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シンクロナイズド  作者: 響野旬悟
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 四時限目の授業も終わり、昼休みの時間となった。

 この時間で生徒たちは食事をとる。

 大体の生徒は学校の食堂に行き昼ごはんを食べるが、通太は食堂には行かず、教室で母親が作ってくれた弁当を独りで食べる。

 今日の通太もごはん前にトイレに行って小便をし、手を丹念に洗い、教室に帰ってくると弁当をカバンから出し、蓋を開け、いつものように白ごはんから箸をつけたが、弁当の下にいる机のことがどうも気になり、二、三口食べただけで弁当をカバンにしまい込んだ。

(どうしよう)

 通太は思った。

 このあと机に突っ伏すかどうかを。

 いつもなら食事後は、この机に突っ伏し昼寝を決め込む。

 この時の通太は十分休憩と違い、お腹も満たされ、いい気分になるのか本当に寝てしまうことが多い。

 通太は目の前の机をじいっと見ている。

 見ていると、机が自分を呼んでいるようで、何だか吸い込まれそうになる。

(机は、交信して欲しいと言っていた……)

 通太は机が言ったことを思い返していた。と同時に机に対して変ではあるが情みたいなものが湧き出てきて、彼は、突っ伏そうかと思った。

 意を決し、通太は、まるで水中に潜るかのように大きく息を吸い込み、目を瞑りながら机に突っ伏した。

 途端当然、通太の視界は暗闇に包まれた。

「きてくれたか」

 早速、机が通太に喋りかけてきた。

「は、はい」

「うれしい」

 通太は机の声が少し弾んだように聞こえた。

「もしかしておれをぶきみがり、もうこのつくえでねないかもとかんがえていた」

「はぁ、一瞬、どうしようか迷いました。でも……」

「それでもきてくれた」

「はい、一応……」

「ありがとう」

「い、いえ」

 机に感謝されているというこの非現実なことを通太はもう無意識に受け入れていた。

「おまえひるごはんをあまりたべていなかったようだが、だいじょうぶなのか?」

 机は通太の事を心配して言った。

「大丈夫です。このあと午後からも体育の授業はないし平気です」

「そうか」

 多少の沈黙のあと、机が声を出した。

「まれかわつうた、それにしてもおまえいつもこのつくえでねているな?」

「は、はい」

「なぜだ?」

「なぜって、やることがないから、つい……」

「ねるのか?」

「はい」

「がっこうはたのしいか」

「楽しくはないです」

「じゃあなぜくる?」

「そ、それは、ううん、そう言われればなぜだろう。習慣だからかな? 家にいても母親がいて落ち着かないし……。あと……」

「あと?」

「あとは、これは誰にも言ったことないけど、その……学校の正門から見える景色が好きだから」

「けしき?」

「はい。一直線に下っていく坂道の先に広がる海を見るのが好きなんです。坂道の両脇には並木があって、太陽の光がとても映えるんです。あの景色を見るととても落ち着きます」

 舞峰南高校は、海岸線のすぐ傍の小高い丘の上に建っていて、学校に行くには、なだらかだが長い坂を登らなければならない。通太は、登り切った少し先にある正門からの眺望のことを言っている。

「そうか」

 それから机はしばらく沈黙した。

 過去、通太と他人との会話は、よく話が途切れた。

 沈黙の時間が流れ、いても立ってもいられなくなった通太の会話の相手は、引きつった笑い顔を浮かべ別れの言葉を残し去っていく。そして二度と通太の前には現れない。

今回は違った。通太は自ら動いた。

 通太には机に質問したいことが山ほどあった。そしていつもなら恥ずかしさとそれを超える勇気のなさに沈黙するのだが、

「あの」

 と声が出た。

「なんだ」

 と机が言う。

「なぜ、机のあなたに意思があるのですか?」

「しりたいか」

「は、はい!」

 と通太は思わず大きな声で返事をしてしまった。

 その声を聞いて、一年五組の教室に残っていた生徒たちが一斉に通太を見た。

 瞬間的にまずいっと思った通太は、顔を上げ周囲を見渡した。

 案の定、教室に残って昼食をとる生徒全員が大きく口を開け通太を見ている。

「はは」

 通太は少し口元を緩め、恥ずかしそうに再び机に顔を伏せる。

 教室に残っていた生徒は男女合わせて十人程だったが、

「やっぱりあいつおかしいよ」とか「きもいィィ」などと言い、ざわついている。

 通太は、そんな周囲のざわめきにはお構いなしといったふうに机に突っ伏している。

「おおきいこえがでたな」

「すみません」

 既に通太と机の会話は始まっている。

「まれかわつうた。こころのなかでおれにはなしかけてみろ」

「心の中?」

 通太は戸惑った。

「そうだ、おまえたちのせかいでいうもくどくのようりょうでおれにはなしかけてみろ」

「はい」

 通太は机の言う通りにしてみた。

(どうですか)

「うん、きこえる」

(す、凄い)

 通太は驚いた。心の中で発した言葉が机に伝わっている。

「そのほうがいいだろう?」

(はい、この方が断然いいです。案外ずうと小さい声で喋るのは疲れるし周りにも気も使います)

「よしじゃあはなしをつづけよう。ええとなんだったかな、ああそうか、おれになんでいしがあるのかだったな」

(はい)

「おしえよう」

 通太はドキドキして机の発言を待った。

「あれはねんげつにかんさんしたらにねんまえか、このおれにとつぜんじがができた」

「自我?」

「そうだ。きっかけはあった」

「どんなきっかけです?」

 会話の不得手な通太が自然と話を導き出そうとしている。それぐらい彼は、机の話に強く興味を引き付けられていた。

「それは、このつくえにおまえとおなじようにいつもふせてねているおんなのこがいたのがはじまりだ」

「女の子?」

「うん。そのこはいつもこのつくえにふせながらうたをうたっていた。とてもちいさいこえで」

 通太は自分の両腕の中で一人うんうんと頷き机の話を聞いていた。

「それはそれは、きれいなせんりつで、あまりにちいさいおとだからききづらいかしょもあったが、おれはうっとりきいていたんだよ。で、あるひきがついたんだよ。じぶんじしんにいつのまにか、じががめばえているのを」

「はい」

 ふいに通太は小さくではあるが声を出してしまっていた。

「おれはおどろいたよ。いきなりだったんだ、ほんとうに。たぶんあまりのここちよさにおれはでてきてしまっていたんだな」

 通太の想像できないようなことを次から次へと喋る机だが、通太は落ち着いて彼(?)の話を聞いていた。

(その女の子の歌を聴いているうちにあなたに意思というかそういうものが宿ったのですか)

「やどった、そうだそのことばだ。それがぴったりのことばだ」

(なんだか信じられない……)

「そうだろうな。だがげんじつにおれはできたんだ」

(そうですね。僕は今あなたとこうして喋っているんだし……)

「ああ、そうだな」

(それからどうなったんですか?)

「うん。おれはあるひ、かのじょにこえをかけたんだ。おい、とね」

 ――ごくり

 と思わず、唾を飲み込んだ通太は、

(返事は返ってきたのですか?)

 と机に尋ねた。

「へんじはなかったが、どうやらおれのこえはきこえたようだった。かのじょのおどろいたひょうじょうがわかったからな。もっともおまえほどはげしいりあくしょんはおこさなかったがな」

 通太は、初めてこの机に喋りかけられびっくりして椅子から立ち上がったことを思い出して顔を赤らめた。

「でそのあと、にさんどこえをかけると、かのじょもおそるおそるこえをかえしてくれ、それいこう、おれとかのじょは、だんだんとこうりゅうをふかめていったわけだ」

(そうなんですか)

「ああ」

(えっ、そういえばさっき二年前にその女の子の歌を聴いていて自我ができたって言ってましたよね?)

「そうだ」

(てことはその女の子はまだこの学校にいるってことですよね)

「なに? そうなのか? かのじょとさいごにしゃべったときにかのじょは、わたしは、がくねんがあがってにねんせいになるの。だからつくおと、はなればなれにならないといけないの、といっていてそれっきり、かのじょとはこうしんしていない」

(つくお? つくおって何ですか?)

 通太は机から聞きなれない単語が発せられたのでその意味を問うた。

「かのじょがおれにつけてくれたなまえだ」

(つくお……。つくえだから『え』を『お』に付けてかえてつくお、か)

「そうだ。おまえたちのせかいでは、~え、といのは、おんなのなまえらしいな」

(確かに、キミエとかヤスエとか女性に使われます)

「かのじょは、あなたはおとこのこっぽいからと『え』ではへんだから『お』だよってことで、おれのなまえはつくお、になったのだ」

(ふぅうん)

「それにしても、かのじょが……ささやまろこが、まだこのがっこうにいるというのは、ほんとうか?」

(ささやまろこ?)

 また机から、通太には耳慣れない単語が発せられた。

「ささやまろこ。それがかのじょのなまえだ」

(そうなんですか……。ささやまろこ)

 通太はその『ささやまろこ』という女性に対して興味が湧いた。

(どんな人なんだろう? 今は普通に進級していたら三年生か)

「きれいなこだよ」

 机が通太の心を読み答えた。今の通太の思いは独り言だったのだが、机には聞こえている。

「きれいだし、やさしかった。やさしいかのじょは、おれに、おれのしらないことばをていねいにおしえてくれた。いろいろおしえてくれた。おれはかのじょともっともっとなかよくなりたいとおもい、かのじょからことばをおそわるのはもちろん、じゅぎょうでせんせいがしゃべっていることもきゅうしゅうして、このようにうまくかいわできるようになったんだ」

(すごいですね)

「で、どうなんだ? かのじょはまだこのがっこうにいるのか?」

 机は、もう一度通太に尋ねた。

(いると思います。転校などしていなかったらですが)

「あえないか?」

「えっ?」

 通太は無意識に声を出していた。小さい声だったが。

「ささやまろこにあえないか」

(ちょ、ちょっと)

 そう言うと通太は机から顔を上げ、

「はあぁ」

 と息をついた。

 机の意表を突く願いにびっくりして、また、慣れない彼との通話に少し疲労も感じて思わず机から顔を離したのだった。

 机から顔を離し通太が思ったことは、心の中で喋るということが案外難しいということだった。

 いつもは自分の声を確認しながら喋っているんだが、心の中で喋っている時は当然それができない。短文なら簡単にできるが、長文を喋るときは、難しくなる。

 まあそんなことよりも問題は、机の願いごとの件だ。

 本気がどうかまだよくはわからないが、ささやまろこに逢いたいと机は言っていた。

(冗談ではなさそうな感じだったしなあ)

 通太は机を見ながら思った。机は、通太の息で湿っていたのか、それがゆっくり乾いていくところだった。その様子を見ながら通太は、自分の左手首につけている腕時計を見た。

 時計は午後一時十分を示していて、次の授業が始まるまで、まだ二十分はある。

(うん、とりあえずもう一度机くんの話を聞こう)

 と通太は、再び机に伏せることにした。

「どうした? 気分が悪くなったのか?」

 机はいきなり通太に話しかけてきた。

(ええ、少し)

「だいじょうぶか?」

(はい、大丈夫です)

「ささやまろこもはじめは、しんどそうにしていた。だんだんとなれてきたとはいっていたが」

(そうですか)

「それで、さっきのはなしのつづきなんだが」

(はい)

「ささやまろことあえるか」

 きた、と通太は思った。やはり机は、冗談なんかではなく本気でささやまろこに逢いたがっているらしい。

(僕に逢えるかどうかと言われても)

「かのじょがいまどうなっているのかみてみたいのだ」

(気持ちはわかりますが……)

「かのじょはな、まいにちまいにちおれにふせていたんだ」

(はい)

「なぜだかわかるか?」

(いえ)

 通太は首を小さく振った。

「ささやまろこはくらすのじょしせいとにいじめられていたんだ」

「いじめ?」

「そうだ。あとからきいたかのじょのはなしでは、りゆうはささいなことだったらしいが、そのいじめがはじまってからかのじょは、このつくえにふせはじめたのだ」

(そうだったんですか)

「ああ。かのじょはきずついていた。きけば、おれのじがができるまえは、ここにふせながら、ないていたこともあったそうだ。やすみじかんは、このつくえにふせる。とにかくひとのしせん、めせんがとてもきになっていたらしい。それをしゃだんさせるためにおれにふせる。そんなあるひ、うたをうたいはじめたらしい。なにげにな」

(僕といっしょだ)

 通太は、ささやまろこに共感した。通太もやることがなく、机に伏せていたいたが、伏せる習慣が始まる前は家から本を持ってきて休み時間になるとそれを読んだりしていたが、本を読むことに集中出来なかった。

 みんな僕のことを見ている。あいつ友達いないから一人で本読んでるで、と頭の中で勝手に考えてしまい、その被害妄想に耐え切れずつい机に突っ伏してしまったのだ。

 その姿勢が楽だった。机に俯いた腕の中でも、様々なことを思い苦悩したが、少なくとも自分の表情は誰にも見られないし、「寝ている」という独りででしかできないことをしている。独りよがりの意思表現だったが、これが孤独人の最高の表現だった。しかも俯むことによって外界から遮断された暗闇が幾分か緊張を和らげてくれる。

「いっしょ?」

 机は、通太の独り言を読み取ったが意味が理解できなかったらしい。

(ええ、その、人の目線が気になるとかがいっしょだな、と思って)

「しかしおまえは、やることがないからおれにふせるといってたぞ」

(はい、それも理由ですが、具体的には、人の目線などが気になるというのも含んでいます)

 通太は机がことのほか鋭い思った。

「ひとのしせんがきになるか……。おれにはよくわからないことだが、ささやまろこもそういっていた。しかし、はじめはげんきがなかったかのじょも、おれとわかれるときはともだちともなかなおりしてだいぶたちなおっていたみたいだがな」

(そうですか)

「おれとしゃべるうちにげんきがわいてきたといっていた。いまもげんきだとはおもうが、それをみてみたい」

(……)

 通太は考えていた。何かいい方法はないかと。

(ちょっと一人で考えてもいいですか)

「ひとりでか?」

(はい)

「わかった。いいあんがでるのをまっておく」

(はい。それじゃ――)

 通太は机から顔を上げた。それから椅子の背もたれに体をあずけのけ反った。背中に背もたれが当たり刺激され、何だかとても気持ちいい。

「ふうううう」

 通太は口をすぼめ息を吐きながら机に両肘を置き、両手で頭を支えた。

(どうする?)

 一人で考えると言ったものの、通太はどうしていいかわからなかった。

 ぐうぅ。

 腹が鳴った。

 通太は腕時計を見た。まだ授業まで十五分はある。

(食べよう)

 通太は自分のカバンから再び弁当箱を取り出すと、急いで食べ始めた。

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