようならそこまでの人間だってことだよ、ナージャ。俺には成すべき目標がある。それを成すまではどこかに所属するようなことはないよ。……それに俺はまだあの魔法を完成させてない。あの魔法を完成させることが今の俺の最優先事項だ」
『パパが大切に思うあの方ですね……少し羨ましくも思います。けれどパパはその方のためにその力を使うのですよね』
ナージャは少し寂しげな表情でそう言った。
「孤独だった俺を救いだしてくれたのは彼女だ、彼女を守るためならどんなことでもする。例え人殺しと呼ばれようとも化け物と呼ばれようとも、な。それに勇者の伝説についてはまだ予言書を完全に解読したわけじゃないからな……彼女がこの世界に召喚されるまでは予言書を完全解読して対策しておかないと」
この世界には勇者の伝説というものがある。それは有体に言えばどこにでもあるような世界の危機に現れる英雄について記されている。
子供に聞かせるような御伽噺だ。
世界が混沌で満ちたとき、世界を救う聖なる担い手がこの地を訪れん。
その者は人間にして人間に非ず。
英雄として生まれ出たそれは大いなる力と共に悪を滅す。
全ての【系統魔法】を司る担い手にして聖剣の担い手。
彼の者は最高にして最強。
故に負けを知らず。
故に魔王を消し去る最後の砦。
そしてこの御伽噺はハッピーエンドで終わるように子供向けになっているが、実際はこれの続きがある。
だが、人よ。
忘れることなかれ、彼の者は人ならざる剣。
一度堕ちた力は災厄を引き起こす。
それを止める術はなく、ただ滅びるのみ。
人よ、忘れるな。
彼の者は最強にして最凶。
最凶故に最狂。
間違うことなかれ、大いなる力には大いなる責任が伴う。
故に間違うことなかれ。
人よ、賢き者であれ。
「一度狂った勇者は魔王よりもたちが悪い。だから人は勇者を召喚する際には気を付けないといけない。もし仮に勇者がその場で狂ってしまえば、世界は終わりだ」
目下移動中のハルトはナージャに対しそう言った。その対策としてハルトは早急に送還術の全貌を解き明かすために努力をしていた。
送還術とは召喚術と対照的で召喚が違う次元から呼び寄せる術なら送還術は名前の通り、送り返す術だ。
それはこれから数年後に起こるであろう英雄召喚にも通じるとハルトは考えている。英雄召喚はとは召喚術の応用だ。ならその英雄を強制的に向こう側に還す術があってもいいと考えている。
英雄召喚がどのような術なのか分からない限りは送還術の作りようがない。故にハルトは英雄召喚の術式を見てみたいと思っている。
そのためには何がなんでも王都へ行かないといけない。昔は王都近くの領土に住んでいたとはいえ、今はかなり王都から遠くの場所に来てしまっている。
「ハルト……」
今まで黙っていたクズハが少し苦し気にハルトの名を呼んだ。
ハルトにはその理由が分かっていた。
「なるほど……お出ましか。どこのどいつだ……こんな奴をAランクの指定危険種だって言った奴は」
村の門番らしき男がそう言っていたことを思い出し悪態をつく。
「ギャオオオオオオオオオオ」
「全くうるさい蜥蜴だな。もう少し大人しくした方がいいんじゃないのか?」
そういうとハルトは防御の体勢を取った直後、何かの衝撃を受けハルトの身体は数十メートル弾き飛ばされた。
「ハルト!!」
指定危険種である龍の尻尾をまともに受けたハルトの名を呼ぶとクズハはすぐに愛剣を抜刀する。
「我流剣術、一閃」
長剣に魔力を集め、それを抜くことで炎をその剣に纏う。
『パパを侮辱しておきながら魔法剣士ですか?』
「魔法剣士のつもりはない。それよりもハルトの心配をしなくてもいいのか?」
『パパならあの程度の攻撃で死ぬはずがありません。パパはママを簡単にあしらうほどの化け物です。それにパパの【召喚魔法】は万能ですから』
ハルトが吹き飛ばされた方角に意識を向けると巨大な魔力がゆらゆらと揺れているのが分かる。
「面白れぇ。少し遊んでやるよ……我、カゲビトが命じる。世の理を破壊し、新たる理を……顕現せよ!ファフニールの血を吸いし、鋼剣よ。名を───」
ハルトはドラゴンに向かって駆け出しながらそう叫ぶ。
「グラム!!」
ハルトの手には白く輝く鋼剣が握られており、それを地面に突き刺したかと思うとハルトは光速となりてその場から姿を消した。
消したという表現はあまり適切ではない。
正確には移動した。常人ではその移動速度を目で追うことが出来ず消えたように見えた。
ハルトをもう一度確認出来たのは龍の背後で剣を高らかに掲げ、それを力強く龍の喉に突き立てているところだった。
「お前の血で罪を償え、そして誇れ、我と対峙出来たことを」
ハルトは一気に鋼剣を引き抜くとそれは姿を消した。代わりに残ったのは瀕死の龍の姿だけだった。
「本当に倒してしまったのか?それもこんなにあっさりと」
「別にあっさりじゃないさ、グラムを召喚するための条件が一撃を貰うことだからな……そのせいでこの有様だ」
ハルトは苦笑しながら肋骨が何本か折れてしまったと言った。
『あまり無茶なことはしないでください。ナージャはそれがたまらなく心配なのです』
そんなことを言いながら回復魔法を施してくれるナージャに感謝しながらも次の目的地へすでに視線を向けていた。
「……お前は何者なんだ」
「そんなのただの忌子さ。精霊様の加護を受けることの出来なかった憐れな存在だよ、ほんと。そのおかげで俺はやるべきことを思い出すことが出来たのだから僥倖といえばそうなるな」
「お前のやるべきこと?」
「これから来るであろうある人を助けるため……自分で言っていてそれはひどく曖昧な理由だと思うけど」
ハルトはどこか遠くを見るような表情で、そしてとても大切な人を思っているようなそんな表情でそう言った。