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「はぁはぁ」
通太は学校から家の前まで辿り着き、両膝に両手をそえ、前かがみになり息を整えていた。
学校から家まで全力疾走で帰ってきたので、息も絶えだえなのである。
「はあ」
少し落ち着くと、彼は家の中に入って行った。
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎながら通太は言った。
「おかえりぃ」
と家の奥から彼の母親の声が聞こえた。
通太が台所に行くと、母親が夕食の準備のためか、せわしそうにしている。
通太は、カバンから弁当箱を取り出すと、
「お母さん、お弁当おいしかったよ」
と一言いい、台所の流しにそれを置くとその場を去って行った。
「あら、そお?」
通太の母親は、通太には目もくれず包丁で人参を切っていたが、暫くすると人参を切る手を休め、
「おいしかったよぉ?」
と一人呟いた。
息子が弁当に関してそんな感想を言うのは初めてのことだったので、母親はとても驚いている様子であった。
自分の部屋に戻った通太は、カバンを机の上に置くと、汗でべとりとしたシャツとズボンを脱ぎ、部屋着に着替え、すぐさまベッドの上に仰向けになって、今日一日の出来事を振り返っていた。
机が喋り、しかも自分がその机と会話し、その流れで、一波綾乃とも喋り……。
彼にしてみれば、信じられないことだらけだった。
今も動悸が激しい。学校から走って帰ってきたこともあるが、今日一日あったことを思い返すだけで、心臓が激しく波打つ。
それにしても……、と通太は別のことを考え始めていた。
「ささやまろこ……」
と彼は、天井にむかい何気に呟いた。
つくえは心から彼女に逢いたいようであった。
通太は、つくえが別れ際に、
「さんねんせいのところへいって――」
という言葉を思い返していた。
(わかってる! わかってる。僕が直接、三年生の教室を一つ一つ訪ね歩き、聞きまわった方がいいことは)
そう、彼にもそれは重々承知のことなのである。
しかし、そんなこと出来そうにない。
(そんなこと出来ていれば……)
と彼は思うのである。
人と接するということが簡単に出来ていれば、毎日毎日、苦しまなくてもいいんだということを。
(疲れたな)
彼は目を閉じ何も考えないようにした。目を閉じた初めの方は、つくえの声が聞こえてきそうで、少し緊張したが、暫くすると緊張はなくなり、もう暫くすると彼の呼吸音は寝息へと変わっていった。