第六話、飢餓村・後編
「顕現せよ!ファフニールの血を吸いし、鋼剣よ。名を───」
ハルトは天に掲げた手に意識を集中させ、その手に顕現させる。この世界とは別の理で存在するそれを。
「グラム!!」
ハルトの手に【武装召喚】によって再現されたそれは白く輝く鋼の剣だった。
「悪いが、村のために死んでもらうぞ」
◇◇◇◇
ハルトは酒を軽く飲みながらこの村の外にいるという脅威について調べることにした。冒険者や傭兵が集まる酒場というだけあってその手の情報はすぐに集めることが出来た。
「なんだ。兄ちゃんはあの魔獣に興味でもあんのか?」
「少しな」
「やめとけ、やめとけ、あのくらいの魔獣になると災害級だ。人間に太刀打ちなんて出来ない。それにここにいる連中はそのことを承知で来てる」
ピッチャーに入ったエールを口に流し込むと男は続ける。
「どうしてって、不思議そうな顔をしてるな。話は簡単だ。倒してやるから俺達にいろんなものを提供しろ。ま、簡単にいうと脅迫にも近いな……俺たちはどうせある程度したらこの村を離れる予定だしな。今のうちに搾取できるものは搾取しておくさ」
ハルトはそれを聞いてため息をする。
「もちろん、中には本気で奴に立ち向かおうとするバカもいるようだが、そこんとこは俺には関係のないことだ」
この村は自ら弱者としての立場を受け入れている。自然で生きている以上は摂理であるとはいえ、ハルトは釈然としない態度だった。
「因みにそいつにはどこへ行けば会える」
「どっちのほうだ?」
「災害級だって魔獣の方さ。そいつの素材には少しだけ興味が出た。倒し切らなくてもいいなら別に問題ない」
「兄ちゃんは早死にするタイプだな」
男は笑いながらそう言った。そのあとに災害級と指定されている魔獣の現在の場所を教えてくれた。場所はここから数キロメル、離れた荒野にいるという。
ハルトの身体能力なら飛ばして10分掛からずに到着出来る距離だったが、ハルトは一度準備のために酒場の上にある宿の方へと足を運んだ。
『パパ、何か収穫はありましたか?』
「この村は災害級指定されている魔獣に襲われることになっているらしい。そのためか、災害級の配下である魔獣も街道なんかをうろついていて外は危ないとのことらしいな。クズハの情報もあながち間違いでもないらしい。それよりもどうする?」
『どうしたんだですか、パパ』
ナージャをここへ留まらせておくのはあまり得策とは言えないとハルトは判断していた。ただ、戦闘になる可能性が高い以上あまり危険な場所へは連れて行きたくないというのもまた事実。
「俺はこれから化け物退治とするよ、それでもお前は俺と一緒に来るのか?」
『パパのいる場所がナージャのいる場所です』
「そうか、ならお前は俺が命を懸けて守る。………いつまで隠れて聞いているつもりだ、クズハ」
部屋の入口に向けてハルトはそう問いかける。
「いつからばれてた?」
「最初からだ、俺が呑んだくれに話かけていたときもうすぐ近くの席で話を聞いていただろ、動きが不自然過ぎてよくわかる」
「あははは。うちには隠れて聞く才能ないしね」
才能の問題なのだろうかとハルトは思った。だが、クズハの盗み聞ぎスキルは相当のものだったとハルトは内心思いつつも、クズハに化け物の情報を持っていないか尋ねることにした。クズハの持っていた情報は化け物と呼ばれているそれの名前、そしてそいつが得意としている攻撃方法だった。
「クズハの持っている情報だと、奴の名前は【暴食龍ダイダロス】……魔王復活の兆しとされる龍種の中で最悪の龍だ。俺も本で読んだことはあるが、実際に見たことはない。そもそも龍種を俺は見たことがない」
『ママも一応は龍種ですよ、パパ』
「へぇ」
『毒龍オロチ……ママも災害級であり、精霊体です。パパは危険種についてのランク付けをご存知ですか?』
「知らない」
『なら、説明しますね。指定危険種にはDランクから始まりSSランクまでのランクがあります。今回の相手はSSランクの一つ上に当たる災害級で、その上に天災級、破滅級、虚無級、規格外があります。因みに魔王は破滅級です。虚無級や規格外は千年に一度、万年に一度の確率で出現する化け物です。今の時代の最高クラスは破滅級ですね』
後で聞いた話なのだが、ギルドと呼ばれる仕事を仲介してくれる傭兵施設では同じようにランク制度があり、ランクに応じた仕事を斡旋してくれるようだ。
「うちはBランクの傭兵だよ。扱う魔法は【系統魔法】の火属性と、水属性。武器は短剣が二つと長剣が一つだ」
クズハはハルトを護衛するということで、自分の使える技能を明かした。もちろんただ一度の護衛のためだというのならこんなことはしないが、クズハにはそれなりの考えがあった。
(絶対魔力量ならうち以上にあるこんな奴中々いない……それにいずれどこかのレギオンに入るなら縁を作っておいても悪くない)
この世界には軍団と呼ばれる制度がある。その制度は少数精鋭部隊を作り出すことを目的としており、ギルドなどではパーティー制度という呼称で呼ばれている。
レギオンには人数制限は特になく、レギオンリーダーが加入を認める限りは入団することが出来る。その際には自身の能力を明かさなくてはいけない。
「レギオンに入れたいのか?この俺を」
ハルトはクズハの思惑を察しそれを口にする。
「!!」
「先に言っておくが俺はレギオンなんてものに興味はない、が。これから少し旅をする仲だ、魔法名ぐらいは名乗ってやる」
ハルトは犬歯で親指に傷をつけると空中に文字を書いた。
───魔法名【召喚魔法】
「【召喚魔法】?……なるほど、それで【系統魔法】に属さない魔法が使えるわけね」
「明後日にはこの村を出る」
「出るったってまだ抜け道教えてないよ」
「教えてもらう必要はない。それに元より正面から出るつもりだしな」
ハルトはそれだけ告げると必要なものを揃えるために村をうろつくことにした。