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壊れた英雄と傷だらけの召喚士  作者: 琥珀
放浪編
3/10

第二話 過去②

 ハルトは膨大な量の書物たちの中から自分に適している【召喚魔法】というものを見つけたのが全ての始まりだった。


 自身の直感からこの魔法は使えると認識し誰にも見られることなく、その魔法の習得に意識が覚醒してからの数年を全て費やした。もちろん指導なんてしてくれる人間がいないため最初の頃は失敗どころか魔法の発動すら出来なかった。


 ある日、【召喚魔法】の中に記憶召喚という魔法が存在していることを知った。ハルトは幼いながらもそれに興味を抱き、研究した。研究とはいえど、しっかりとした設備があるわけでもない。


 手探りで完成させたその魔法は前世の記憶を今の肉体を媒体にして召喚するという降霊術と呼ばれるものの一種だった。


 【召喚魔法】とは神霊術、降霊術、降神術、使役術、武装術、憑依術、送還術の七つの系統の総称だ。今回ハルトが使用したのは降霊術と憑依術を同時にしようしたいうなれば定着術。


 魂の合成。


「……そうか、思い出した。俺があいつを守ってやられねぇと」


 この日、ハルトの中に影人が生まれた瞬間だった。二人で一人。ハルトの心がほとんど壊れかけていたせいか記憶はすんなりと定着させることが出来た。


「……現状ではどうしようもない。あいつがこっちの世界に来ているのかどうかすら正直なところ怪しい」


 あいつがこの世界に召喚されたという確証がない以上は本当にどうしようもないことだった。外に出られるのであれば確認することが出来るかもしれないと多少は思ったが、自分自身の状況を考える限り、今は力をつけることに専念した方がいいと思った。


 だから時々この牢を訪れるメイドに必要になりそうな本を持ってきてもらうように頼んだ。


 ハルトはこの人だけは自分の味方をしてくれると何故か理解することが出来た。単に彼女が優しかっただけなのかもしれないが、ハルトにとっては姉であり母のような人だった。


 それを口にするのは恥ずかしかった。それを悟られたのか苦笑されたことがある。


「私にとって貴方様は大事な人なんです。そんな風に思っていただけて私は本当に果報者です」


 その言葉にどれだけ救われたことだろうか。ときどき訪れるあの実の母親の蔑んだ目に比べれば、どうしてこんな場所に生まれてきてしまったのだろうと、考えることがあった。


 殺してやりたいと思ったこともあった。


 だからあの日。


 俺は誓ったんだ。俺から何も奪わせない……俺から何かを奪おうとするなら全力で排除すると。


◇◇◇◇


「……これでお前ともお別れね、ハルト」


 ひどく光のない瞳を目の前に倒れているハルトに向ける。例え自分の息子であろうと忌み子は存在を許してはいけない。


「アイリはどうした?」


「……あの侍女なら廃棄処分にしたわ。今ごろはどこかで慰め者にでもなってるんじゃないのかしら」


 廃棄処分。ハルトの目の前に立つ女は平然とまるでゴミを捨てるかのようにそう吐き捨てた。


「魔法陣の上に乗りなさい」


 ハルトがいた牢屋とは別の部屋。古びたその部屋はもう何年も使用された形跡がない。その部屋の中央にあるその魔法陣すらハルトは見たことのない形式に内心驚いていた。


「裁きの陣。そう呼ばれている魔法陣よ。昔は国の依頼で何人もの罪人をこの魔法陣を使用して殺してきたから一時は闇の貴族とも呼ばれていた」


「それで?」


 不思議と恐怖を感じることはなかった。恐怖という感情すら自分は抱くことが出来ないのではないかと苦笑する。


「これから死ぬというのにどうして笑っていられるのかしら?」


「大したことではない。死に対する恐怖を感じることの出来ない自分は何に対して恐怖を感じるのかと考えると笑えて仕方ない」


 そう断言すると何の抵抗もなくハルトは魔法陣の上に乗った。ハルトの前に立つ女は魔法陣に魔力を込めるとそれは光り輝き、裁きなんて血塗られた物よりもその輝きは綺麗だと思った。


「……転移・死の樹海」


 ハルトの身体が魔法陣の影響を受け、淡く光る。


「憐れなわたしの子供」


 女は最後にそう告げた。


◇◇◇◇


 ハルトは転移魔法で移動したと理解する頃には周囲の状況を冷静に確認していた。


「死の樹海。本では読んだことがあるけど、これは……」


 死の樹海を探索していたハルトは唯一日の光が入る場所にあった石碑のようなものの前でその石碑に記された内容を呼んでいた。


「魔王、勇者……まるで御伽噺だな」


 そしてそれらがこの世界に出現するのは今から10年後。これがもし未来で起こることを予言しているものなのだとしたらそういうことになる。


「勇者……アヤカ、だと」


 もしその名前が本当だとするなら彼女はまだこの世界に召喚されていないことになる。しかも……


「どう見てもこの石碑は日本語で書かれている。昔に誰かこの世界に呼ばれていたということなのだろうか……うーん」


 魔王の名前は風化しているせいか読むことが出来なかった。虫食い状態ではあるがこの石碑に記されていることが本当なのだとしたらあと10年したらこの世界で大きな戦争が始まることになる。


 それまでには力をつけないといけない。


「まずはここから逃げ出さないといけないな」


 自分の魔力はまだ少ないと言える。正直先ほどから感じている異様な空気は今でも自分に襲い掛かろうとしている。


 死を覚悟しよう。

 

 ハルトはそう誓った。


◇◇◇◇


 ティアは母の様子がいつもとは違うことに何となくではあったが気付いていた。心ここにあらずという感じで、どこか遠くを見ているような気がした。


 理由は分からない。


 それでもティアは自分が何か大切なことを忘れているような気がした。それが何のことか分からないせいでもやもやとした晴れない気持ちが続く。


 二年前のあの日もそうだった。


 ティアは確かにどこかで誰かに会っていた。けれど思い出そうとするとひどく頭痛に襲われる。


「あの日……」


 最近変わったことと言えば、アイリという侍女が一人仕事を辞めたことぐらいだろうか。


 そういえばと。


「あの日もアイリを追って、……それから」


「どうされました?」


 侍女が心配そうにこちらを見ている。


「何でもない」


「さようですか。何か御座いましたらなんなりと」


「ありがとう」


 侍女を見ていて彼女が持っているものに目を向けた。


「それは?」


「魔導書や歴史書といったようなものでございます。奥様からの頼まれごとでそれらを処分してほしいと。まだ何千冊とあるものですから」


 大変なんですと苦笑する。


「どこにあるの?」


「屋敷の地下で御座いますよ、お嬢様」


 ティアはこれまで自分の住んでいる屋敷に地下があることについて知らなかった。もしかしたらと侍女にその場所へ案内してもらうように頼む。


「こちらです」

 

 大量の本の中で誰かがつい最近まで生活していたような痕跡があった。


「ここに誰かいたのかな……」


 頭がズキリと痛みだす。そしてその痛みは確信へと変わる。


「ここに誰かいた……ティアにとって大切な誰か」


 ティアは無意識にその名前を口遊んだ。


「ハルトお兄ちゃん」


 その声は静寂の中へと消えていった。

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