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シンクロナイズド  作者: 響野旬悟
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 その日もいよいよ放課後となり、通太は帰宅のため、つくえに別れを告げるべく、彼に突っ伏した。

(つくえさん、僕、家に帰ります)

「そうか気をつけてな」

(はい。それじゃ、また明日)

 と、顔を上げようとした通太に、

「まれかわ!」

 つくえが大音響で通太を呼びとめた。

(ど、どうしました?)

「いや、かのじょ、ささやまろこは、ほんとうにここにきてくれるのか?」

(は、はい、来てくれます。約束しましたから。ろこさんも来たがっていましたから、間違いないです)

「そうか」

 つくえは表情が読み取れない分、気持ちを察するのが難しい。

 だが明らかに今の返事は小さい音で弱弱しく、寂しさが感じられた。

 通太は、再びつくえに別れの挨拶をすませると、後ろ髪引かれる思いで教室を出た。

(よほど、ろこさんに逢いたいんだな)

 しかし、笹山露子にも色々と用事があるのだろう。通太としては、すぐにでもつくえに彼女を逢わせてあげたいが、無理強いはできない。

(つくえさん、もう少し辛抱して下さい)

 通太は祈るような心境で学校を後にした。

 次の日、通太はいつも通りの時間に起きて、いつも通りの時間に家を出て、いつも通りの時間に教室に着いた。

 昨日寝る前は、朝早めに登校して、昨日の別れ際元気のなかったつくえと顔を合わせ元気づけようとしたが、昨日は一時限目が体育で、朝一喋ることが難しかったのでそうしたが、今日はいつもの時間に登校しても十分は、交信できる。

 教室に入った通太は、入ってすぐの左側の一角に人だかりがあるのに気付いたが、つくえのことが、気になり、自分の席に素早く着くと彼に俯いた。

(おはようございます!)

 通太は元気よく交信を始めた。

 ――――

 机から応答がない。

(?)

 彼は、もう一度交信を試みた。

 ――――

 またしても机からの返事はない。

 通太は何度も机に声をかけた。

 だが、彼の頭の中には、何も響いてこない。

(どうしたんだ?)

 彼は顔を上げ、つくえをまじまじと見た。

 確かにそれは自分の机で、昨日までこの机と交信していたはずだった。

 通太は、机をこぶしで軽く叩き、また撫でたりして、再度彼に俯いて反応を確かめた。

 だが、つくえからは何も応答はなかった。

「どうしたんだ?」

 通太はあらゆる角度から机を見まわし、異常がないか調べた。

 机には、特に目立った形跡はない。あったとしても、何が正常で何が異常なのかは、通太にも判らなかっただろうが……。

 通太は、もう一度机に覆いかぶさり、

(つくえさん、どうかしましたか? つくえさん! 返事して下さいっ。ぼ、僕、つくえさんの気に障ることをしました? もししたのなら謝ります、ごめんなさい。だから返事して下さい)

 通太は、しばらく間をおき、つくえの応答を待った。

 ――――

「なぜ?」

 通太は、ゆっくり机から顔を上げながらポツリと疑問の言葉を口にした。

 つくえの無反応に対して、通太の胸の中では、急速に寂しさが広がってきた。

 まだ彼と出逢って二日しか経っていない通太であったが、少なくともこの二日間は、彼が今まで生きてきた中で、一番充実していて、自分は生きていると実感できた貴重な時間であった。

 机が喋ったのは一番驚いたが、彼と出逢ってからの自分が、自分の周りが、確実に変わりつつあり、それを思うと彼には興奮に似た感情が出て来るのだった。今日も、朝起き、朝ごはんを食べ、学校に行く支度をし、踊るように登校してきた。今日も何かが起きる、何かを得られる、そんな思いで教室に到着して、彼の声を聞こうと机に突っ伏した。

だが、机からは何も音がない。

 通太にとって、大げさではあるが希望と言ってもいいつくえがいない。

 外観は机のままあるが、中身がいない。つくおがいない。

 通太は頭を抱え込み、一人苦悶していた。

 そんな彼の耳に、

「大丈夫?」

「立てるの?」

「無理しないで」

「保健室いこうか?」

 と、さまざまな声が入ってきた。

 チラリとざわつく方に目をやると、さきほど見た人だかりがあった。

(なにかあったのか?)

 と通太もそちらに意識を飛ばした。

 とたん、人だかりが崩れ、生徒たちが一、二歩左右に退くと、中心から女子生徒が歩み出てきた。

 一波綾乃だった。

 彼女は通路を歩かず、教室を横断するように、自分の進行方向を妨げる椅子や机を無造作に手でよけながらそのまま歩を進め、通太の側面で立ち止った。

「一波……さん?」

 通太は、一波綾乃の表情を仰ぎ見て、少し驚いた。

 彼女は無表情で、虚ろな瞳を通太に注いでいる。

「一波さん、どうしたの?」

 自分の隣で何も言わず、ただ立ち尽くす一波綾乃に、通太は戸惑った。

 すると一波綾乃は、

「稀川通太」

 と彼の氏名を口にし、通太の右手首を取ると、強引に引っ張り上げた。

「ちょっ!」

 抵抗する余地なく、なされるがまま席を立たされた通太は、まじまじと一波を見た。

 その時一年五組いた生徒全員も驚きの顔を保ちつつ彼女に注視した。

「どうしたの?」

「こっちへ」

 彼女は、通太の手首を握ったまま歩き出した。

「えっ?」

 通太の体は一波に持って行かれ、斜めになり、上半身に追いつこうと、足も自然に動き出した。

「い、一波さん!」

 通太は叫ぶが、一波綾乃は、その声を無視して歩く。

 そのまま二人は教室を出て行った。

 教室内の生徒たちは、あっけにとられ、ぽかんと口を開けて、通太たちが消えた戸口を見ている。

 その戸口に登校してきた盛奥が飛び込んできた。

「おい! い、今、一波と稀川が手つないでどっか行ったぞ!」

 盛奥の大声で暗示から覚めたように、一年五組の生徒たちは、ざわざわし出し、しばらくすると教室は、うねるようにどよめいた。

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