殺められるべき
「懐かしい夢だな……」
まるでただ目を閉じていただけのように巡は自然と目を開けた。起きたとき夢の内容を覚えていることは多くないが、今朝のはしっかりと覚えている、父と幼い巡のある一日のこと。完全かどうかは今となっては分からないが、記憶の映像を再生したと言ってもいいほどリアルだった。
今日は宮前と約束をした次の日。巡と宮前はマンションの下で待ち合わせをしていたが、時間を決めている以上ある意味当然か、家をでるタイミングが同じだったので外に出てすぐのところで待ち合わせが完了した。
商店街の道に合流し、学校へ向かうときは右に曲がるところを今日は左折する、この長い商店街を抜けたところは駅前となっていて都心まで一本で運んでくれる私鉄が走っている。
「商店街って、実はここにきて初めて見たんですよ」
左折から少し歩いたところで宮前が口を開く。あの日から宮前は明るい少女だ、この姿が本来の宮前であり、これから行く場所はこの姿の宮前が長く過ごしてきた場所、そして巡自身ずっと行きたいと願っていた場所でもあった。
「中央部には商店街はないのか」
「そうですね、見かけたことがないです。でも写真とかで見たことはあるんですよ?中学の時は社会科の教材にものってましたし。……けど、全然違いますね」
「商店街は、一度利用者がほとんどいなくなって無くなりかけたんだ。けれど商店街を失いたくないって想いが少しずつ集まってきてさ、寂れてしまった各所の商店街を大規模な改装で持ち直させる運動が起きた」
大きく開けた道、そこに連なる店という形状は以前からのものであろうが、宮前の言う通り教科書などに載っていた商店街の写真のものとはずいぶん異なる。
「詳しいですね、巡さん」
「うん。全部教科書の内容だけどね、社会科の」
「え」
顔が固まった宮前と一緒に商店街を抜け駅のホームまで来る。電車に乗ってしまえば40分ほどで着くらしい。半分くらいに差し掛かったところで固まったままの宮前が何処かから帰ってきて、目的の駅に着いた時にはすっかり元気になっていたので巡はそのまま案内を任せることにした。私鉄は途中まで地上を走っていたがこの駅に関しては地下で停車したためエスカレーターを利用して地上まで上る、空が見えて来て、果たして巡は驚きを隠せなかった。見る方向すべてに高層ビルが、巨大デパートが立ち並ぶ。
「同じ東京とは思えないな……」
「だいぶ違うでしょ? 迷子にならないようにちゃんとついて来てくださいね」
久しぶりの地元でより気分が向上したのか宮前は弾むように歩いていく。広すぎる横断歩道を渡りビルの間を抜けると巨大な公園の中へ入った。たくさんの木々が植えられていて少し前とは景色があまりにも違う。度々宮前に距離を離されながらも巡はあたりを見回さずにはいられなかった。立ち並ぶ高層ビルや生い茂る木々、やがて落ち着きを取り戻した巡の視線は下へと降りていき、すれ違うたくさんの人間をとらえた。見れば半数がこの季節に手袋をしている。言うまでもないが、寒いから着用しているわけではない。
(これが中央部か)
誰もが手に入れる者に、人に対し不気味がることなく、嫌がることもなく、不思議がることもなく歩いている。すれ違っている。むしろ不思議がっているのは自分だ。共存区域は巡の思っている以上に言葉通りのものらしかった。
公園を抜けると駅前ほどではないが大きなマンションなどが多く建てられていた、あたりにはスーパーやファストフード店が多く見受けられ、雰囲気はまた一変して生活感の感じられる場所となった。駅からトータルで15分くらいだろうか、巡と宮前は一つのマンションに入った。エレベーターで12Fのボタンが押され高速で上昇していく。
「面白いくらいきょろきょろしてたね、巡さんってば」
「そりゃあな、まるで異世界だ」
「あはは、ここを異世界っていう人初めてかもしれません」
なんとなくバカにされた気になって、けれど言い返すよりも先に停止したエレベーターから降りた景色に巡はまた気を取られてしまう。マンションというものからこのような景色が見られるなんて、壁の手すりに半ば乗り出すようにしていると宮前に腕をつつかれた。
「ここまで来て立ち止まるなんて、おのぼりさんなんだから」
「おのぼり……?」
よく意味が分からなかったが、もう立ち止まらないように努め宮前についていく。廊下を50m以上歩いたことも平静を装った。ようやく一つのドアの前に立ち止まり、宮前が巡の住むマンションのとはまるで形の違う鍵を取り出した。ひとひねりしてドアを開く、宮前が「ただいま~!」と元気に言うなり先に入っていった。