殺められるべき 3
『新緑喫茶』
新緑に囲まれたその通りの名前の喫茶店には、自然を主張するかのように野菜を取り入れたメニューが多々見受けられた。それは食事にとどまらずデザートにも多く採用されていて、歩いて少し小腹が減ったかもと話していた二人はアボカドチーズケーキと胡瓜ドーナツを注文した。言わずもがな二つ目は冒険である。緑をメインに彩った可愛い制服を着たウェイトレスが二つのデザートを運んできて、薄緑色のきれいなケーキと、細長く緑色の、見たまんま胡瓜の小麦菓子を無言で見つめた。
「ドーナツって言うから円形かと思ったんだけど」
「私もそう思ってました……」
二つ頼んで半分ずつ食べようという話だったので、デザートは二つとも二人の真ん中に来るように置いてある。宮前がどちらから食べようか決めあぐねていると巡が思い切って右手に持ったフォークを胡瓜(のドーナツ)に通した。スッとフォークが下まで降りる。短く切断された方を改めてフォークで刺し、宮前が見つめるなかそれを口に運んだ。
「……」
噛んでみて、即座に出てきた感想が一つ。
「どう、ですか……?」
味わってみて出てきた感想は、最初のものと変わらなかった。
「綾さ、胡瓜にはちみつかけるとスイカの味がするって、聞いたことある?」
口に入れて直感的に思ったのはそれだった。
「ありますけど……って、まさか」
「食べてみ」
恐る恐る彼女のフォークが移動し、一口サイズにしたそれを口の中へ放り込む。そして三度も噛まないうちに彼女の表情から「あっ……」という声を聞いた。しかし……
「スイカ、ではないですね」
「間違いなくスイカではない」
しかし胡瓜にはちみつをかけた時のことを思い出す。アレは結局スイカの味とはほど遠い気がした、それでいて不味かった。けれどこれは違う。
「おいしい、ですね」
そう、普通においしい。本当に、なんだこれ。胡瓜の味なのに、ちゃんとドーナツしてる。ドーナツ負けてない、冒険で注文したのが申し訳ない気持ちにすらなってきた。
「アボカドチーズケーキの方も、気になるな……」
「こちらもきっと、すごく美味しいのでは……?」
気になって仕方がない二人は同時にフォークで一口分をすくい胡瓜ドーナツの時とは逆に迷わず口へケーキを招いた。そして、「あ、これ」「これは……」と二人が同時に、何かを思い出したかのような反応を見せる、あたかも胡瓜にはちみつをかけるという噂を思い出した時と同じように。
「普通のチーズケーキだこれ」
「ですねこれ」
意外性を求めてからの結果が普通だとどういしていいのかわからない。
「豆乳チーズケーキっての食べたことあんだけど、その時を思い出したわ。なんて言うか、思ってたよりふつうだったっていうか」
「なんだかわかる気がします、不味くはないんですが、期待してたのと違う……いえ、こちらがへんに期待してしまったのがいけないんですかね、これは」
食べる順番、逆にすればよかったかな。後になってそう思った巡であった。なんとなくこれで終わりたくなくなって二人はドリンクを注文し少し話すことにする。
「それにしても驚いた」
「はい?」
「ここ、中央部のことさ。自分が過ごしてるところよりも遥かに都会的だったから。それよりも共存区域という意味で驚きを隠せなかったけど」
「巡さんの想像されていたものと、違いましたか?」
「当たってたと言えば当たってた。けど予想を上回ってたよ、東部はあんなんだから、こんなにも人と手に入れる者が自然に接しあってるなんて思ってもみなかった。もちろん嬉しいことだと感じてる」
「そうですか……それはよかったです。ここの店員さんも確か、人と手に入れる者が半々なんですよ、ほら、さっきデザートを運んできてくれた――」
宮前がその店員を目で追うと、その先のガラスの壁が連なった席で食事をしている家族連れの、まだ2歳くらいの幼児が誤って野菜ジュースの入ったコップをテーブルから落としてしまうところがちょうど目にはいった。床に落ちたコップは割れなかったものの中に入っていたジュースはあたりに飛び散って……
「……?」
「どうした、綾」
「いえ、あれ……」
宮前が家族連れがいる場所の床を指さす、そこには落下したグラスと……不自然に広がった野菜ジュースがあった。床に飛散するかと思ったそれは、目を凝らしてみると透明な何かに囲まれるようにしてそれ以上広がることなく一か所にとどまっている。あれは、水か――さながら蛇のように床を這った水がこぼれた液体を取り囲み、やがて水は集中したジュース全体を包むように変形して球体となって宙に浮いた。床は多少真水で濡れているがコップに入っていたジュースはない、全てあの球体の中に閉じ込められたのか。その球体が移動し一人の、あのデザートを運んできたウェイトレスのもとで止まった。