第三話 蛇女の戯れ
俺がこの死の樹海に飛ばされてからもう何年かの時が流れた。俺は死なないように来る日も来る日も使える魔力を磨いて、技を磨いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて死ぬような思いをして、それでも必死に生き抜いた。
ここが死の樹海と呼ばれる理由は二つ。一つは方向感覚を失う上に身体が何故か森の中心に引っ張り寄せられる。二つ目に森の中心へと近づくほど森の魔物に力を与えている暗黒物質を力を強く受けている魔物が出現する暗黒物質の影響下にあるせいで、普通の魔物とは比較にならない強さを持っている。
「もう、どれくらい俺はここにいるんだろう……」
普通魔物の肉を人間が食することは出来ない。その理由として魔溜素と呼ばれる魔法を使う上で必要となるエネルギーを多く含んでいるからだ。これだけを聞くと摂取することに問題はないように見受けられるが、強過ぎる薬は毒になるようにそれと同じことが起きる。
それでも生きるためにはどうしても必要なことだったため、少年は苦しみながらもその行為をここ数年間繰り返し行ってきた。
それゆえなのか、少年は人間では持ちえない膨大な魔力を保有しているのだが、それを指摘してくれる人間がそばにはいないため気付くことが出来なかった。
「いい加減、人のいる場所へ行きたいな」
少年は目の前に横たわっている骸を見ながらそんなことを漏らしていた。それに何年経過したか分からないが、勇者召喚が行われる前にはどうやってでも王都にいかなければという思いが少年を動かしていた。大切な人を守るためにどうしても。
「シャアアアア」
そんなことを考えていると大型の蛇が少年に襲い掛かる。
「お前もしつこいな。もう何日目だ……ったく」
懐から紙を取り出しそれを目の前にいる敵に向かって投げる。紙には日本語で『火』と記されていた。
少年の手元から離れたそれは一瞬で火柱へと変わる。
「俺は【召喚魔法】ほどではないにしろ【言霊魔法】の適正もあったらしいからな」
特殊系統の魔法を司る忌み子の中でもダブルやトリプルとにいった適正を持つ人間は珍しい。少年はその珍しい部類の人間だった。
【言霊魔法】とは言葉や文字を具現化することの出来る魔法。ただし強力な力の行使はそれに伴う代償が必要となる。魔法を発動させるのに魔力を使用するのと同様に特殊な力を使うには魔力以外の何かがいる。
少年が使った火柱を作り上げる程度であれば魔力と1分程度の【言霊魔法】の使用不可程度の制約となっている。
「お前も飽きないな。どうせ勝てないんだから」
火柱に包まれた大型の蛇を見ながら少年はそう言った。ここ数日といった話ではなく、ここ数週間こいつと戦い続けている。
『我も貴様のような人間に負けてばかりいられない』
と人語を解することが出来るので正直驚き、殺せずにいるのもまた事実。魔法が存在するような世界なのだ、元いた世界であったような迷信が実際のものだったら困る。口笛を夜中に吹いていてこいつが現れたのだ。なら殺してしまったら呪われたりするのではないかという不安がこいつを殺しきれないでいた。
正確にはこいつは人語を話してはいない。普通の人間が効いたら「シャアアアア」としか言っているように聞こえないだろう。
少年は比較対象がいないため目の前のこいつが人語を理解できる生物なのだと思い込んでいた。
「負けてばかりって言うけどさ、俺の方が強いんだからしょうがないじゃん」
終いには、こんなことをいう始末。
『その態度が気に入らないんだ、人間』
「と言われてもな……そうだ、こうしないか。どっちが多くの得物を仕留められるか勝負しよう」
『我にとっての得物はお前だ、人間』
「ごもっともで。なあ、その人間っての止めないか?俺は確かに人間だけど、人間の輪に入れない化け物なんだ」
蛇は攻撃を止め、少年の隣に落ち着いた。
『よかろう。我もこの不毛な戦いにうんざりしていたところだ』
「さいですか。さっきまで俺を殺す気全開です☆って感じだったのに……とそれはどうでもいいや。お前の名前を教えてくれよ」
『馴れ合うつもりはないが、よかろう。我はオロチ……配下のものにも中々名前で呼んでくれるものがいないために時々忘れてしまうものだ』
「お前って結構偉い奴だったんだな。っとそんなに睨むなよ。俺はハルト。シャドウでもいいけど、好きに呼んでくれ」
一般の人間が見たら思わず腰を抜かしてしまいそうな光景だが、ハルトは和んでいた。普通に会話出来たことが大きなところだろうが、ハルトにとってオロチとの戦闘は半ば遊びのようなものだった。
「なあ、オロチ」
『どうした、改まって』
「俺はこの樹海を出ていこうかと思うんだ」
『我が言うのも変な話だが、お前をこんな場所へ送ったもののいる場所へ行こうというのか?愚かだな』
「確かに俺は愚かものだ。大切な者を守ることの出来なかった愚か者だ」
『けれど、そやつはまだこの地に降り立っていないのだろう。お前はそのために力を付けてきたと前に我と対峙したときに言ったな。それを大切にするといい……それがお前の強さの源だというのなら、さらに強くなったお前ともう一度あいまみえたいものだ』
ハルトは笑う。
「これ以上強くなったらオロチは俺に勝てないぞ」
『抜かせ。我はお前よりも強くなる。この森を出ていくならお前に餞別をやろう』
「餞別?」
『ナージャ』
オロチがそう告げると蛇のような肌を持つ人型がそこにはいた。服という服は纏っておらず見とれてしまうような裸体。溢れんばかりの双丘はかなりの破壊力を秘めていた。
「彼女は?」
『我のように力がまだ強くない。そこでお前と一緒に旅をさせることで精霊体として成長をしてもらおうという魂胆なんだが』
精霊体というのは知識を蓄え年月を経た魔物は精霊体と変わり、最終的には神として進化することもある。オロチはその精霊体であり、彼女はまだ魔物の類に部類される。
『我の子だ。同時にお前の子供である……我々精霊体となった個体は奉納により次世代を生み出す。我における奉納とは即ち我を喜ばす強者との戦闘』
「飛躍し過ぎてわからん……彼女は結局のところ魔物なのか?」
『前例のないケースだからよくは知らん。我も恋なんかしたことないから子供の作り方すら知らん』
ハルトは彼女をほったらかして暴走しているオロチを見てため息をついた。
『ま、何はともあれお前のそれを預ける』
「俺の子供らしいからな、しっかり育てるよ」
『パパよろしくね』
彼女はそう言ってハルトぺこりと頭を下げた。
「ああ、よろしく。ナージャ」
『ママ、行ってくるね』
その発言でオロチはメスだったんだなと気付くが判断のしようがないのでどうでもいいことだとハルトは片付けた。
それから数日いつものようにオロチと対戦し、ハルトはオロチに連れられ樹海の入口へと来ていた。
「何か、すまないな。オロチ」
『気にするな。またお前がここに帰ってくることを楽しみにしてるぞ』
「人間の住める場所ではないんだけどね……」
とハルトは苦笑する。
『ならお前は人間ではないな。精霊体である我を下すことが出来る者が人間であるはずがないからな』
平穏に暮らしたものだとハルトは呟いた。
『パパファイトです!』
「有難う。ナージャ」
そんな家族団欒を終え、ハルトの旅は始まった。
目的地は人間の住む村。
「パパって呼ばれるの、何だか恥ずかしいね」
『パパはパパです!それ以上でもそれ以下でもないですからね。わたしはパパと一緒に旅が出来て幸せです』
「まだ子供の出来る年齢じゃないんだけど」
『そんなの知ったことありません!ママが言ってました、パパは強いからそばにいれば安全だって』
「さいですか」