スチール・イーター 7
「すいません……後半はまるで関係のない話というか……ほとんど愚痴みたいになってしまって……」
「構わないよ、そういうのは誰かに話した方が楽になるって言うしな。……それにしても随分と無茶な計画だな、全校生徒が人の学校に一人手に入れる者を送り込むなんて」
「二人以上だと、スチール同士でしか関係を持たないからだと思います」
「言いたいことはわかるけどな、無茶振りには変わりないよ。俺だったらそっこーでくじけるね」
「そう、ですか……でもお父さんとの約束もありますし、あきらめるわけには」
「そうだね、宮前は偉いんだな」
「え……っ」
突然のその言葉に、宮前はどう反応したらいいかわからない。
「偉いよ、なんだか今日は張り切ってた様子だったし、ちゃんと向き合って闘ってる。すごい偉いと思う」
「そ、そんな」
自分の顔が熱くなるのがわかった。どうしてだろう、別に私は頑張っているわけじゃないし褒められるほどのこともできていない。なのに彼のその言葉に嘘偽りを感じられないからか、素直に、うれしい……。
「あわわわわ……!」
顔にたまった熱を振り払おうと頭をぶんぶんと振ってみせる、向かいに座る巡は彼女の突然の独特なフットワークに驚き、逃げるように食器を下げにキッチンへと消えた、はずだったが食器を洗おうとした後ろから声がかかる。
「私が洗いますっ、これ以上甘えられません、あの、本当においしかったです……!」
「え、いいよ。お客さんなんだし」
「いーえだめです! 私が洗います! これは決定事項です!」
「そ、そうか……じゃあ頼むよ」
その予想以上に強気な態度に半ば無理やり押し切られた巡がスポンジを手放し泡だらけの手をすすぐとキッチンから身を引いた。宮前は「はいっお任せくださいっ」と腕まくりをして皿洗いに取り掛かる。
(これがふだんの宮前なのか……)
なんだか小声で何かを言っている。
「偉いだって……偉いって言われたの久々~っ」
初めて声をかけた日、といってもそれは昨日のことであり、巡は宮前をおとなしい女子生徒だと認識していた。けれど今日の学校の様子をみて少し考えが改まり、今またそれを改めることになった。東部に来るまでの彼女はきっと毎日こんな感じだったに違いない、それが避けられない事情でこちらに一人暮らしすることになり、環境のギャップであんなにまで印象が変わるほど追い詰められていた。どうか彼女がこの東部でもその姿で過ごせないものか、もし自分にできることがあるのなら、そうさせてやりたい。
俺は、スチールと人の共存を望んでいる。
(父と離れたのも、その為だ)
「なあ、宮前さん」
「はい~?」
笑顔でこちらを向く宮前。明るい彼女でいてもらいたいと思った矢先、そのギャップに調子を狂わされる。宮前綾には笑顔が似合いすぎた。たまらず目をそらした巡はそのままつづけた。
「父親の電話の件あったろ」
「それがどうしたんです巡さん?」
「いや、どうしたってわけでもないんだが……」
「?」
「差支えないなら俺を友達としたらどうだ。ほら、父親もその方が安心するだろ」
「……」
皿を泡から流す彼女の手が止まり、その瞳が巡に瞳をとらえたまま停止する。
「おい、宮前さん……?」
直後、宮前がまた涙せんばかりの、しかし満面の笑顔を向けて飛びついてきた。
「ちょ、おま」
あまりの突然な行動に構えが取れず巡は宮前を上にしたまま床に倒れこむ。巡の胸に宮前の顔が押し付けられている。
「ぜひ、ぜひいらしてください!お父さんもきっと喜びます!私も、うれしい……っ」
「いらしてって、行くとは言ってないし、ていうかわかったから離れてくれ宮前さんっ」
「綾って呼んでください!!」
「はあっ?こんな時に何を宮前さ――」
「綾って、呼んで、ください!!」
うれし涙の上目づかいでほほを膨らます宮前、巡は観念したように肩を落とす。
「わかった、わかったから、どいてくれ綾。この体勢はいろいろとマズいだろ」
「え? この体勢……マズ、い――?」
ようやく自分の行動に気が付いたのか、爆発しそうなくらいに顔を赤く染めた宮前が飛び引いた。
「ご、ごごごごごゴゴゴゴゴ……!」
「なに? 地響き?」
「違います!!!ごめんなさい!!!!!!!」
「いや、いいけどさ…」
「よくないです! そんな、春服だったからいいものの奪う者の私が人に抱き付くなんて……」
「あのさ。それ、今から禁止な」
「……すいません」
「まったく。謝ってばっかだ、別に中央区域では皆普通に接してるんだろ?」
「そう、ですね……そうですよね。この東部が共存区域拡大計画に選ばれた今、代表である私がこんな考えかたをしていては本末転倒です」
「そうだ、偉いぞ」
「あ、また偉いって……」ぼそっと宮前がつぶやく。
「って、もうこんな時間か」
一息つけたことで、巡は時間の流れを思い出したかのように時計に目をやった。午後8時を過ぎている。
「綾、そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「もうそんな時間ですか、そうですね。そろそろお暇します」
洗いかけの食器に再び手を付け、顔だけこちらに向けた宮前が聞く。
「あの、お父さんには本当にお話ししても?」
「もちろんだ、日程が決まったらまた教えてくれ」
「ありがとうございます……っ。それじゃあ、今日は失礼しますね! ハンバーグ、ごちそうさまでしたっ」
キッチンを綺麗にしてから宮前は笑顔で帰っていった。ドアがゆっくりガチャリと閉まると同時に隣の家のドアが開く音がする。
「はあ、すっげぇ疲れた」
ふらふらとベッドに向かいばたりと倒れこむ。こうするとやりきった感が倍増する気がする。これも日課入りだな。
(中央区域……)
一度、行ってみたかった場所だ。巡はずっと父と同じ人しかいない場所に住んでいた。だから当然中央区域にも、行ったことがない。
(手に入れる者と人との共存、望むだけじゃなにも始まらないのはわかってた。でも今までは望むことしか不可能だった)
ベッドから体を起こし、宮前が中途半端に終えていた洗い物に手をつける。
(それが変わった、今は違う)
彼は東部に住みながらも、本気で手に入れる者と人との共存をずっと前から望んでいた。その"きっかけ"が、今日彼女のおかげでつ
かむことができた気がする。やっと、やっとだ。
本当に、長かった。