表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EYES  作者: 早村友裕
6/16

6.祭り


夕食後、明日からの仕事について話を聞いた。

怪我をしているアキラは、1階のバーで店番。シンジはぼろくなってきた宿屋の部屋の修理をする事になった。

「じゃあ、明日からよろしく。」

「はい。」

「部屋は、マサキくんの隣と書斎の向かいの部屋を使って。」

「ありがとうございます、カルミアさん。」

「いいえ。あ、アキラくん、シンジくん。」

「はい?」

「私の事を呼ぶとき、母さんでいいわよ。」

「え…?」

「じゃあ、おやすみなさい。明日から仕事がたくさん待ってるわよ。」

カルミアはそういってキッチンに消えた。

そこへ、夕食を持ったミーアが現れた。

「あ、それ、マサキの?俺も行くよ。」

「あ、はい。」

結局3人でマサキの部屋に行った。

「マサキー。起きてるかー。」

「んあ?」

マサキが寝ぼけ眼で起き上がった。

と思ったらすぐに倒れた。

「いててて…。」

「あほ。まだ起きるなよ。」

「あ?ごはん?やったー。ちょうどはらへってきたとこだったんだ。」

マサキはご機嫌だ。

「マサキさん。起きれますか?」

「うーん…。ちょっと無理。うー。ご飯が食べられないじゃないか。」

「ははは、どうするんだ?」

「ちくしょう!意地でも食ってやるっ。」

無理矢理起きようとしたマサキの前に、スプーンが差し出された。

「はい。無理しないでください。熱いから気をつけて。」

「ミーア。ありがとお。」

ミーアはひとさじづつマサキにスープを飲ませた。

「よかったなあ、マサキ。ミーアがいて。」

「俺達だったら、絶対食わしてやんねえもんな。」

アキラとシンジがそういって笑った。

「餓死するまでほっとく。」

「ひでー奴等。」

マサキがふくれた。ミーアがころころ笑う。

「本当に面白いですね、マサキさんたち。」

「変なのはマサキ一人だ。俺達は普通だ。」

「お前らだって十分変じゃねーか。」

「あの…。」

ミーアがおずおずと口を開いた。

「あのう、いつまでここにいるんですか?」

「そうだなあ…。一応マサキが回復するまで!そんなにかかんないだろう?」

「俺をばかにすんなよ。このくらいの怪我、2週間でなおしてやらあ。」

「ま、そんなとこだろう。」

「え?お医者様は全治1ヶ月っておっしゃってましたけど…。」

「医者はあてにならない!マサキの感覚の方を信じるよ。」

シンジが言った。ミーアは驚いている。

「本当に10日前に会ったばっかりなんですか?なんだか、すごく昔から友達だったみたい。」

「まあ、いろいろあるもんさ。」

「それに、事情がありすぎますよ。」

「本当だから仕方ない。」

「なんだか、うらやましい。」

ミーアが少し悲しそうな目をした。

「何言ってんだ。これからは、ミーアも仲間だろ?」

マサキがいつもの調子でニカッと笑う。

「お姉さん、だな。」

「え?ミーアっていくつなの?」

「15歳よ。」

「えっ。俺より上?!」

「マサキはいくつなんだよ。」

「俺多分13か14。よく覚えてない。確かアキラもそのくらいだろう?」

「ああ。俺は14だ。」

「じゃあ、ミーアより年上なの、シンジだけじゃないか。」

「そういうこと。俺が長男だな。」

「俺、末っ子?!やだよ!」

「しゃーないだろ。生まれた順!」

「あーあ。」

マサキはまたほっぺたを膨らませた。

「悪いね。こんなにしてもらって…。よかったのかな?」

「いいのよ。父さんが好きでやってる事だし。それに…。」

ミーアの表情がふっと曇った。

「それに?」

「兄さんが帰ってきたみたいで…。」

「兄さん?ミーアに兄さんがいたのか?」

「ええ。旅に出たっきりかえってこないのよ。もう5年ぐらい経つわ。」

「名前は?」

「カルバ。妖鳥の研究をしてたんだけど、最近妖鳥の様子がおかしいから、原因を探ってくるって、島をでたっきり…。」

「そうだったのか…。」

シンジの瞳に悲しみの色が混じる。シンジもほとんど家出同然で飛び出してきたのだ。

「無事かどうかも分からないの。大丈夫ならいいんだけど…。」

「大丈夫、きっと元気だよ。よし、俺が兄ちゃんになってやる。元気出せ、な。」

シンジが慰める。

「ありがとう…。」

ミーアにも笑顔が戻った。そして、にっこり笑うと、気分を変えていった。

「お店も手伝ってもらえるし…。もうすぐお祭りがあるから、宿の方も忙しくなるわ。」

「祭り?」

「どんな?」

「昔から妖鳥のために行う祭りよ。この島にデルタス中の妖鳥が集まる日があるの。その日に合わせてお祈りをしたり、妖鳥と話したりもするわ。最近じゃ、鳥の妖獣や妖鳥を集めて、「使い獣・使い魔コンテスト」なんてのもやってるわよ。」

「へーえ。今年はいつなの?」

「確か2週間後よ。ちょうどマサキさんが治る頃ね。」

「よかった!俺、祭りって行って見たかったんだ。」

「妖鳥か…。」

アキラは何かが引っかかっていた。妖鳥の様子がおかしい?5年前に島を出た?妖鳥の研究者?

何より、カルバという名前が引っかかっている。どこかで聞いたような…。

「…。」

頭の中が混乱する。考えるのをやめた。これ以上考えても無駄だ。

「じゃあ、明日から俺らは仕事に入る。」

「え?じゃあ、俺、何してるんだ?」

「うーん…。」

マサキが退屈を嫌っているのは、百も承知だ。

「そうだ。おやじさんがGOLDEN MEMORY持ってるから、貸してもらえば?」

「GOLDEN MEMORY?!」

「ああ。多分、アキラの部屋においてある。後で取りに来い…ってのは無理か。アキラ、持ってきてやれよ。」

「分かった。三巻あるらしいから、当分退屈はしないだろう。」

「うん!」

マサキは嬉しそうに笑った。


次の日から、仕事が始まった。

「シンジ!あと3階の窓も頼む!」

「はーい。」

シンジはまず、折れかけた窓枠の補修。どのくらいほっかって置いたんだろう。かなりぼろぼろだ。

1階はバー、2・3・4階は宿屋、5階は物置だ。

「アキラは店番。お金はこっち、料金は客が勝手に計算する事になってる。酒はこっち、炭酸はここ、あと子供用のオレンジジュースは冷蔵庫だ。氷もある。大体分かるだろう。」

「ええ、まあ…。」

「じゃ、しっかりな。分からない事は、ミーアに聞け。」

おやじさんがアキラの背中をぽんと叩く。ちなみにアキラはタイヤの付いた椅子に座って店番をする事になった。

「キュルキュル…」

タイヤの音が薄暗い店内に響く。アキラは何となく落ち着いてきた。

「じゃあ、俺はシンジの方に行ってるからな。ミーア、後は頼むぞ。」

「はい、父さん。」

そういっておやじさんは階段を上がっていった。

「もう少ししたら、お客さんがいらっしゃるわ。私、今のうちにコップをとってくる。」

「ああ。」

ミーアは店の奥に消えた。

ミーアの後ろ姿を見送って、アキラは殺風景な店内を見渡した。カウンターに椅子が8つ。奥にテーブルが4つ、椅子がそれぞれ6個づつ。意外に広い。にしても飾りっけのない…。

「キィーィィ…」

店の扉がきしんだ。さっそく客だ。

「いらっしゃい。」

「ん?誰だ?おやじさんはどうした?」

「今、上の宿の修理をしてます。」

「お前は?」

「俺は、アキラです。いまおやじさんの手伝いしてます。」

「ほう、そうか。」

背が高く、がっちりした体型の男だ。ひげのはえたあごを仕切りにさすっている。

「あら、マストさん。今日は早いのね。」

「なんだ、ミーアちゃんもいたのか。」

「いつもの通り?」

「ああ、そうしてくれ。」

ひげの男はどっかとカウンターの椅子に座った。ミーアがグラスを運んでくる。

「おいお前。どっから来たんだ?」

「アトリアです。」

「デルタス人か?目の色、違わねえか?」

「あ、生まれつきなんですよ。よく言われます。」

「王子様と同じ…か。」

ひげの男は、グラスに手をかけると、ゆっくりと飲み干した。

「お前きれいな顔してるからよお、きっと客が増えるぜ。」

「はい?」

「街の女が黙っちゃいねえ…ってな。ま、そのうちに分かる。」

「マストさん、からかわないでくださいよ。」

ミーアがコップを洗いながら言う。

「本当の事さ。お前みたいな顔だったら、踊り子にでもなれるだろう。」

「踊り子?それって女の人がやるもんじゃ?」

「この島では、祭りの最終日に男が女装して踊り子になる時があるんだ。俺も去年やったがなあ。」

ひげの男は豪快に笑った。

「出てみろや。お前なら、一等もらえるぞ!」

「あの…。」

「そうね。時間があったら、出てみるといいわよ、アキラ。」

「気が向けば。」

「今年は俺が審査委員やっとる。来てくれや。」

「はあ…。」

ひげの男はもう一度豪快に笑った。そこへまた誰か入ってきた。

「いらっしゃい。あ、カスタグさん。おはようございます。」

「おやじさんはどうした?」

「今、大工仕事にまわってます。」

「その小僧は?」

「あ、アキラです。おやじさんの手伝いをしてます。」

アキラは座ったままぺこっとお辞儀をした。

「ふん。」

今度は頑固そうなおじいさん。カウンターの席の一番はじに座ると、ミーアの出したワインを少しづつ、ちびちびと飲み始めた。

「よーう、カスタグじいさん。今日もえらいご機嫌斜めだねえ。」

「マストか。お前のように一年中祭りよりはマシじゃわい。」

どうやら顔見知りらしい。アキラは二人の顔を交互に見た。

「小僧。何じろじろ見てんだ。」

「いや、顔見知りなのかなあと思って…。」

「俺もじいさんも、ここの常連よ!よく席を同じにする。」

「別に好きでお前に会ってる訳じゃないわい。」

「そう言うなよ。じいさんと俺の仲じゃねーか。」

「ふん。」

じいさんの方はそっぽを向いた。

「いつもこうなんだぜ。意地っ張りじいさんめ。」

「マストさん…ですか?」

「ん?何だ、ぼうず。」

「祭りの事、詳しく教えてくれませんか?」

「ああ、いいぞ。俺は祭りが大好きだからな。だが、今日は時間がない。また今度でもいいか?」

「はい。」

「ミーアちゃん!お金、置いとくよ!」

「はーい。アキラ、受け取って!」

「ありがとうございます。」

マストは立ち上がった。

「じゃあ、また来る。アキラ、お前気に入ったぜ!」

マストは手を振りながら出ていった。

「マストさん、漁船の船長なのよ。だから、港へ行けば会えるわよ。」

「船長かあ。どうりで。」

「私は、料理の準備してるわ。カスタグさん、お金、アキラに渡してね。」

「ああ。」

そう。この店は、朝早いうちはバーだが、昼間になると料理屋に変身する。そして夜は、またバーに戻るのだ。ミーアはその料理長という訳。

カスタグが口を開いた。

「何してるんだ?今。」

「今は、おやじさんの手伝いを…。」

「そうじゃない。何しにここへ来たのか、という意味だ。」

「一応旅してます。仲間といっしょに。」

「旅…か。カルバもそう言って出て行ったよ。」

「カルバさんを知ってるんですか?」

「もちろんだ。わしは五十年間ここの常連だからな。前のおやじさんも、その前のおやじさんも知っておる。」

「すごいですね…。で、カルバさんてどんな人だったんですか?」

「そうだなあ…。昔から一人でいるのが好きな、変わった子だった。旅に出る時も一人だったよ。仲間の一人も出来てるといいんだが…。」

「大丈夫ですよ。俺だって、今の仲間とは、10日くらい前に会ったばっかりなんですから。」

「ふ…。お前も面白い奴だな。」

「今度紹介しますよ。マサキとシンジって言うんです。面白い奴等ですよ。」

「…。」

カスタグは一瞬だまった。

「おい、小僧。お前、どこの出身だ? 」

「俺、アトリアです。」

「ほう…。そんな目の色なのに、か?」

「よく言われます。」

アキラは苦笑した。もうなんべん聞かれた事だろう。

「GOLDEN EYESか…。お前、アキリア王子だろう?」

「?!」

「図星か。」

「…。」

アキラはうつむいた。カスタグの視線を感じる。でも、以外と心臓は落ち着いていた。この人は、大丈夫だ。

「何で…?」

「見てたんだ、この間の夜。」

「!」

「トゥーギと…トゥージといったか。あの交魂の兄弟との戦い。」

「どこから?」

「…。わしが外へ出た時には、誰かが空中から落ちてきた所だった。地面すれすれでくるりと回って着地しおった。驚いたぞ。」

ウィオラの事だ。

「大丈夫だったのか?あのガキは。」

「ええ、まあ…。いまおやじさんのとこで寝てます。」

「そのあと黄金の剣を出す所までしか見とらん。そのあとは、恐ろしくて逃げてしもうた。」

「他に人はいましたか?」

「いや、あの時間に外にいるのは、わしぐらいじゃ。他の誰にもばれとらん。」

「よかった。カスタグさん、この事…。」

「分かっとる。誰にもいいやせん。」

「お願いします。今は、普通の人でいたいんです。」

これはアキラの本音だった。王宮にいて勉強をするより、今のままマサキやシンジと旅をしていたい。そうすれば、GOLDEN MEMORYの運命も、王子としての責任もすべて忘れられる。

「普通の人…か。そうだ。どんな贅沢より、どんな環境より、やりたいことをやっている時が一番楽しいものさ。」

「あ…。前にマサキが似たような事言ってました。辛い事がある時は、いっぺん逃げた方がいいんだよって。」

「辛い事からはいっぺん逃げた方がいい、か。まさにそのとおりだな。」

カスタグはいくらか表情を和らげてまたワインをちびりと飲んだ。

「そのマサキって奴、若い割に悟ってるじゃねえか。」

「まあ、いろいろ苦労してますから。本来一番大変なはずの俺よりずっと重いものを背負ってる。しかも知らないうちに…。」

「そいつは知ってるのか?お前が王子だって事。」

「いや、まだ…。シンジは知ってるけど、マサキには話しにくい。」

「なぜだ?信頼している仲間なんだろう?このわしに話すより先に言わなくてはいけないんじゃないか?」

「どうしても、今は言えない。言っちゃいけない気がする。」

「でも、そのうち知る事になるんだろう?早い方がいい。」

「…。」

いつ言えばいいのか、分からない。もしこのまま隠し通せたら、とも思う。しかし、いつかは王宮に帰る時がくる。マサキも帰る所は王宮だから、もちろんマサキもいっしょだろう。その時は、いやでもばれる。

何かきっかけが欲しい。絶対にマサキに話さなくてはいけなくなるようなきっかけが…。

「ま、わしの口出しする事ではない。」

カスタグがそう言った時、上からシンジの声が降ってきた。

「おーい、アキラ!終わったぞ!」

「ご苦労様!」

シンジが階段を降りてきた。

「あ、これがシンジです。」

「ほう。」

カスタグはじろじろとシンジを見た。シンジは一瞬ひく。

「何だ?このじーさん。」

「カスタグさん。この店の常連だって。」

「お前がシンジか。マサキとやらは?」

「今、家で寝てます。ほら、あの地面に叩き付けられたの。」

「おお、あいつか。大丈夫だったのか?」

「一応生きてるけど、動けないんです。」

「はっはっは。そうだろう。」

カスタグが始めて笑った。

シンジが聞いた。

「じいさん、何で知ってんだ?」

「俺がさっき言った。あ、カスタグさん、この間の夜に俺達の戦ってるとこ見たんだって。」

「え?じゃあ…。」

「そ、王子だって事ばれちゃったわけ。」

「あ、そ。なら普通にしゃべっていいんだ。」

意外にシンジは怒らなかった。アキラは何か言われるかと思っていたのに、拍子抜けしてしまった。

「怒らないのか?」

「ん?だって、お前の勝手だろう。」

シンジは意外にもあっさりといった。

「マサキにも、言った方がいいのかな。」

「ん…。もうそろそろ言わなくちゃいけないかもな。」

「やっぱり…。」

アキラは考え込んでしまった。

「そんなに深く考えるなよ。何とかなるって。終わったら、どうしてあんなに悩んだんだって事になっから。」

シンジはにかっと笑った。

アキラはふと気付いた。

「なあ、シンジ…。」

「ん?」

「お前さ、マサキに似てるよな。」

「は?」

「うん、似てる。シンジとマサキ、似てるよ。」

そう。人が悩んだりした時に、何をするわけでもなく、笑っている。すべてがどうでもいい事に思えてくるのだ。本当に二人ともいい性格をしている。

「アキラ、大丈夫か?変だぞ、お前。」

「普通だろ。」

二人がカスタグを無視してしゃべり出した所で、おやじさんが下りて来た。

「おっ、カスタグじいさん。」

「いたのか。」

「どうだ?その二人。」

「まあまあだな。なかなか変な奴等だ。珍しい人種だな。」

「そうかい。あと1ヶ月はここにいる。いつでも暇になったらきてくれよ。」

「そうするよ。」

「キィーィィ…」

「いらっしゃい。」

またドアが開いて人が入って来た。アキラとシンジがそっちを向く。

「あっ!」

「あっ!」

客が驚いて逃げたのと、シンジが叫んだのが同時だった。

「待て!トゥーギ!」

「追うな、アキラ!」

逃げたトゥーギを追いかけようとしたアキラをシンジが止めた。

「ほっとけ、もうどうするわけでもない。」

「そうだな。」

「なんだ?何でトゥーギが逃げたんだ?」

おやじさんが首をかしげる。

「あ、気にしないでください。俺達も、知り合いなんです。」

「ふうん。逃げられるような関係なのか?」

「そうらしいですね。」

「俺達は知らない。あいつが勝手に逃げてんだ。」

「正体を知っているから、か?」

「カ、カスタグさんっ。」

アキラが慌てる。

「分かってる。」

おやじさんだけ、この事は知らない。

「カスタグじいさん、何か知ってるのか?」

「はっは、小僧どものつくりばなしさ。」

「??」

おやじさんの不思議そうな顔。

アキラとシンジは思わず笑ってしまった。


夜にはもっと客が増えた。

酒屋のキロクイさん、マストさんの漁師仲間、ヤマセさん、昼間は子供を連れて来ていたキミアさんも夜にはお酒をのみに来ている。

「おい!小僧!もっと出せよ!」

「はーい!」

椅子でキュルキュルまわっていたのでは、限界が来る。アキラは立ってみる事にした。

「ん?」

痛くない。包帯を取ってみる。

「あれ?」

傷はとっくにふさがっていた。なぜだ?朝ミーアに包帯を変えてもらった時にはまだ穴があいていたのに。

「おい!ボーズ!」

「はい!」

アキラは店内を駆け回り始めた。

「あれ?アキラさん、大丈夫なんですか? 」

キッチンのミーアが声をかける。

「ああ。なんか治ったみたい。」

「無理しないでくださいね!」

「ああ。」

いつ治ったんだろう?朝はまだ治ってなかった。昼は?昼はご飯を食べに家へ戻って、マサキと話して…。

「あーっ!」

碧漆の石だ!帰ってマサキと話した時、碧漆の石に触った。その時、何となく光ってた気はしたんだ。

「おい!」

「あ、はい!」

ウィオラのおかげだ。あいつが怪我を治してくれたんだ。

アキラはなぜか笑い出したい気持ちになった。


「はーっ。終わったあ。」

「お疲れ様です。」

ミーアが笑いかける

「毎日これじゃ、体が持たないよ。」

「大丈夫ですよ。怪我も治ったじゃないですか。」

「まーな。」

家では一足先に帰っていたシンジが待っていた。

「おいアキラ!何でお前は治ってんだよ!」

「なんか、ウィオラが治してくれたらしいんだ。」

「ウィオラが?呼び出したのか?」

「違う。碧漆の石を触ったら、治ったんだ。多分ウィオラのおかげだ。」

「そうか。よかったな。」

シンジはそう言うと、ミーアの方へ向かった。

シンジはどうもミーアを気に入っている。なぜだろう。

「アキラくん、シンジくんと一緒にマサキくんのご飯、持っていって来て。」

「はーい。」

アキラは奥のキッチンに向かった。

「はい、これ。マサキくん、今日はずっとGOLDEN MEMORYを読んでたみたいよ。」

「え?一日中?」

「ええ。よっぽど面白かったみたいね。アキラくんが帰ってた時以外、ずっと読んでたみたい。」

「カルミアさん、部屋に行きました?」

「アキラくん、母さんって呼びなさい。あの人ばかりおやじさんじゃ、つりあわないじゃない。」

「は、はい…。」

「アキラくん、両親に甘えたりする事、なかったんじゃない?」

カルミアがアキラの目を覗き込んだ。

「…。」

しょうがない、俺、王子だもん。

「そんな悲しそうな顔しないの。お母さん、生きてるでしょう?帰っていっぱい甘えるといいわ。」

「はい。ありがとうございます、カルミアさん。」

「母さん!」

「ありがとう…母…さん。」

「はい。」

カルミアはにっこりと笑った。

「あ…。」

アキラの心の中で何かがコロンと音を立てた。アキラはもう一度言った。

「ありがとう…!」

「アキラ!」

向こうでシンジが呼んだ。

「今行く!」

アキラは叫んでから駆け出した。何となく心の中が軽くなった気がした。


「あ!シンジ!アキラ!」

「元気か?マサキ。」

「もちろん!」

「GOLDEN MEMORY、読んでたんだって?」

「うん。やっと一巻だけ。疲れたあ!」

「もう読んだのか?面白かったか?」

「うん。ウィオラが出て来た。シャラメイも。龍が四匹いた。」

「龍?」

「ウィオラと、ライラと、フィルラと、ビルラ。あ、レヴィも出て来たよ。」

「へえ。俺も読んでみようかな。」

「シンジには無理。すげえ字、ちっせえの。」

「マサキに読めて俺に読めないわけがない。貸してみろ。」

シンジはアキラがぱらぱらめくっていた本を取り上げた。

「げっ、ほんとだ。すごい、字だらけ。」

「そら見たか。」

マサキがシンジから本を取り上げた。

「あれ?マサキ、うで動くようになったのか?」

「ああ。もう動くぜ。」

マサキが腕を上下させた。

「足も動く。あと痛いのは骨折れたとこだけ。」

「へえ、じゃあ、もうすぐ動けるな。」

「1週間で動けるかな?」

「うーん、1週間じゃ、骨がくっつくのは無理だろ。」

「それよりなんで俺は治んねえのにアキラは治ってんだ。」

「ウィオラに治してもらった。」

「ウィオラァ?いつ?」

「今日帰った時に。」

「なあ、ウィオラ。治したのか?」

マサキが言った。

「何?じゃ、なんで俺は治んねえの?え?そんなあ…。」

突然一人でしゃべり出した。

「…?何言ってんだ?マサキ。」

「ん?ウィオラとしゃべってた。」

「はあ?」

「なんか、こないだからウィオラの声が聞こえるんだ。」

「えっ?!」

「なあ、ウィオラ。なんで?ん?あ、アキラの声聞こえねえの?何だ、聞こえるのか。」

マサキ一人でしゃべってるのって、なんか不気味だ。しかも寝たきりだし…。

「なんかね、ウィオラの力、上がってるんだって。だから俺とだけ、話せるようになったんだ。」

「なら、俺、ウィオラに聞きたい事いっぱいある!」

「何だ?俺が通訳してやるよ。」

マサキが言った。

「この間聞きそこねた。交魂の事、教えて欲しい。あの妖魔だけだと強いってのは?」

「<ああ、そのことか。もともと妖魔とはなにかを話しておこう。妖魔は、もともと体を持たない魂が形を持ったものだ。だからとても不安定なんだ。>」

「え?じゃあ、妖魔って、魂だけなのか?」

シンジが思わず言った。

「<そうだ。そして交魂には、3つの種類がある。一つ目は、シンジやトゥーギみたいなタイプだ。人間の魂と妖魔の魂が完全に同化したタイプだ。もともとは2つの魂が一つになっている。妖魔の魂があるから、妖力を使える。>じゃあ、俺は?俺とウィオラはどうなる?2人いるぞ?」

マサキは2人分しゃべるから大変だ。

「<2つめのタイプが俺達だ。二つの魂がバラバラに入っている。もちろん二人いっぺんにからだを使う事は出来ない。分かるか?>何となく。」

「じゃあ、もう一つは?」

「<最後は、トゥージのタイプ。珍しいが、人間の体…いれものに妖魔だけが入ってしまったんだ。>」

「へえ。」

「<体に入って安定した妖魔は、それまでにない力を発揮する。つまり、強くなるんだ。しかしそれには、人間の魂が邪魔になるんだ。だから、シンジや俺は、差し引きゼロ。もともとの力とほとんど変わらない。>」

「あっ!そうか!分かったぞ!トゥージにはじゃまな人間の魂がいないから、強いんだ!」

「あっほんとだ!すげえ!あ、ごめんウィオラもっかい言って…ごめんって。<そのとおりだ。その力はときに俺のちからも超えてしまう。>えっ!それって、俺が邪魔って事…。」

「あほ、違うだろ。マサキが悪いわけじゃない。」

「でも…。あ、ごめん、ウィオラ…。分かったよ。…え?それどういう事だ?おい、答えろよ、ウィオラ!」

「どうしたんだ?マサキ。」

「ウィオラ、自分から進んでこうなったって…。ウィオラ!おい、ウィオラ!」

「自分から、進んで…?」

何があったんだ?!ウィオラはなぜ水龍という妖魔のトップにいながら、交魂になったんだ?もしかして、GOLDEN MEMORYと何か関係があるのか?

アキラの中で疑問が渦を巻く。

「ウィオラアア!!」

マサキの叫び声だけが辺りに響き渡った。

次の日、マサキはものすごい不機嫌だった。

「昨日から、ウィオラの声が聞こえないんだ。何でだ?聞きてえ事、いっぱいあんのに…。」

「そのうち出てきてくれるさ。そうだ、GOLDEN MEMORY読んだら、あらすじ教えてくれよ。な。」

そうは言ったものの、マサキは不機嫌なままだ。たぶんGOLDEN MEMORYを読むのを止めるだろうな、と思った。それから、多分やることがないから寝てるだろうな、と思った。

マサキの機嫌が悪いのは、ウィオラのせいだ。ウィオラのばか野郎!


マサキは次の日もその次の日も機嫌が悪く、GOLDEN MEMORYを読もうとはせず、眠ってばかりいた。

「本当によくねる奴だなあ。」

とうとうおやじさんも呆れ返った。

「ほんと。何にもしないのに、ずーっとまる一日中寝てる。」

カルミアさんももう放って置く事にしたようだ。唯一ミーアだけが暇を見つけてはマサキと話に行ってくれている。アキラもシンジも夕食を運ぶ以外はマサキと顔を合わせていない。仕事が忙しくなってきたせいもあるが…。

シンジは、宿屋を上から下までほとんど全部修理を完了した。アキラはというと、マストの予言通り町中の女性達の注目の的になっていた。金色の瞳も整った顔立ちも、噂になるには十分すぎた。ミーアのレストランは、朝から晩まで大繁盛だ。

「シンジ。修理が終わったら手伝えよ。」

「はいはい…。」

1週間後、シンジはすべての修理を終えた。

「これで祭りには間に合ったな。」

「はい。祭り、いつでしたっけ?」

「あと1週間。もうすぐ港が込むだろうよ。客がいっせいにこの島に来るから…。」

「キーィィ…」

「あの、今日から二週間ほど泊まれます? 」

さっそくお客だ。最初は、若い女の子の3人組。それぞれ肩に妖獣と思われる妖雀を乗せている。

「使い獣ですか?」

「ええ。生まれた時からずっといっしょなんです。今回、妖獣コンテストに出してみようと思って。」

「いいですね。では、こちらの部屋へ…。」

シンジは宿屋の人間になりきっている。

「シンジ、なかなかやるじゃないか。」

「まったく、接客なんかどこでおぼえたんだか…。」

「そうそう、話の続き。祭りは、一日目が伝統的な火送りの日、2日目にはデルタス国の使い獣・使い魔コンテスト、最終日には踊り子の審査会がある。踊り子って言っても、男が女装するんだけどな。」

「ああ、マストさんから聞きました。」

「そうだ、アキラ、出てみないか? お前なら優勝できるぞ。」

「…。マストさんにも言われました。」

「そうか。じゃ、シンジと2人で出てこい。」

シンジは絶対にやらない。アキラはそう思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ