殺められるべき 4
「ただいま代わりをお持ちいたしいます、それと床はまだ濡れていますのでご注意ください、すぐに拭きにもどりますので」
一人"異様な空気をまとった"ウェイトレスがぺこりと一礼して球体と一緒にキッチンへと消えていく。幼児は始終球体に見とれていた。
「……凄いですね」
「器用な水の使い手だな」
「あのレベルだと、ランクはどうなるのでしょう」
「ランク?」
「はい、私たち手に入れる者は適用外ですが、食す者の能力に関してはランク付けがあるんですよね、確かCからB、A、Sといった感じに……」
「捕食者階級のことか、中央部ならよく聞く言葉だと思うが」
「初めて聞きました、ここではおそらく、ランクという風に簡略して呼ばれているのかも」
確かに、捕食者階級なんてネーミングセンスを疑う。ランクの方が何倍もいい。
食す者の能力――そもそも人が食す者として能力を開花させるのは全員ではなくごく一部、それも上のランクに行くほどその割合はそぎ落とされる様に減っていく。規定として何かしらの能力の開花が見られればC、それを操ることができればB。捕食者階級のほうも同じ数の段階評価なのでこれで間違いはないはずだと巡は推測した。
「今の人は少なくともBランクじゃないかな」
BからAは鬼門と呼ばれていて、ただ操るだけでランクが上がるCからBとは違い能力の発動速度、パワー、技量などいくつものステータスが編み出されそれらの判定の結果Aに至るか否かが決まる。
「あれだけ器用に使いこなせてもBなんですか」
「Bになるだけ凄い方だよ、能力の開花が確認できてもその中のほとんどは操ることができない」
そういう意味ではCからBのランクアップも鬼門なのかもしれない。
「じゃあ、今のウェイトレスさんは凄いかたなんですね」
「そうだな」
先ほどの場所では濡れた床が拭かれ、改めて野菜ジュースが運ばれてくるところだった。店員と家族が互いに頭を下げあっている。よく見ると、家族連れの方は手袋をしていた。
(いいところだな……こんな日常に人や食す者と手に入れる者のふれあいが転がっているんだ、東部では考えられない)
でも、これから東部もそのようになっていくのか、宮前という一人の女子生徒が共存の第一歩となって、変わっていくのか。だとしたらとても喜ばしいし、そんな空間を巡は守りたいと強く思った。ウェイトレスの笑顔と両親の笑顔、幼児の舌足らずなありがとうの言葉、まるで宝のような光景だ。その宝の奥、ガラス窓の先にある公園の景色に、黒点が出現する。
それは、何時・何処で現れるか判らない。
「――!」
宮前も巡と同時に気づいたらしい、それに順じてあの家族、その周りの客、外の黒点付近にいる人間がそれを確認し、直後驚き背を向ける。あたりに電子的な声が響き渡った。
『食われるモノの反応を確認しました。一般人は速やかに食われるモノから遠ざけた室内へと非難してください』
いたるところに設置されているミートを感知する装置が作動し、道をゆく人々に危険を伝えるためスピーカーから電子的な女性の声が、最低でも半径500mの範囲で拡散させられる。店内では店員が客に落ち着くよう促し避難経路を確保し始める。広範囲放送の声が3回ほど繰り替えされた後、新たな放送内容が一帯の耳にはいった。
『レベル2の食われるモノを確認しました。ランクC以下の食す者は速やかに避難してください。またランクBが1人以下の場合も交戦を避けてください』
レベル2、この放送は初期放送とは違い、少なくとも危害の及びかねない半径1km以上に拡大放送されているはずだ。
「羽化が、始まりました……!」宮前が叫んだ。自然喫茶の速やかな対処により店内には宮前と巡、そしてあのウェイトレスだけとなった。
次の瞬間、空間に重い衝撃が走った。黒点が膨張し何かの形になっていく。低く重い衝撃に巡たちは体の自由を奪われ、テーブルにある様々なものは落下し、ガラスの窓が何枚も砕け散った。……振動がやんだ時、そこには全長5mはある、ところどこに黄色い斑点がある黒い甲殻の、蟷螂のような食われるモノがいた。しかし蟷螂と大きく異なる箇所がある、それは腕の数、まがまがしい鎌の備わった腕が、左右に三本ずつ、計六本生えていた。
「―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!」
超音波のようなすさまじい金切り声、巡はとっさに耳をふさぐ。レベル2、一般人が襲われればまず助からない、宮前とウェイトレスはまだ先ほどの衝撃から回復していないようでテーブルにしがみついている。そのせいであの声もまともに聞いてしまったのだろう。エネルギーの源である食われるモノの多くは出現時にもそのエネルギーを象徴するかのように何かしらの強力な現象を生み出す。巡は宮前の腕を、ウェイトレスの手をつかむと食われるモノとは逆方向にある出入り口へと走って行った。外に出ると既に人影はない、徹底した避難訓練をしていたのだろう。しかし参った、なまじ能力を持っていたがためにすぐに逃げることを選ばなかった。どうする、闘うとしても二人をかばいながらでは――
「巡さん……彼女をお願いします」
聞こえたのは、宮前の声。そして直後、巡の腕を振り払った宮前はこちらに接近しつつあった食われるモノに向かって突っ込んでいった。