殺められるべき 2
「あ、巡さんも入って入って」
手招きされて玄関にあがると、そこには宮前の3倍の体積はありそうな大男が立っていた。
「よ~く来たな!」
明らかに身長は190センチを超えていて、真っ赤に染めた髪を後ろにかき分けるようにセットしている。何より宮前の父とのことだが、父というには若すぎる、肉体も、その顔も、父ではなく兄といった方がよっぽど自然だ。
「初めまして、かた――」
「おうよ! オレぁ宮前浩仁、浩仁って呼んでくれていいからよっ。しっかし今日はサンキューな、東部に比べたら随分とさっわがしい中央部にわざわざ来てもらってっよぉ、娘と仲良くしてくれてんだって? マジサンキューな! んでキミの名前はなんてんだ?」
たった今言おうとしたのだが。有り余る元気をとにかくばらまくような男だ。
「片山巡です、よろしくお願いします」
そっかぁ! 片山かぁ! イー名前だっ、よろしく頼むぜ片山クン!! なんて声が返ってくるかと思った。いや、現にそう浩仁は口にしたのだが、少しの間をおいて急に言葉を失う。
「――片山、つったのか、今」
その表情は一秒前の浩仁とはまるで違うものだった。必然的に浩仁は巡を見下ろす形になるが、この瞬間に巡は見下されている感覚を覚えた。
「ってことはだな、オメーは」
「違うよ」
浩仁の言葉をさえぎったのは宮前だった。
「違うから、お父さん。落ち着いて」
巡以上に身長差のある宮前がまっすぐと浩仁をとらえて言う。巡はなんだかよくわからず二人を見ていたが、宮前を見てから浩仁の方に目をやると体格差が恐ろしい、横幅はそこまであるというわけではないので骨格は一般的な男女の差なのだろうか、ただ浩仁は服の上からでもものすごい筋肉質な体をしているのがうかがえた。
「そ、そうか……いやわりいな巡クン、ちょっとばかし私情が挟まっちまった」
「いえ、お気になさらず」
「ってあれ、なにお父さん、今日は長袖きてるんだね、珍しい」
宮前の言葉に浩仁はその巨体をかがませて宮前に耳打ちした。
「バカ、お前そりゃあ東部からわざわざ来てくれてた巡クンに慣れない事象見せるわけもいかねーだろ」
「そ、そっか」
彼女が納得したところでガバッと体勢を起こした浩仁がさらに元気を振りまくように右腕をぶんぶんと回し「腹、へってねえか? 腕ふるっちゃうぜ」と言って見せたが巡には浩仁が料理をする姿がまるで想像できなかった、あの太い腕で包丁を握り、フライパンを振るう……?
「……何かを作るより、何かを壊す方が得意に見えるぞ」
心の中で呟いたつもりだった。当然敬語もへったくれもない。
「あンだって……?」浩仁がその見た目通りに険悪な態度をかもしだしたので巡はとっさに言い訳を考える。
「あ、いやすいません。浩仁さんがものすごく若く見えたのでついクラスメイトに突っ込むようなノリが出ちゃいました」
無論そんな突っ込みをしたことはない。これは火に油を注いだかもしれないと巡は覚悟すらしたが、うってかわって浩仁はニカッと笑い始めたではないか。
「マジか! やっぱオレって若く見えるよなぁ!」
「そ……うですね、はい。父というより兄といった方が適切なようにも思えますよ」
一応これは本心だ。
「かーっ! そこまで言うか! じゃあじゃあ、コレはどう思うよ? 行けるか? イケてっかっ?」
やかましい浩仁が娘の腕をとり無理やり腕を組ませる。宮前が「は?」やら「ちょ」やら言ってるが浩仁には聞こえてないようだ。
「どうだ? コレ、カップルに見えねえか??? 見えるだろ???」
「いやどう見ても犯罪だろ」
「なんだと」
「いえその」
いや、今の返答はやむを得ない。どうあがいてもその答えにたどり着くだろ、何だこの人。
「娘よ、コイツ意外と失礼な奴じゃねぇか?」
「そんなことはないですよ」
「テメーにゃ聞いてねえよ!」
「い、今のはどっちかっていうとユニークでしょお父さん。失礼だって言っちゃえばそれまでだけど逆にお父さんにそこまでの冗談言える人なんてそうそういないよ」
「確かに……お前すげぇな」
「はあ」
なぜか褒められる。ちょっと煩わしさを感じたが浩仁という大男が華奢な宮前に丸め込まれたのが可笑しく、親子なんだなと思えたのはいいことであって、巡は好感を抱きながら昼食をごちそうになることにした。
廊下を歩いてリビングまで行くまでにお手洗いとバスルーム、それと部屋のドアが一つ、リビングに出てからほかに通じるドアは入ってきたドアを除いて一つ、洋室かと思われる。となると、この家にあるのは宮前の部屋と浩仁の部屋、今日は休日だから、一般的には仕事もない。
(母親の気配がないな)
ふとリビングにある本棚の上で倒されている写真立てが巡の目に入った。手に入れる者の家族に対して、巡自身そこが最初に気になってしまう。
カウンターをはさんで浩仁がキッチンでサイズの合っていない可愛いエプロンを首に結びつけている。娘のか、巡は少しずつ親バカの匂いを感じ取っていった。そして気になる彼の料理だが、あの巨体からは想像もできない包丁さばきと、盲点であったあの筋肉ならではの鍋裁きにより、凄いの一言しか出ない絶品でもてなされた。
「うちの定番塩焼きそばだ、ウメェだろ?」
海鮮を取り入れた太麺の塩焼きそばは、さっぱりとしていてべたつかず、食材ひとつひとつの歯ごたえもしっかりしていた。
「はい、とても。ぜひ教わりたいくらいです」
「かーっ!」
嬉しそうに笑う浩仁、隣で宮前も久しぶりの家庭料理に夢中になっている。満足を通り越した巡はその後、宮前の提案により中央部を散歩することになった。浩仁もとりあえず娘の友達の顔を見れたことと、割と本気で巡の突っ込みが気に入ったことで満足したらしい。二人は彼に送り出され、ここへ来る前に通りかかった公園を目指した。緑で尽くされたここは都心とは思えないほどの広さがあった、逆に都心だからこのような場所が作られたのかもしれない。さらには広さ故に公園内部にはカフェや図書館、美術館までもが併設されていて、それでもなお公園らしい芝生や遊具のあるエリアの方がダントツで広大であった。宮前と巡はその広い公園をゆっくりぐるっと周るように歩き、それからカフェへ入っていった。