バタフライ・イーター 7
どうにもできない。
両足首を触手で巻き取られ逆さに吊らされた宮前は何度も触手への攻撃を試みたが上体を起こそうとすると触手が大きく振り回されとても空中で前屈することなどできない。同様に束縛された浩仁に至っても殴るものが無い以上手のうちようがなかった。いや、例えポケットに何かしら入っていたとしても全て落としてしまっていただろう。
「まさにレベル3ってわけだわ、クソが」
「どう、したら…」
大きく振り回されながら、遠心力と重力に従うスカートを抑えている場合では無いと自分にけしかける。次の瞬間にでも二人はこの触手に好き勝手に貫かれているかもしれない、冗談でもなんでもない死と隣り合わせの状況なのだ。
(でも……お父さんの攻撃で傷ひとつつかないなんて…)
父だからというひいきは一切無しとして、浩仁の異能による破壊力はとても強烈だ、食す者の能力と無理やり比べたのであればランクAは軽いだろう。この学校にそれだけの食す者がいれば直ぐにでも出てきてもらいたい。実際のところいるのだと宮前は踏んでいたし、浩仁に至っては在校を確認していた。とはいえ教師という立場上、彼の場合は性格上かもしれないがまるで知らない生徒を危険に晒すことはしたがらなかった。それにあの放送を聞いていたのならランクAだとしても避難するのが正しい判断である。
もし、もしも水瀬がいたのであれば状況は大きく変わっていただろう。大きく変わっていた、その表現さえも控えめかもしれない。
(無事、なのかな……巡さんも…)
宮前は、それでも行方がわからなくなった二人の登場を望むのではなく、ただ身の安全だけを祈った。今この場に蝶の食われるモノを倒せる人間はいないと言うことであり、宮前と浩仁は数瞬後には命を落としているだろうという状況であっても、宮前にとっては二人の命のほうが重かった。
だからせめて、浩仁だけには助かって貰いたかった。最愛の父だけには……思わずこぼれた涙は額へと流れ地へ向かって落ちていき――氷へと変わった。
†
「俺は薗の思ってる様な強さは持っていないよ」
「…そうかな?」
「そうさ、俺は他人より卑怯な強さを持っているだけだ。だから誰かを助けられたとしても正当な強さじゃない」
「ふぅん……ま、あたしはその強さに痺れたんだからカンケーないけどね、色々と話しを聞かせてくれたらまた考えも変わるかもしれないけど?」
「そうだな、薗にもいつか話すつもりではいる。薗だけじゃなく綾にだって話してないしな、だから、"回収"は任せたよ」
「うん、もちろん」
数分前、山の中でふとスマホのを見た巡の目には赤いフォントの速報が映っていた。それは食われるモノの発生報告、非難警告時に表示される緊急速報。瞬時に特定された場所と食われるモノの規模は隣で身体を支えてくれていた水瀬にも見えていたようだった。そして今、二人は校門の前まで来ている、視界にあるのは触手を何本も生やした巨大な蝶に捕らわれている二人の姿。水瀬は直ぐに水の"触手"を作り出し30メートル以上離れた場所から一振りで全ての触手をぶった切った。その水は一転して開放された二人を優しくつつむ縄となる。水瀬は伸長に、しかし素早く二人を回収した。大事な二人が"巡の能力に殺されない"ように。数十秒の間だというのに水瀬の水は役目を終えたと同時に凍結し使い物にならなくなった。
「ちょ――メグルこれ……強すぎじゃ…」
「ごめん、コレ"さっきの余りモノ"でさ、手加減できないんだ」
「さっきって、もしかしてまだ奥の手が残ってたとかいわないでよ?」
「"うん"。とっておきが一個だけ。だから寒いけど我慢な、そこの二人もちょっとだけ覚悟しといて」
――大丈夫、どうせ一瞬だから。
そう付け加えたのを最後に、巡はその場の全員から一瞬だけ視力と聴力を奪った。眩しくもない白い光と瞬時の極寒が直ぐに消え去り目を開けた水瀬、浩仁、宮前。その目に映ったのは、10メートル以上もある氷柱が全方向体中、無惨に突き刺さって動きを止めた食われるモノだった。
【NEXT】10-26 07:00




