第一話 過去①
ティアは三歳になった。
物心つく前からお前は優秀だ、まさに神に愛された子だと言われ続けたせいもあってティアは幼くして自分は特別何だと思うようなっていた。望めば何でも手に入るそんな環境が次第にティアを無知な少女に作り上げてしまうのだが、それはまた後の話。
幼いティアは魔法に関する勉強以外でも好奇心旺盛な子供だった。
ある日ふとしたことからメイドがある廊下を通ると必ず消えるという怪談がメイドの間で話題になっていた。もちろん好奇心旺盛なティアのことだ。それを探らないわけにはいかない。
「……メイドのお姉さんはどこに行くの?」
けれどメイドは答えてはくれませんでした。そしてどこか暗い表情だったことにティアは気付くことが出来ませんでした。
「ティア様は他のメイドたちと遊んでいてください」
「どうして?」
「私には少し大事な用事があるものでして」
「ティアは知ってるよ、メイドのお姉さんはいっつもこの廊下を通るとどこかに消えちゃうって」
メイドははやりどこか寂し気な表情だ。
「……申し訳ございません。いくらティア様とはいえ教えることは出来ません」
そう言ったメイドは近くにいたメイドにティアを部屋に連れていくように頼むとどこかへ行ってしまった。
部屋に戻されたティアは諦めることなく、もう一度例の廊下に行くことにした。
どこも可笑しなところはないいつも見ている廊下がそこにはあった。
「……でも」
前にも行ったことだが、ティアは魔術師として優秀だった。
───水の精霊よ。ティア・オルラ・スピリングフィールドの名において、真実をさらけ出せ───
対幻術系統に対する水系統の魔法。本来であればまだ使えるような年齢ではないのだが、ティアは才能の塊だった。
「……あれ?」
てっきり幻術系統の魔法が使用されているものだと思っていたティアは何も変化がないことに驚く。
そして注意深くあたりを観察すると壁の一部がずれていることが分かった。
ティアは近くにあった壁の窪みに手を入れると壁がスライドし下へと続く階段がそこに出現した。
「……」
ティアは重々しい空気に少し後退りしたが、恐怖よりも好奇心の方が勝っていたようだ。
階段を下へ下へと降りるたびに感じる嫌な風が幼いティアを精神的に攻撃していくのだが、それでもティアは下へと進んだ。
「ハルト様!どうして何も口にしてくれないのですか」
知っているメイドの声だ。
「……アイリ。俺は言ったはずだ、もう二度とここへは来るなと。それに俺は魔法の才能すらないらしい」
「私はずっと貴方にお仕えしているのです!悲しいことを言わないでください」
「……俺に仕えて何になる?けどあと何年かすれば俺は捨てられるらしいな。ははは、あの母親も随分と俺のことが嫌いらしい」
バキッ!
何かが割れる音がこの地下に響いた。
「……珍しいな。こんなところにお客さんか」
「貴方は誰?」
ティアは上半身裸でその体には鞭で叩かれたような傷や剣で斬れたような傷が無数についていた。
「傷だらけ……」
「俺はカゲビト。この家の影。人ならざる者ってところか」
「ハルト様っ!自身を蔑むようなことは」
ティアはアイリと呼ばれたメイドがそこまで必死になるところを見たことがなかった。
「分かっている。それよりも次期当主のご令嬢がどしてまたこんなところに?あんたのような人間がくるような場所ではないよ」
「わたしは知りたい!」
ティアは震えながらそう言った。
「そうだな、その気持ちは大切だ。知るということはそれだけで責任を問われることもある。けれど」
傷だらけの少年は嘲笑う。
「何も知らない小娘が」
自分と大差ないくらいの少年の言葉には異常なまでの威圧感があった。
【ここでみたことは全て忘れろ】
ティアは少年がこことは違う言語で発した言葉にあてられその場で意識を失った。
「い、今のは魔法ですか」
「違う、自分の魔力を言葉として相手に当てる威嚇術ってところだな」
「言霊ですか……そんな知識……一体どこで?」
そんなことかと少年は自分の後ろに高く積まれた本たちをさして
「こいつらのおかげ」
アイリがそれを持ってきたわけではないが、何故か大量の本がそこにあった。
「アイリ以外はここに来ることはない。今日みたいに何かのミスで迷い込んでもすぐに引き返すように魔法陣が入口に書かれているらしいし」
「ここに入ろうという意思と、それなりの魔力をもっていないと入ることは出来ない仕組みになっていますから……ティア様は自分の意思でここに来ようと思ったのですね」
「ティア……俺の妹か。随分と優秀そうな子供だな」
「ハルト様が言うのも可笑しな話ですけど……それに年に見合った喋り方していませんし」
「こんなところに閉じ込められていれば嫌でもこうなるさ。もしならないのであれば心が壊れているだろうけど」
ハルトは静かに目を閉じ、近くにある本を手に取った。
「俺には五大属性魔法を使用することは叶わない。それは俺が忌み子であるが故の宿命」
けれど、忌み子という存在は特殊系統の魔法を使用することの出来る者としてごく一部の人間には知られている。
「……俺が使える魔法は」
ハルトはそれ以上口にすることはなかったが、ハルトが開いている本のページからどういった内容の魔法なのかを読み取る。
そして推測を立てる。
「召喚魔法ですか……随分と珍しい魔法ですね」
「このことは母に告げる必要はない。それに俺にはやらないといけないことがあるから
三歳児であるはずのハルトの言動が妙に大人びいていた理由についても全てここに原因があった。