第零話 運命
のんびりやってきます
「世界を救えるような強い人になりたいです」
それを聞いた俺は正直こいつはバカなんじゃないかと思った。
それを聞いた周りの連中は彼女を馬鹿にしたけれど、俺は何故か彼女を庇っていた。幼馴染というあまり嬉しくもない立場からくる義務感ってやつだったのかもしれない。
平和そのものを体現している現在で、将来の夢は何かと聞かれ、そんな風に答える奴は高校生になった現在でも全くと言っていいほど変わることはなかった。
「影人君はどう思う?」
家が近いということもあり、俺こと竜宮影人はこの頭の中がお花畑の彼女、剣山綾香と一緒に登校している。
彼女は剣山流という剣術の跡取り娘で、実際に剣術の腕はかなりのものだ。昔から誰かを守ることに強い憧れを抱いていただけに、正義感がとんでもない。
「……別に。俺は平和に過ごせれば何でもいい」
「あたしはいじめとは見逃せない質なの!!」
「……一体誰が後始末してると思っているんだが……」
影人が小声で言ったそれは綾香に聞かれることなく、綾香はいつものように暴走している。
綾香は性格は少し残念なところもあるが、才色兼備といえるほどの人物だ。よく彼女と付き合っているのかと傍迷惑な質問をされることがあるのだが、断じてそれはない。
あくまで親同士が仲がいいというだけの腐れ縁だ。
そんな彼女は理想主義者だ。その発言の多くは絵空事……綺麗事だ。
世の中理想だけではうまくいかない。
光には影が必要だ。
俺はそう思いながら、彼女の話を聞き流した。
◇◇◇◇
「学校は本当に嫌になることしかないな」
「そんなじゃ友達出来ないよ、影人君」
「余計なお世話だ」
HRを終え、帰宅する準備をしていると綾香が声を掛けてきた。
「今日は連中一緒じゃないんだな」
「一緒だと影人君と一緒に帰れないでしょ」
「心にもないことを」
影人がため息まじりにそういうと綾香はガックリと肩を落とした。
「本気なのに」
「それはそうと、駅前にうまい和菓子屋が出来てたんだ。ばあちゃんに買って帰りたいから行かないか?」
「おばあちゃん子だね、相変わらず。いいよ、ここからだと電車の方が近いかな」
携帯で時間を確認すると影人は駅に向かって歩き出す。
「……駅ってこっちの方角で間違いないよな……」
「……うん」
歩き始めて25分くらいが経過した。いつもならもう駅についているはずなのにどういうわけか同じ場所をぐるぐると行ったり来たりしているような錯覚に襲われる。
「携帯で場所を……圏外?こんな街中で?」
「……影人君……あれ……」
二人の目の前に現れたのは不思議な輝きを放つ、黒魔術やファンタジーなんかでよくある魔法陣だった。
「……テンプレってことはないよな」
「テンプレ?」
「この場合だとお前が異世界なんかに呼ばれるパターンだ。だけど」
影人は拳を強く握り締める。
「行かせるわけにはいかないんだよ。そんな危険な場所に……こんな英雄に憧れているような奴を!」
影人が綾香の手を引き、その場から離れようとする。
「……影人君?……あたしを呼ぶ声が……」
「聞くな!」
距離を取ったはずなのに魔法陣は先ほどよりも近くにあり確実に綾香を引き込もうとする。
「ふざけるな!」
(こいつを行かせるわけには!)
影人が魔法陣を睨めつけると
「……大丈夫だ。きっと帰れる」
綾香の手を放すと安心させるように優しい声でそう言った。
「お前の望みを破ってやるよ」
影人が魔法陣に向かって走り出すと綾香が泣きそうな声で待ってと叫ぶが、影人は振り返らない。
「なっ!」
魔法陣に触れたかと思うと魔法陣は初めからそこになかったかのように姿を消し、綾香の方を見ると今にも消えてしまいそうな綾香と淡く光る魔法陣がそこにあった。
「くそがあああああああああ!!!」
綾香の下まで全速力で駆け寄ると綾香の腕を掴み、魔法陣の上から魔法陣の外へと出すと綾香のバランスで体勢を崩し、淡く光る魔法陣の上に乗った。
「影人君っ!!」
何故か助けたはずの綾香が影人の身体に触れ、抱き付くような形になる。
「……な、……んで」
薄れゆく意識の中で最後に見たのは涙目になっている綾香の姿だった。
◇◇◇◇
「……え……すか……様」
意識を失い、次に目を覚ました時そこは何かの儀式で使われていそうな薄暗い部屋だった。周囲を見渡すとそこには何人も疲れ切った顔をした神官のような服装をした男たちと巫女装束に身を包んだ女性たちがいた。
彼らが何者なのかを知る由もないが綾香は目の前にいる少女に目を向けた。
「大丈夫ですか?勇者様」
「ゆ、うしゃ?」
聞き慣れた会話ではなく、まるでゲームや小説に出てくるようなその言葉に少しばかり戸惑う。
「はい、勇者様です。勇者様のお名前を聞いても宜しいでしょうか?」
「剣山綾香です」
「アヤカ様ですか!わたしたちの国を救ってください」
いきなりの言葉にアヤカは混乱する。混乱し過ぎて逆に冷静になることが出来た。あの時の魔法陣の影響でおそらく別の場所、もしくは別の世界に来てしまったのではないかと。英雄に憧れていたアヤカはそう言った小説などを沢山愛読していた。
「……え」
そしてあることに気付く。
「あたしの他には誰かいませんか?もう一人男の子がいたと思うんですけど」
「……どういうことですか?」
「あたしはたぶん”呼ばれた”。その時に一緒だった男の子はどこに行ったのかってことです」
アヤカがそう言った途端、目の前にいる少女はばつの悪そうな顔をすると残酷な一言を告げた。
「その方はたぶん召喚の影響でお亡くなりになられたかと。この魔法陣は本来特定の人物を召喚するための召喚魔法です」
「……アアアアアアアァァァァァァッァァァァァァァッァ!!!!」
声にならない悲鳴を上げる。
アヤカという少女はこの時絶望した。
◇◇◇◇
ある辺境の貴族の領地。
アヤカが勇者として召喚されるよりも十六年程前。
「……旦那様、もうすぐお子さんが生まれますよ」
「そうか」
まるで巌のような体格をした男は短くそう告げると、目の前にいる侍女に自分の妻がいる場所までの案内を頼む。
「畏まりました。旦那様はお子さんの名前を決められたのですか?」
「まだだな。実際に見てその時に感じたものを付けてやろうと思ってな。エリスもきっと反対はしないだろう」
「そうですか。元気なお子さんが生まれるといいですね」
「ああ」
それから数時間して母親のエリスは自分の子と対面するのだが、そこに大きな問題があった。
「……奥様……大変申し上げにくいことなのですが……」
侍女が目を伏せそう言った。
「私の子供は?もしかして」
「いえ、無事には生まれてきたのですが、一人は女の子です。もう一人は……」
エリスはもう一人の子供の顔を見た瞬間に目を見開いた。
「忌み子……」
忌むべき子供。精霊の加護がなく魔法を使用することの出来ない子供でその特徴として肌は透き通るような白さを持ち、髪は色素が完全に抜けきった雪のような髪。そして血に染まったような紅い瞳を持つ。
「この子はある程度の年齢になるまで地下牢で育てなさい!!」
エリスは自分の息子に対し残酷な決断を下すと侍女はそのようにすぐに子供を連れていった。
「……貴方は大切に育てますからね」
エリスはもう一人の娘をその腕に抱きながらそっと呟いた。
それからしばらくすると、エリスの旦那であるクロードが部屋に入って来た。
「子供は無事に生まれたのか?」
「ええ」
そう言って抱き抱えている娘を見せる。
「可愛いな。これが俺の娘……ティアだ」
「ティア?いい名ね……この子はティア」
ティアは静かに眠っていた。
お読みいただきありがとうございます。