殺められるべき 5
「おいばか……!!」
追いかけようとしたが横にいるウェイトレスが膝から崩れ落ち踏みとどまる。さっきの衝撃破が響いたのか、超音波が効いたのか、可能性はどちらにもあったが……これは違う。
ふらふらとして平衡感覚を失っている様子、純粋に能力の過剰使用による疲弊だ。なるほど彼女はおそらく、数日前まではCランクだったのだ。この負担の掛かりかたから間違いない。しかしどうする? 食われるモノの攻撃方法がわからない今ウェイトレスからは離れられない。巡は食われるモノの、宮前の方を振り返り言葉を失った。ミートの六本の鎌が今にも宮前を切り刻まんとしていた場面が目に映ったからだ。綾、そう叫ぶ時間さえなかった、全ての鎌が振り下ろされ、
宮前はそれをすべて避けてみせた。
(……なんだ、今のは)
普通の動きではないのは明らかだった。宮前は何も恐れる様子を見せず六つの鎌を睨み付けているのか、再びおろされる鎌も、追撃する鎌も、挟み撃ちする鎌も、すくうような軌道の鎌も、宮前にはかすりもしなかった。この時点で驚きを隠せないが、違和感が一つだけ、宮前は攻撃へ転じる素振りを見せない。一連の回避運動の途中、巡は宮前の変色した瞳を確認した。アレが手に入れる者の力、異能が発動した象徴。深い藍色の瞳に重なるように浅い碧色が映っている。
「回避の異能……」
それが彼女の、手に入れる者としての異能なのか。炎、水、雷、風、氷の属性一つだけを能力として使う食す者にとって決して芽生えることのない、宮前だけの異能。だが、回避に関しては並外れた動きができたとして、おそらく攻撃という話になると途端にそこにいるのは小柄な女子高生、つまりこの状況はいつまでも変わらない、いや、回避の異能といってもそれと身体能力は別物だと考えるべきだ、だとすれば宮前の体力の限界は必ず来る、それは能力の、疲弊と同じこと、いずれ彼女があの六本の鎌の餌食となるのは必然。
「行ってください……」
足元からかすかに聞こえる声、見れば、肩で呼吸をしているウェイトレスがどうにかこうにかくり絞った声だった。不安は残るが、あの食われるモノが近接攻撃しかできないことを祈るしか無いと、巡は振り向き飛び出した。
(私が、私が守らないと……)
宮前と巡、お互いのことではあるが、二人は自分に異能が、能力が備わっていることを告げていない。ウェイトレスを巡が引っ張ってくれているこの状況では、たとえ巡が食す者であったとしても宮前は戦えるのが自分だけだと判断しただろう。
しかし敵の手数が多すぎる。宮前は自分の首筋に迫まろうとしている一つの鎌をそっと手で撫でるように軌道を頭上へ変えてやった。反対から足首に迫る鎌は直前の動きの勢いを使って身体をひねりながら少しの跳躍をすることで回避した。そこに三本目の鎌が迫る。隙さえあれば直ぐにでも攻撃に転じたいのに、それができない。
(せめて誰かが駆けつけてくれるまで、それまで私が食われるモノの気を引きつけないと……)
そうはいっても、宮前の息は徐々に荒くなっていった。時間にして1分半も経っていないのにもう体に重みを感じてきている。宮前にとってこの敵の攻撃を全て躱す事自体は難しくなかった、ただそれには当たり前だが長時間という条件は含まれない、彼女の異能は身体に想像以上の負担をかけていた。
(誰かが、来るまで……)
普通に考えて1分やそこらでレベル2の食われるモノに対抗できる食す者や手に入れる者は現れない。少しずつ彼女の精神は追い詰められていった、そして1秒時を刻むごとにそれは徐々に絶望の形となって彼女の心を蝕んでいく。
もう1分もしないうちに、私の体はあの6本の鎌に切り刻まれる。
(嫌だ、いやだいやだいやだ……)
5本の凪ぐ鎌を手足で捌いたところで時間差による残りの1本が突きの軌道で宮前を襲った。虚を突く攻撃でさえ異能により体をひねることでそれを回避する。だが、ついに体が異能に置き去りにされた。右肩に鋭い痛みが走る。突き刺さりはしなかったものの決して浅くはない傷口から血が溢れ出す。
(動いてよ……私の身体……)
だが彼女は既に悟る。
もう、次は避けられない。
痛みに顔を歪ませた宮前の目に映ったのは、改めて鎌を振り上げた食われるモノの姿だった。名前を叫ぶ巡の声が聞こえたかもしれない。
「あはは……」
その口から虚しい声がこぼれる。
一本の鎌が、宮前綾を振りきった。