共存部 15
異能、発動。その象徴が宮前の瞳に現れる。藍色の瞳が碧に変わり、その場から消えたかのように思えるほどの速度で水瀬に接近した。お互い服装は長袖にジャージ、宮前は手袋をしている為攻撃箇所はほどんど限定されない。繰り出されたのは初撃から強烈な腹部への掌底だった。
「おわっと」
その可愛らしい声は驚いた水瀬の声だった。腹部に今の攻撃を受けていたら声は愚か、驚くことすらままならない。つまり水瀬に掌底は当たらなかった。
「なんだ今のぎこちねェ回避……」
巡の隣で筋肉が唸る。
「まるで無駄しかない回避運動……だから分かる。今の、運動神経の良さだけで避けやがった」
横でそんな感想を漏らしている浩仁、なにか返してやりたいところだが巡にはまるで目で追えていなかった。宮前が突撃して、水瀬がちょこっと横に跳んだ。結果からそう判断できるだけで、改めて宮前の【もう一つの記憶】に驚くことしかできなかった。
「アヤってば近接派だったの~? びっくりしたぁ」
「はぁ…!」
宮前の掌底を右に跳ぶことで避けた水瀬、思わず口からでた言葉にはなんの反応も返ってこず、代わりに拳が追撃してくれた。乾いた音が聞こえ今度こそ命中したことを知らされる。
「……ったぁ~」
命中。間違ってはいない、しかしそれは効果的な攻撃でないと言い方を変えることもできた。
「あの距離で、あの速度の攻撃を手のひらにおさめるか……」
「ちょっとアヤってば本気すぎ~!手のひらめっちゃ痛いんだけどっ」
「……」
今度は追撃もなかったが、宮前は返す言葉も見つからなかった。浩仁から教わった体術は幾つもある。攻撃、回避、防御、連撃、組み合わせ、細かくすれば数えきれないほどの種類を宮前は自分の特殊記憶に焼き付けている。だから今のようなシンプルな攻撃を防がれたところでどうということはない、まだ打つ手は山ほどある。それなのに彼女には余裕が失われていた。彼女の髪が蒼く変化し、放たれた威圧感すら感じる空気にさらされて、宮前綾は戦意すら壊されかけた。
「綾ー、俺のプリンのために頑張ってくれー」
きっとそれは本心ではない。彼は本気でそんなことをいう人じゃない。だけどそんなふざけた言葉が宮前の心を落ち着けた。彼の本心はそこに向けられていたのだ。
「えぇ!? メグルってばアヤに賭けてるの!? も~おこったっ、怒ってないけど怒ったことにする! アヤっ、接近戦は怖いのがわかったからもう近づかせないんだから!」
現れたのは1メートル級の水球3つ、この間の彼女ならこの時点で疲弊が確定していたのに、巡の表情は自然と険しいものになる、隣にいる浩仁もまた似た反応をみせていた。そんな様子なのは二人だけで回りにいるプリンを賭けた生徒たちは声援を飛ばしたり真剣に見入っていたり水瀬の胸を凝視したりとこの場を堪能していた。
宮前は手を引き数歩後退する。水瀬の後方に現れた3つの水球がどのような攻撃を仕掛けてくるのかわからない以上、一旦距離をとって様子を見るべきだ。そういう思いで後ろにさがったのだと"間違った解釈"をしなかったのはこの場にいる者の中では数えるほどしかいなかっただろう。直前に水瀬が接近戦が怖いと、だから近づかせないと宣言していたのを聞き逃していなければ、数歩後退したのがフェイクで直後目にも止まらぬ早さで接近して水瀬の足を払った宮前の行動に驚くことはなかったはずだ。
「ひゃあっ……!?」
突如自分の体勢が傾き身動きが取れなくなる。水瀬の脚は空中に投げ出されていた。
「攻め、あるのみです」
宮前の圧倒的な攻撃に場は湧き上がった。異能を初めて目にする者もこの中にはいるのだ、他の食す者とは違う、属性ではなく全く異種の力である異能。その一つである【もう一つの記憶】、底が知れないこの異能をまだ彼女はほんの少ししか発揮していない。それで捕食者階級Aとなった水瀬を圧倒していたことに手に入れる者の凄みを肌で感じた生徒たちが感動すら覚えていた時。ぽふんと、水瀬の体を水球が受け止めたのを境に皆の声が止んだ。まるでクッションのように体を受け止められた水瀬の体は少しも濡れることなく体制が整えられる。忘れてはいけないのは水瀬もまた、力をほんの一部しか見せていないということだった。
「ふぃ~、危なかった」
初撃をかわされても、手で受け止められても、体制を崩せなくても、ただ攻めろ。ひたすらに攻めることが素早さと不意打ちを活かした宮前の浩仁から教わった戦闘スタイルだった。だから足払いを仕掛けた屈んだ状態の宮前は目の前にいる彼女に再び拳を突き上げる、繰り出し続ければ彼女は避けきれない、いつか必ず効果を与えられる。だから攻撃の手をやめてはいけない、顎に直撃するはずの軌道は本当に当たれば軽い怪我ではすまない。けれど全力で打つ、水瀬は絶対に避けるから、避けるからその次により素早い攻撃を仕掛ければいい。予想通り水瀬は避けてみせた、後ろにのけぞるようにして回避して宮前の拳は彼女の面前の通過した。予想通りだ、そう思っていた。
その腕を掴まれるまでは。




