第一歩 7
少しだけ暖かくなったかもしれない。
浩仁の信用は得られたものの、実質はボコボコにされた巡は高度な医療のお世話になっても全治3週間とのことだった。春がもう終わりを告げる5月の下旬、巡は2時限目に間に合わせるよう通学路を歩いている。当然だが彼以外に登校する生徒はいない。
(結局、綾は見舞いに来なかったな)
3週間の病室生活は浩仁が何度か訪れたくらいの筋肉だけのものだった。巡は彼に自分が異能力者であることを誰にも、宮前にも話していないことを改めて確認していた、答えは当然話していないとのことなので、もしかすると宮前は独自に自分が片山隼人の関係者であることを導き出したのかもしれないと推測した。そうなると事は再びよろしくない方向に向かってしまう、浩仁との時とは違う形ではあれど衝突は免れない。それはとても望ましくないなと考えながら、久しぶりの校門をくぐった。
教室に入るとだいたいの生徒が巡を見た。3週間の欠席を知っているクラスメイトらしい反応で、短く声を漏らす者や隣の生徒と情報を交換したりなどという様子がうかがえる。巡は教師に一礼してから窓際にある自分の席に座ると、宮前はこちらを見ていなかったことをやはり残念に思った。窓の外を眺めると桜の花びらはもう一枚もなく、木々は新緑をつけ始めていた。
(綾の様子、浩仁さんから聞いてみるしかなさそうだな。直接声をかけられる空気でもなさそうだし)
そう決めたのは放課後になった時、いつかのように宮前がさっさと荷物をまとめて退室したのを目にしたからだ。やはり追いかけようかと少しだけ考えたが、焦らなくても浩仁と相談してからで不都合はないし、どのみち彼女は隣に住んでいるわけだから今声を掛ける必要はそこまでない。自分もあの日のように何をすることもなく教室を出て昇降口まで降りる、初めて宮前に声をかけた場所で外履きに履き替え校庭に出た。もう勧誘活動の様子は見受けられない、騒がしさは校庭のグラウンドやコートへと移ったらしい。
「あれ~、ちょっとキミ、こっち向いてこっち」
それなのに声をかけられるとは、勧誘ではなさそうだが不意を突かれながら振り返ると、そこには体操着姿の生徒が立っていた、黒の短パンのサイドに青いラインが入っている、この学校では2年生を表すカラーだ。綿でできたシャツの胸元はしっかりと盛り上がっていてそこに藍色の毛先がさらりとかかっている。身長は巡の肩くらいで宮前よりは断然小さく、故に覗きこむような深緑色の瞳と視線を交えた。
「あーっ、やっぱりあの時の! 同い年だったんだねぇ」
「……?」
「えっ、うそんもしかして思い出せない? あたしあんなカッコしてたのに?」
「あんな格好……って言われても、心当たりがないな」
どんな格好だったのか気になるが、心当たりがない以上忘れてしまう程度のものだったのだろう。
「え~、じゃあお礼も言えないじゃん、しょっくだよぉ……」
「お礼……?」巡には言ってることがますますわからない。
「あたし、Bランクになったばっかりで調子に乗って能力使っちゃってさ?しかも運悪く食われるモノがでてきた時に疲弊っちゃってもう死ぬかも~ってなってたとき、手ぇひっぱって逃してくれたじゃん~」
「Bランクになったばっかりって、あぁもしかして」
新緑喫茶の。
「思い出してくれた~?」
「あの水の使い手か」
「ぴんぽ~ん! じゃあじゃあ思い出してくれたところであたしからお礼申し上げもうすっ、あのときはありがとうね~」
前で手を合わせてお辞儀をする少女、その強調された胸の右側に小さく名前が書いてあった。
「水瀬薗っていうのか」
「あっ見られた! これは……名乗ってもらうしかないかも?」
「片山巡だよ、そんな人の名前だけ確認して帰る人じゃない」
「だよねぇ、助けてくれたもんね~」
「それと俺は別に助けてない、助けたのは宮前綾っていうここの女子生徒だ」
「みや、まえ……?」
「そうだ、俺と同じクラスの」
言って、彼女の名前を軽々しく出したことに少しだけ表情を曇らせた。今頃はもう家に着いている頃だろうか。
「それって手に入れる者の子じゃんっ」
水瀬は直ぐに思い当たったらしい。やはり初めて転校してきた手に入れる者ということで名は知れ渡っているみたいだ。
「そっかぁ……手に入れる者の子かぁ」
左手をさげたままで右手だけ顎にあててもじもじする水瀬、感情が態度にでやすい人だなと見ていた巡だが、彼女を助けたのが手に入れる者であったことに対するこの反応があまりいいものではなさそうに思えて、どうフォローしようかと言葉を探しているうちに再び彼女が口を開いた。
「その子ってー、今ガッコにいるの?」
「え」
「え、じゃなくて~。お礼したいじゃん。あーでもあれだよ?助けてくれたのがその子でも、メグルだってあたしを助けてくれた人の一人だよ?」
「そう、それはどうも。綾は今……たぶんもう帰ったかな」
「ややっ、呼び捨てとはもしかして……カノジョってやつですかな!」
「違うよ、そんなんじゃない」
今は友達なんかよりもっと悪い関係かもしれない。
「そうなの~、ちょっと残念? いやむしろラッキー?」
「ていうか水瀬、もし俺と綾――手に入れる者が付き合っててもなんとも思わないのか」
「え、どゆ質問それ?」
「いや、人と手に入れる者が仲良くしてることに抵抗はないのかって意味さ」
その言葉に右手と左手を交代させ少しだけ考えたらしい水瀬が「だってここ共存区域になったんでしょ? いいことなんじゃないの~?」と自然に口にしてくれた。
「そうか、そういうふうに思ってる人もいるんだな」
「んー……どゆ意味深それ?」
「いや、何も深くないさ」
それに水瀬は都心で働いていた、彼女には人と手に入れる者の壁はもともとなかったのかもしれない。巡はポンっと水瀬の頭に手を置きわさわさと撫でた。
「わ、わぁぁぁ……メグル撫でるのうまいかも~」
「プロですから」
「まじかあ、じゃあお金とられる前にやめておこう、無料体験ということで」
「さいで。ていうか水瀬は部活中じゃないのか」
「ううん、体験入部中、テニスなんだけどつまらなかったし抜け出してきたの、それとあたしのことは薗って呼んでくれていいかもよ?」
「薗か、わかった。あと体験入部とはいえ抜け出すのはよくないぞ」
「ゔ、メグルちょっとお兄さん肌はいってるやつ? しかたないかぁ……それじゃあ戻るよっ」
「頑張れよ、つまらないテニス」
「やる気削がないでよっ!? もぉ、じゃあねっ」




