第四話 飢餓村・前編
ハルトが死の樹海を出て数日が過ぎた。食料は時々道端に出現する小動物を狩ることで何とかなっていたし最悪魔物が出てきたとしてもそれを食料としていた。
『普通の人間は魔物を食べると死ぬらしいですよ』
そんなことをナージャが言うが、昔ほど食べることに苦痛を感じない。寧ろ昔よりも味がよくわかるようになりそれなりに楽しんだ食事が出来ているという自負すらあるくらいだ。それをナージャに説明するとどこか寂しそうでありどこか嬉しそうな複雑な表情で頷いた。
「大丈夫。人間を辞めてもナージャのような存在になるならそれも悪くないかなって俺は思っている」
『それでこそパパです』
「ナージャの基準がいまいち理解出来ないけど、それよりも途中で会った行商人のような奴の話だともう少しでガロフロント王国の最北端の領土アイムッシュに到着出来ると思うんだけど」
『地図を見る限り……もう少し南に言ったところです、パパ』
ガロフロントはハルトが生まれた国でもあった。この世界には七つの国がある。一つはミシア皇国。魔導機械の生産に優れ、そこにいる国民の特性として魔力を魔導機械なしには発現することが出来ない。けれど魔導機械の基本理念として誰にでも使う事の出来る兵器として知られている。
二つ目にアストラル連合。魔法ではなく魔術を使用する小国の集まった国。魔法のように詠唱を必要とはせず、あらかじめ術式の施した道具を使用することで簡易的に魔法に似た術を使うことを得意としている。
三つ目、ディアス帝国。魔法剣などの魔法装備を扱っている国。秘密が多い国家でその情報が国外へ持ち出されることはほとんどない。
四つ目、虚無の国。ここはそのほとんどが謎に包まれている国。本当に実在しているのかすら不明。統括しているのは忌み子という噂もある。
五つ目、ガロフロント王国。魔法を絶対とする国で忌み子をもっとも不名誉な存在としている国。魔法技術でどの国もほとんど大差はないが、ガロフロントだけは群を抜いている。
「これで人間の住む国は大体終わったかな」
六つ目、魔界。魔族の住む大陸で魔法の扱いに優れている者が多い。その魔族を統治しているのが、魔王。
七つ目、精霊世界。
『精霊世界だけはもう国なんてレベルではないです、パパ』
「どういうこと?」
『魔法は精霊にマナつまりに体内の魔力を与える代わりに精霊の力の一部を使役しています。人間の中には生まれながらにして精霊の祝福を受けたものもいます。それらの特徴として、<属性を体現する>というのがあります。パパも知っていることかもしれませんが、これは色素が大きく関係してきます。火属性の精霊の祝福を受けている人間であれば、その人間の色素は同時に赤くなります。パパも目は紅いですが、パパの目よりも赤が濃いと言えばいいのでしょうか……実際に見たことがないので判断はできません』
「纏めるとカラフルな連中はその系統の精霊から祝福されている。真っ白な精霊というのは存在しないし、体の色素が完全に抜けているような状態で生まれる子供は精霊から愛されていないと」
ナージャは申し訳なさそうに頷いた。
「俺がその手の系統魔法を使えないのはそう言う理由があってか、分かってはいたけど、改めてきくといらっとする」
ハルトには自分だけが使用できる魔法があるのだから正直なところ一般魔法が使えないところで全く支障はなかった。
「それより、村が見えてきたな」
◇◇◇◇
村へ近付くと村の入口であろう場所で進行を止める声がハルトに投げられる。
「そこの二人、止まれ」
「何ですか?」
ハルトはマニュアル通りの対応をする。ま、この世界にマニュアルなんてないのだが。
「見ない顔だな。ここへは何をしに来た」
「ガロフロント最北端であるアイムッシュ領に行く道中ですよ。ここは一時的な休息みたいなものです」
「となりの者はどうして外套で顔を隠している」
「ここからもう少し離れたところにあった小さな集落に住んでいた娘なのですが、腹を空かせた山賊に襲われ、家を焼かれ、その際に酷い火傷をしてしまっているのです。肉体的にも精神的にもかなりのトラウマものですので、彼女のことはあまり触れてやらないでください」
「そ、そうか。それは済まぬことを聞いた。それでお前は何か身分を証明できるものはあるのか?」
ハルトはそう言われるだろうと予測してあるものを見せた。
「こ、これはスピリングフィールド家の……貴族様でいらっしゃいましたか」
「あはは、違いますよ。僕はその貴族様のところで仕えたことのあるしがない従者ですよ。貴族様が身分を証明するものもなく旅はつらいだろうとこれを僕に渡してくれたんです」
「そうでしたか。身分もしっかりしているようですので、通っていいですよ」
ハルトは綺麗なお辞儀をすると隣にいるナージャもそれを見習った。
『パパは役者になれますね』
「俺に役者は無理だな、せいぜい道化がぴったりだと俺は自負している」
『ご謙遜を、それよりも何か活気のようなものがありませんね』
周囲を見回して見るが、外を出歩いているのが村の巡回のため見回っている兵士や魔物討伐を生業とする傭兵が目立っていた。
ハルトは今日の宿を取るために酒場へ向かうとある女性に声を掛けられた。
「アンタらもハンターか?」
ハルトはその女性の言っていることが理解できなかった。
「ああ、わりぃ。冒険者の方だったのか?」
「どちらでもない。むしろ単なる旅人だ」
「旅人?それにしちゃあ、うちらと同じような匂いがしたから……うちの勘も鈍ったか?ま、いいや。これも何かの縁だ。うちはクズハってもんだよ」
ハルトはクズハと名乗った女性を見てふと不思議に思う。ハンターや冒険者などという人種と同業であろうことは会話から予測できたが彼女には得物らしい得物がなかったのだ。
「俺は、シャドウ。俺の隣で外套を被っているのがナージャだ」
ナージャはぺこりと頭を下げた。
「ところでクズハ。どうしてこの村はこんなにあんたらの同業で溢れてるんだ?」
「どうしてって……それ知らんで、この村に来たのか?アンタら命捨てに……ってうちの言えた義理じゃないないな。ここは今、近くの村や町からの援助を受けることが出来ない孤立状態になってる。その上、こっちはアンタら助けに来てんだってノリでいろいろ犯罪まがいことをやらかす奴もいるせいで村人は怖がって表には出たがらない」
そう言う理由があったのかとハルトは静かに頷いた。