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Attri-tY  作者: ゆきながれ
Episode-0 似たもの同士
5/90

スチール・イーター 4

誰かと一緒に下校したのは久しぶりか。巡は鞄を椅子の上に放るように置き、ブレザーを背もたれに掛けるとベッドに倒れこんだ。こうすると帰ってきたという実感が倍増する気がして日課になっている。

「共存区域の拡大……」

宮前はその影響を受けた人物だろう、しかし拡大されたとはいえじゃあ引っ越そうかなんて考えるか、わざわざ自分の過ごし慣れた場所を離れてまでここに来る意味があるのなら話は別だが宮前は一人暮らしだ。引っ越すほどの意味があるなら、それは家族全体での事情だと考えるのが普通だと思う、彼女だけの事情で親が娘を拡張されたばかりの地域に送り出したとは考え難い。巡の父はここが中央区域の一部になると知って一人さらなる東へと身を移した。当然巡も東へ行くという流れだったが彼自身が拒みここで一人暮らしをすることになった。そのことに関して反対はされなかった、それどころか父はあっさりとうなずき、一人でこの地を去った。父がどう思っているかは別として、少なからず手に入れる者スチールをよく思わない人はいるということだ。中央部がどうだかは知らないが今後中央部と同じ扱いがされる地域とは思い難い。ならば宮前はどうしてここへ来た? よっぽどの事情とやらも、学校のあの様子を見ればそんなものはないと考えられる。だとするとここには仕方がなく来たと言えるのか。それこそ考えられない。

「……なんにせよ、深く散策するわけにもいかないか」

ベッドから飛び起きると、買い物袋の整理にかかった。ついでに明日の朝食を考えながら、久しぶりに誰かと登校するのだと嬉しく感じていたりした。


翌日、自室のテーブルに並べたのは白米と味噌汁、アジの開きと作り置きのおひたし。食事は自分に作るとどうしても手抜きになりがちだから、自分のなかでせめてご飯のほかに3つはお皿を使うと決めていた。今朝もそのルールはぎりぎり守られた。巡はいつもより10分早く身支度を済ませる、相手は隣だし家をでる時間はそんなに変わらないはず、だから少しだけ早く準備するだけで大丈夫だと判断したが……多分お隣だからお互い待ち合わせ時間などを決めようともしなかったんだろう、戸締りをして外にでるとそこには宮前の姿があった。待たせてしまったか。

「おはようございます」

「チャイム、鳴らしてくれてよかったのに」

「いえ、私も今来たところですから」

来たところというか、出たところだろう。ともあれお約束のウソを言わせてしまったことに申し訳なさを覚える。ごめんね、じゃあ行こうかと廊下をあるきだし、二人は登校した。その朝、彼女は商店街を経由した。

今日の彼女は一日前を向いていた。比喩ではなく言葉通りにだ。何かあったとしか言いようのないほど、しかしそれはきっと些細な変化なのだと思いつつも、第一印象を植え付けられたのが昨日の巡にとって大きな変化に見えてしまう。宮前の席は巡からすると右斜め前の離れた位置だ、昨日たまたま目に入った時は授業を聞いているのかわからない様子だったが、今日はしっかり聞いているように見えた。放課後はいつもすぐに席を立ってしまうはずの彼女はいつまでもその気配を見せない、なにやら不自然なほどゆっくり教材を鞄に納めているような、そんな感じまでした。そしてちらっと、本当にちらっとこちらを向いた。直ぐに目をそらされたのは目が合ったからためか。

「帰るか?」

席まで行き、そう声をかけた直後宮前は倍速で片づけをはじめた。あまりにバタバタと物をつかむものだからプリントを一枚取りこぼしてしまい、それを巡がキャッチする形になったので中身がみえてしまう。その数学のプリントにはきれいな字でしっかり解答欄が埋められていて、落書きまでされている。

「……趣味、食べ物、好きな番組、最寄りの本屋、おいしいお店、なんだこれ、落書きにしては随分と支離滅裂じゃ――」

バシっと、言い終える前にはその手からプリントは消えていた。

「わわわわわ何でもない落書きですっ。そもそも落書きなんてありませんっ」

「別に話題なんてその時浮かんだワードでいいと思うが」

「ぐっ」

「ぐ?」

「…………ひょっとして巡さんって、いじわるですか?」

「そんなことはないけど」

うつむいたままの彼女がふらふらと出口へ向かっていく。昨日に比べると勧誘の数も半減していて問題なく正門から出ることができた。途中、「……趣味」と囁くような宮前の声が聞こえて、見ると巡とは逆方向に視線を泳がせていた。

「趣味……なにかありますか?」

「趣味、か……いきなり言われると思いつかないよね」

(人の落書き見ておきながら言うセリフじゃないです)

「え?」

「そ、その時思いついたワードで話題を構成するって言ったのは巡さんですよ」

「それもそうだった。えーっとね、趣味と言えるかわからないけど、よく料理をするかな。料理っていっても簡単なやつだけど」

「そうなんですか。そういえば今朝、巡さんの家の前からおいしそうな鰹だしの香りがしました」

換気扇から流れ出したのか、確かに今日の味噌汁にはかつおだしを使った。というか宮前はそんな前から待っていたのかと、巡はますます申し訳なくなる。

「宮前さんは、趣味とかあるのか?」

巡が聞くと宮前も少し考えるしぐさを見せ、やがて何かを思いついて手をたたいた。

「巡さん、私に料理を教えてください」

「あれ、俺今趣味を尋ねたと思うんだけど」

「私の趣味は、教わることなんです」

「なんだそれ、趣味なのか」

「趣味ですよ? できないことを、誰かに教えてもらって、できるようになる。わたし的には立派な趣味だと思いますよ。あとその、私料理できないんです……」

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