2.最初の仲間
アトリアはデルタス王国の中では一番大きな港町だ。デルタスは、王宮のある大陸以外はほぼ島国だから、港は発達している。マサキが今まで海を見たことがないのを知って、アキリアが連れて行く事にした。
「アキラ。このあと、どうする?」
「この後?」
「旅には目的がなくちゃ面白くないだろう。」
「うーん・・・。アトリアに着いたら考えるよ。」
マサキには、王国を守るためとは言えなかった。王子だという事も言ってないし、具体的に何をしていいか分からなかったからだ。
太陽が真上までくる頃には、アトリアに到着した。
「すげーっっ。これが<海>かっ。」
見渡す限りの水平線。アキリアも久しぶりに見た。港には船が何そうか浮いている。
「街に行ってみようぜ!」
マサキは駆け出した。慌ててアキリアも後を追う。そして街に入った。
だが、2人は異様なまでに目立つ。まずアキリアの格好。身分の高い者だと一目で分かる。そして2人の容姿。2人とも背が高く、整ったきれいな顔立ちをしているものだから、どうしても人目をひく。何より目立つのは、2人の瞳の色だ。港町だから外国人も多いが、金色と黒はやはり珍しい。
「アキラ・・・なんかさ、俺達目立ってねえ?」
「やっぱり?」
歩いていると、道行く人の視線が痛い。2人はまず着ている物を変えようと、洋服屋に入った。
「いらっしゃい。」
店のおばさんが機嫌良く迎えてくれる。
「服が欲しいんですが・・・。」
「はいはい。どんな色がいいかい?」
「なるべく目立たない色・・・。2着欲しい。それと、剣をくくる物があったら欲しいんだが。」
アキリアは今まで腰に差していた二振りの剣を置いていった。
「背中に背負うやつならいくらでも。ただし一本づつしか入らないよ。」
「それでいい。マサキ、剣を使った事はあるか?」
「ない。でも持ってるくらい出来るさ。」
おばさんは薄いベージュの服と皮製の剣を入れる物を持ってきた。
「あんたたち、何者だい?GOLDEN MEMORYと全く同じ瞳の色して。」
アキリアはドキッとした。
「何?GOLDEN MEMORYって。」
マサキが聞き返している。まずい。ばれてしまうかもしれない。
「知らないのかい?まあ、見たとこデルタスの者じゃなさそうだしね。GOLDEN MEMORYは、<黄金の瞳をもつ王子この世に生を受けし時、王国は危機にさらされる>って言う書き出しで始まる、デルタスの伝説。」
この節だけはアキリアも城で聞いた。ここだけだが。
「続きはね、<碧の瞳・漆黒の瞳の龍の導きによって、DOLDEN EYES偉大なる力目覚めさせ、定められし運命を乗り越えよ。されば王女となる者が現れ、国を救っていくだろう。>これだけが前文よ。この後にまだ本文があって、いろいろな伝説がつづられているの。」
「龍の・・・導き?」
碧の瞳・漆黒の瞳の龍だって?マサキと同じだ。マサキの事なのか・・・?頭の中で疑問が膨れ上がっていく。
「へえ。そんなもんあったんだ。本文も、教えてよ!」
マサキは素直に感心しているが、アキリアはそれどころではない。
なぜその部分を父のウェスタ王は言わなかったのか?しかも、マサキを監禁していたのは、王なのか?何のために?マサキはそのことを知らされていないのか?
「おい、アキラ。聞いてたか?今の!」
「ん?あ、ごめん。何?」
「だから、GOLDEN MEMORYに出てくる黄金の剣がウルクに今もあるらしいんだ!」
「黄金の剣?」
「ああ。」
「それが何か?」
「アキラ。探しに行かねえか?」
「ん・・・。」
アキリアは考えた。そんなものを探してる暇があるのか?
しかしマサキの目を見ると、すべてが吹っ切れた。
「いくか。」
「やったあ!」
マサキが飛び上がって喜ぶ。
「ウルクは島だ。船で行くといい。港で誰かに頼んでみな。」
「分かりました。」
「ありがとう!」
2人は口々にお礼を言ってその店を出た。
「港、早く行こう!」
マサキが駆け出した。またかと思いながら、アキリアが続く。
「何だと、この野郎!」
港の方では、酔った船乗りが暴れているところだった。体が大きく力も強いため、誰にも手が付けられない。しまいには、周囲にいた仲間の船乗りを殴り付けている。なんて奴だ。アキリアは怒りをおぼえた。
「マサキ、ここにいろ。」
そう言って駆け出すと、野次馬を押し分けて、その船員の前に立ちはだかった。
「やめろ。みんな迷惑している。」
「何ぃ?」
その場にいた全員の視線がアキリアに集まる。アキリアは落ち着いたまま言った。
「やめろといってるんだ。」
船員は細身のアキリアに飛び掛かった。金色の瞳に光が走る。一瞬だった。一瞬でその男は倒れ、アキリアの剣をおさめる音だけが響いた。
「・・・!」
誰にも何が起こったのか分からなかった。
「アキラ!」
マサキが人ごみを掻き分けてくる。
「マサキ。もう終わった。行くぞ。」
「ああ。」
マサキと共に野次馬の輪をぬけ、桟橋に向かった。人々は唖然とするばかりだった。
桟橋に着いた2人はウルクまで乗せていってくれる船を捜した。しかしそんな船は一つもない。2人が諦めかけたその時だった。
「お前、さっきの酔っ払い、倒した奴だろ?」
17・8歳くらいの男が声をかけてきた。
「ああ。どうかしたのか?」
「お前すげえな。気に入ったからよ、船が要るんなら俺の船だしてやるぜ。」
「本当に?!ありがと!」
マサキがニカッと笑う。
「俺は、アキラ。こっちはマサキだ。」
「俺はシンジ=ヴァンドル。シンジって呼んでくれ。」
「シンジか。よろしくな。」
こうして<アキラ>とマサキはシンジの船に乗って、ウルクにむかった。
「黄金の剣?そういえば聞いた事あるなあ。」
シンジは青い瞳の純粋なデルタス人だ。年は18だが、自分の船を持ち、<運び屋>をやっているらしい。
「ところでお前ら、生まれは何処なんだ?」
「一応・・・デルタス。」
「は?何言ってんだ。デルタス人には、青い瞳のやつしかいねえんだ。お前みたく、金色い目をした奴なんか、見た事ない。」
「・・・。」
どう言ったらいいのか分からなくなって、アキラは口をつぐんだ。船に乗って2日目。もうそろそろウルクに着くころだ。天気は快晴。ほとんど太陽を見た事がないマサキは、喜んで甲板を飛び跳ねている。
「それより気になるのはマサキだ。」
舵を取っていたシンジは、機関室より低くなった甲板のマサキをちらっと見てからアキラを振り向いた。
「見たとこ、全然陽に当たってねえ。なんであんな白い肌なんだ?長い間監禁されてたみてえに。」
アキラはドキッとする。
「えーと・・・。」
うまい嘘が思い付かない。アキラが困っていると、シンジは半分冗談気味に言った。
「どっかの国の王子様か何かかあ?」
ぎくっっ。半分当たっている。
青ざめたアキラを見て、シンジはかってにそうだと解釈したらしい。
「まあ、デルタスでゆっくりしてけよ。悪いとこじゃないぜ。」
「う・・うん。」
何とかばれずにすんだものの、変に思われたようだ。だが、シンジは悪い奴ではない。
「なあ、シンジ。」
「何だ?」
「お前、なんでその年でこんな船持ってるんだ?」
「・・・。家が、でかい金貸しなんだよ。大金持ちの、道楽息子ってとこさ。」
「へえ・・・。」
「俺、家にいんの嫌いなんだよな。親の商売が気にくわなくて。・・・。俺ってだめな奴だよな。逃げたくなるんだよ。」
俺と同じだ・・・アキラは思った。王宮が嫌になって、マサキといっしょに逃げ出してきた。
「俺、分かるなその気持ち。俺も逃げてきた身だもん。」
「アキラ。そうだよな、お前も苦労してんだもんな。」
「泣きたい時は泣いた方がいいんだって、逃げたい時はいっぺん逃げた方がいいんだって、マサキがそう言ってた。だから、シンジも無理しない方がいいよ。」
「マサキが・・?」
シンジは一度床に目を落とした。そして、小さくため息をついた。
「そうだよな。マサキの言う通りだ。<無理するな>ってそういう事だよな。」
「だろ?俺もそれで決心できたんだ。あいつのお陰さ。」
「つくづく不思議な奴だよ。」
アキラはシンジが元気になったのを見てほっとした。だが、次のシンジの言葉は・・・。
「マサキって、王子のくせにいい奴だよな。」
うーん。それはちょっと違うかもしれない・・・。
「みてみてー!ウルクが見えたよーっ!」
甲板のマサキが叫んでいる。
「もうすぐ目的地だ。気をつけて行ってこいよ。」
シンジがアキラに向かって言う。
「ウルク・・・か。」
アキラももう目前に迫った緑の島に目を向けた。この島のどこかに黄金の剣があるのか。アキラはなぜかわくわくしてきた。
「俺もついてっていいか?」
船を下りる時、シンジはそう言った。
「なんか、自由にやってるお前らがうらやましくなってさ。」
「ああ。全然構わない。むしろ一緒にいてくれた方が嬉しい。」
マサキはそういってニカッと笑う。アキラもシンジがいた方がいいと思った。このままだとマサキに引きずり回されそうだったし・・・。
「ありがと。」
3人はまず街を探した。ウルクは今も多くの伝説が残る森の多い島だ。おそらく島の3分の2は不思議な森だ。あまり発達した街ではないときいている。
「あ、街あったよ。」
マサキの指差す方にいくつか家が見えてきた。街というより、村に近い。なぜかひっそりと静まり返っている。20件ほど家があったが、どの家も戸を閉めて、中に引きこもっている感じがした。
「どうしたんだ?」
「何かあったのかな。」
アキラは近くの家にかけよって、戸をたたいた。
「すみません、誰かいませんか?」
返事はない。しばらく経って、内側から戸が開き、老人が顔を出した。そうしてアキラたち三人をじろじろ見ると、
「ここの者ではないのか。まあ、中に入れ。」
中に迎え入れた。中は殺風景でほとんど何もない。ただ小さな妖獣が目に入った。妖猫の一種だろう。こげ茶色の毛並みが印象的だ。
「わしの使い獣のマーナじゃ。」
「マーナ?」
「この島の言葉で、<能力>を意味する。なかなか妖力は強いぞ。」
「妖猫ですか?ずいぶん小さい種類ですね。」
「・・・。いいや、マーナはもともと大きな猫じゃよ。小さくされただけなんじゃ。」
「えっ?誰に?」
「妖魔の妖飛馬・・・。ペガサスにやられた。」
「ペガサス?!」
シンジが大声を出した。
ペガサスは妖力がずば抜けて高い。個体数が極めて少なく、シンジもまだ見たことがない。純白の翼を持ち天を駆ける白馬、とされている。
「そうなんじゃが、マーナがやられたのは普通のペガサスではない。金色の翼と、金色の瞳の、見た事のない馬じゃった。」
「金色の、ペガサス・・・?」
「GOLDEN MEMORYに出てくる、伝説の妖飛馬じゃ。GOLDEN EYESの使い魔とされていて、高い妖力を持つ妖魔じゃよ。ただ・・・瞳だけが黒く輝いておった。」
「GOLDEN MEMORY!」
マサキが大声をあげた。
「俺等も、その伝説に出てくる黄金の剣を探してるんだ!」
「・・・。その剣は、黄金の妖飛馬が守っておる。取りに行くのは無理じゃ。この島の奥地で生まれたらしいが、しばしばこの辺りを荒らしに来る。きっと人間をこの島から追い出すつもりなんじゃろう。」
「ちょうどいい!そのペガサスも倒してきてやるよ。」
マサキはいつもの調子でニカッと笑った。アキラもうなずいた。
「止めておけ、マーナでもかなわなかったんじゃ人間がどうこうできる問題じゃ・・・。」
「大丈夫さ。話せば分かってくれるだろ。この島の人が困ってんのに、ほっとくわけに行かない。」
アキラがいつになく強い調子で言ったため、マサキは驚いた。いつもあまり人に反発したりしないのに。
「アキラ・・・。なんかいつもと違う・・・。」
「え?そうか?」
王国の人を守らなくてはいけないと思う気持ちが、アキラを強気にしていた。黙ってきいていたシンジが口を開いた。
「行こうぜ。善は急げ、だ。ありがとよ、じーさん。」
「ああ。」
3人は場所を聞くとお礼を言ってその家を出た。目指すは島の最北端。シンジの船に乗り込むと、目的地へ向けて出発した。
「やっとこれから冒険が始まるぜっ。」
ご機嫌なマサキ。
「どうやってペガサスと話そうかな。」
悩むアキラ。
「何で妖魔が人間にたてつくような事したんだろう。今までなかった事だ。」
一人冷静なシンジ。
そんな3人を乗せて、船は目的地である島の最北端に、次の日の朝には着く事が出来た。