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シンクロナイズド  作者: 響野旬悟
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六時限目の授業も終わり、その後に行われるホームルームも終了して、いよいよ下校の時間となった。

 いつもの通太なら、放課後クラブ活動をしていないので、とぼとぼと教室をあとにして家に帰っていく。

 だが今日は、すぐに学校を出なかった。

 校内をウロウロしていた。

 そのわけは、机に自分の案というか、作戦を教え、意見を聞きたかったからだ。

 ホームルームのあとは、掃除当番の生徒が教室に残り、清掃を行う。

 それが終わるまで校内をウロウロして時間を潰しているのだ。

 十五分ぐらいウロウロしたところで、

(もうそろそろかな)

 と思い、通太は教室へと向かった。

 一年五組の教室に戻ってきた通太は、開け放たれた戸口付近で顔を曇らせた。

 教室の中に、はっきりとはわからなかったが、女子が四、五人ほど残っているようなのだ。

 明らかに掃除は終わっているのに、なぜか女子は楽しそうにお喋りに興じている。

(どうする?)

 通太は自問した。

(もう少し待つか?)

 その時、彼の後ろを一つの影が通り過ぎたかと思うと、一年五組の教室に入って行った。

 一波綾乃だった。

 通太はドキリとし二、三歩後ろにたじろいた。

 教室内にいた女子生徒たちは、

「あやぁ、遅いよぉ」

 と彼女に声をかけ、

「早く帰ろうよ」

 と言って、みんなで教室から出てきた。

 どうやら女子生徒たちは、どこかに行っていた一波綾乃のことを待っていたようだった。

 ぞろぞろ戸口から出てきた女子生徒たちは、教室の前に通太がいることに気づいた。

 みんな、通太がこんなところで何をやっているのか、怪訝な顔をつくりながら彼の前を通っていった。

 彼女たちは廊下を歩きながら、時に足を止め振り返り、廊下に突っ立ている通太を確認しては、何か囁いているようであった。

 通太は、女子生徒の姿が見えなくなるのを見届けてから、教室に入った。

 彼はさっそく、自分の席に座った。

 机に伝えることを頭で整理すると、通太は机に体を倒した。

「まれかわつうた。いいかんがえがうかんだか?」

 机は待ってましたと言わんばかりに、強い口調で交信してきた。

「は、はい」

 と通太は、通常出す声よりは小さいが、音にして返事をした。教室内には誰もいないのだ。誰にも遠慮しなくてもいい。

 通太は、五時限目以降、思案して出した作戦を机に伝えた。

「そうか」

 と、机は通太の案を聞いて一言返事をし

「おまえは、いちなみあやののあねのかおはしらないのか」

 と通太に尋ねた。

 通太は、知りませんと答えた。

「そうか。あねのかおをしっていたらそのこにちょくせつきいたほうがはやいとおもったのだが」

「そうかもしれませんが、もし僕が綾乃さんのお姉さんの顔を知っていたとしても、綾乃さん経由で、ささやまろこさんのことを聞いたと思います」

「なぜだ?」

「綾乃さんとは喋ったことがあるので何とかなるんじゃないかと思っているんです。今の僕には綾乃さんを介してじゃないと、実行できそうにないんです」

「うん。まぁおれとしては、さんねんせいのきょうしつをここにまわって、ちょくせつきけばいいのではないかとおもったんだが、とうぜんおまえにはむりか?」

 机はもっともなことを言った。三年の生徒がいる教室に行き、聞きこむのが一番の近道だといえたのだが、通太にしてみれば、いきなり人に物を尋ねるなんてできないことなのだ。

小学校の時とはいえ、彼には一波綾乃とは会話しているというまぎれもない事実がある。その事実こそが、通太にとって唯一の強みとなっているのだ。

「そんなこと無理です」

「わかった。おまえにまかせよう」

 と机は全てのことを通太にお願いすることにした。

「ん?」

 机が何かに気づいたようだった。

「どうしたんですか?」

「いや、だれかいる」

「え?」

「このきょうしつに」

「は?」

 と通太は上体を起こしつつ目を開けた。

 あっ! と、驚嘆の息を吐いたあと、すぐに息を飲んだ。

 通太の視線の先に人が立っていた。

 しかも今、彼がつくえと喋っていた話の中心人物だった。

「一波さん……」

 通太はぽつりと目の前にいる人の名前を呼んでしまっていた。

 そう、彼の目線の先に立っているのは、紛れもなく一波綾乃であった。

 鎖骨まで伸びた栗色の髪の毛を教室の窓から入る風になびかせた彼女は、怪訝な目で通太を見つめていた。

「何してるの、稀川……?」

 彼女はそう言うと首を少し傾けた。

「あの、いやこれは……」

 通太は、口を濁した。

「何か今、寝ながら綾乃さんがどうしたこうしたって言ってなかった?」

通太は愕然とした。今机に突っ伏して、つくえとしていた会話のことが聞かれていたのだ。少なくとも「綾乃」という言葉は聞かれたようだった。

「ははは、な、何だっけな、何か言ってたかな? ははは……」

「稀川、あんたやっぱりおかしいよ。クラスでも今日は、あんたの話で持ち切りよ」

 意外に喋りかけてくる一波綾乃に、通太はたじろいだが、その間、彼の内ではある思いがモクモクと生じてきていた。

(今しかない)

 通太は無我夢中に声を出した。

「一波さん! お願いがあります!」

 言ってしまった。

 あとは堰を切ったように通太から言葉が出てきた。

「一波さんのお姉さんに聞いてほしいことがあるんです!」

「えっ?」

 一波綾乃は、とても驚いているようだった。

「何? 何?」

 通太の興奮したとても大きな声が一波綾乃には聞きづらく、困惑している。

「ま、稀川、落ち着いて」

「あ、あ、ごめんなさい」

 いつの間にか通太は椅子から腰を上げていた。

「何、どうしたの?」

「ごめんなさい。実は一波さんにお願いがあるんです」

「えっ、何?」

「あの、えぇと、一波さんて三年生にお姉さんいますよね、そのお姉さんに、聞いてほしいことがあるんです」

 一波綾乃は再び首を傾げ、通太の次の発言を待った。

「それは、ささやまろこという人が三年の学年にいるんですが、その人が何組か聞いてほしいのです」

「はあ?」

 一波綾乃は腰に手をあて、首を通太の方に伸ばした。

「なにそれ?」

「いや、できたらでいいんですが……」

「誰だって? 誰のことを調べてほしいって?」

「ささやまろこという人です」

「ささやまろこぉ?」

「はい」

「なんでわたしが?」

「それは、そうなんですが……」

「それを知ってどうすんの?」

「いや、その、僕の友達が知りたいって……」

 一波綾乃は腰にあてていた手をそこから離し、頬をさする。

「あんたに友達っていたぁ?」

 一波綾乃は結構キツイことを言う。

「はい、います。いるんです」

「……」

 一波綾乃は、刺すような目つきで通太を観察している。

「駄目ですか?」

「理由がよくわからないわ。そのささやまろこを知りたがっている友達って誰よ」

「それは……、それはいえません」

「それじゃあ、わたしもあんたの探偵ごっごには付き合えないわ」

 そう言うと、一波綾乃は、自分の机にすたすた歩いて行き、机の中を覗き込むと、何か取り出し、カバンの中に入れると、教室から出て行った。

 どうやら彼女は、忘れ物があったみたいでそれを取りに教室に戻ってきたらしかった。

 数十秒、通太は一波綾乃が出て行った、教室の出入り口をただ見つめ立ち尽くしていた。

 通太は自分の机に目を移すと、どうしたものか途方に暮れた。

(駄目だった)

 自分が考え、実行したことが、いとも簡単に失敗したのだ。

(どうしよう)

 とりあえず通太は、机に事の次第を伝えようと思った。たぶん彼も今の出来事を見てか聞いてかはわからないが、把握しているに違いないだろう。

 通太が机に伏せ、今あったことを説明すると、机は、

「しっている」

 とだけ口にし、ちょっと間をおいて、

「どうする?」と通太に尋ねてきた。

 それを聞き通太は、

「わかりません」と、か細く答えた。

 彼の考えた案は、一波綾乃のお姉さんに、ささやまろこのクラスが何組か聞いてもらい、机の外見の情報と照らし合わせ、彼女を突きとめようということだけだったので、それが脆くも崩れ去った今、彼の脳裏には何の作戦も残っていなかった。

「やはり、さんねんせいのきょうしつにいってちょくせつ――」

 と、机が通太に言おうとした時、

「家で考えてきます!」

 と通太は机の話を最後まで聞かず、机から離れ教室を飛び出た。


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