16.帰還
次の日、アキリア王子の功をねぎらう、との名目で王宮では宴が開かれた。
シンジや、その父、テミストクレスなども宮殿に呼ばれ、王宮中の人間が一日中、いや、遅くなってからも騒ぎ通した。
しかし、その中にメシアの姿はない。
「アキラ。」
シンジが片手にカップをもち、近づいてきた。
「マサキは、いたか?」
「…。」
アキラは無言で首を振った。
「そうか・・・。」
シンジは視線を床に落とした。
「でも、あいつなら戻ってきそうだよな。いつかさ、何もなかったみたいに。」
「・・・。」
「待ってて見ようぜ。戻ってくるまで。な。」
シンジがいつもと変わらない笑顔で言った。
笑顔でも、マサキが消えたことをアキラと同じぐらい悲しんでいることは分かっていた。ただ、シンジは強くて、俺は弱い・・・。それだけの違いなんだ。
「シンジ・・・。」
「何だ?」
「お前、これからどうするんだ?」
「ん…俺はこれから、親父の仕事を覚えることにする。一応俺は一人息子だからな。ゆくゆくは後を継ぐことになるだろう。」
「そうか。」
「でも、アトリアにいるんだからマサキが帰ってきたら真っ先に連絡しろよ。」
「ああ。わかってる。」
アキラは微笑んだ。もうどれだけぶりに笑ったか分からない。
「長い旅だったな。」
「ああ。」
アキラとシンジは杯を交わした。
「はは、これで<アキラ>も晴れてアキリア王子ってわけか。」
「・・・。」
「でも、困ったことがあったらいつでも言えよ。できるだけ力になるからさ。」
シンジはにいっと笑った。
この笑顔にどれだけ助けられただろう。この冒険でシンジがいなかったら・・・そんな事、考えられない。
「ありがとう。シンジ・・・。」
「気にするなって。」
宴も終盤に近づいた頃、にわかに城門の方が騒がしくなった。
「何事だ。」
王の声に警備兵の一人が答える。
「メシア=ロージスがご子息とともに到着されたそうです。」
「メシアが?!」
メシア?!
アキラとシンジもとっさに広間の入り口の注目した。
「ギイーィィ・・・」
重い扉が開かれた。
金色のウェーブがかった髪。とても三十路を過ぎたとは思えぬその美貌。空の色を集めたような青い瞳。
「ウェスタ王、アークル皇后。そして、アキリア王子・・・。長らくご無沙汰しておりました。」
「メシア。今日はそなたの息子を連れてきたようだが、私はそなたに息子がおるとは聞いておらぬぞ。」
「はい。わたくしは<あの時>から息子の母であることをやめ、妖力者としての道を選びました。そして今回、龍の導きにより今まで会っていなかった息子と再び会うこととなったのです。なによりここへ参りましたのは、息子がぜひともアキリア王子にお会いしたい、と申すものですから・・・。」
「俺・・・じゃない、私に?」
アキラは困惑した。
「はい。厚かましいとは存じますが・・・。」
「カッ カッ」
靴のおとが廊下に響いてきた。
あけられた広間の入り口でで止まる。
「え・・・?」
アキラはその顔に見覚えがあった。
あの戦いの時、ビルラに味方した者。闇瞳をもち、投擲を自在に操るもの・・・。
「ティラ…。」
ティラは広間へと入り、アキラの前で立ち止まってかた膝を突いた。
「王子。お久しぶりでございます。このたびは、アキリア王子にぜひとも謝罪したく、この場に参上いたしました。」
「ティラ、お前生きて…。」
「申し訳ございませんでした。」
ティラのはっきりとした口調がアキラの言葉を遮った。
「闇龍に操られたのは運命とはいえ、私の心の甘さが引き起こしたもの。どれだけ悔やんでも悔やみきれません…!」
ティラは深く頭をうな垂れた。
アキラは小さく息をはいて、自らひざまずいた。
「もうよいのだ。運命は…もう乗り越えられたのだから…。」
そして、ティラの耳にそっとささやいた。
「後でゆっくり話そう。」
「…はい…!」
ティラは立ち上がり、次にウェスタ王とアークルの元へ向かった。
「私がメシアの子、ティラ=ロージスにございます。」
「おお、あのセバー=ロージスの孫か。」
セバー=ロージス?あの弓兵隊長ランダムの言ってた妖力者か?え?でも、ティラの祖父ってたしか…。
「長…。」
アキラもシンジも同じ事を考えた。
ティラはメシアの子で、長の孫。てことは、メシアは長の娘。必然的にシンジの母親も…。
シンジは呆然となった。その様子に気付いたシンジの親父は、シンジの肩を叩いた。
「外へ出ようか…。話さなければいけないことがある…。」
アキラはシンジとその父親の後をつけた。
知りたい。シンジの力がどこから来たのか…。
「星が…きれいだな。」
庭園に出たシンジの親父・・・バルト=ヴァンドルは、空を見上げて息をついた。
「親父、俺の母さんて・・・。」
「お前、母さんの名は知っているだろう?」
「ああ。ヘレネス=ヴァンドル・・・ヘレネス?!」
えっ?
物陰で聞いていたアキラは思わず声を漏らしそうになった。
「セバー、メシア、ヘレネス・・・。この言葉の意味するものは、すべて<救世主>。アテネリアス16神の主神の名だ。そして、お前の母の旧姓は、<ロージス>。」
「・・・。」
やっと分かった。シンジが強い妖力を持っているわけが。
妖力者の集まるキチ島のなかでも強い権力を持つセバー=ロージスの部落。シンジはその部落の長の血を受け継いでいたのだ。
「じゃあ、俺はやっぱり交魂じゃなくて妖力者なのか?」
「そうだ。ヘレネスはすぐにお前のなかの能力に気付いた。だからその力を使わせないよう、交魂と偽って育てたのだ。」
自分のように、力を持つものにはなって欲しくない。それが亡き母・ヘレネスの思いだった。
「ヘレネスはあまり妖力こそ強くはなかったが、国中でもトップレベルのメシア義姉さんを見て育った。強い妖力を使うことがどんなことか十分分かっていたのだろう。」
「・・・。」
強い力を持つことでどんなリスクを背負うかは、シンジにも十分分かっていた。アキラや、マサキや、ウィオラを見ていれば嫌でも分かる。
「いつかは話さなければならないと思っていたのだ。お前が帰ってこなくなった時、戻ってきたら話そうと決めていた。」
「そうか…母さんが・・・。」
シンジはぎゅっと目を閉じた。
話の一部始終を聞いていたアキラは静かにその場を去った。
アキラは広間に入った。またわいわい・がやがやのパーティーは進んでいく。
真っ先にティラがアキラに駆け寄ってきた。
「どこにいかれてたんですか。」
「ん?ちょっとな。」
アキラはシンジと親父が戻ってきたのを見て、ティラとシンジを連れて部屋に戻った。
「ティラ。あの後何があったのか分かる限りのことを教えて欲しいんだ。」
「あ、はい。」
ティラは戦いの終わりを話しはじめた。
「私が目を覚ました時、そこには光龍と水龍の姿がありました。しかし、そこはビウィーラ島ではなかったのです。」
見回すと大きな湖のようなものがあり、その場所は光の力で満たされていた。
「小さなる闇が目覚めたか。」
青銅色の髪に、深いマリンブルーの碧い瞳。背には青い翼、周りに水の力をたたえ、頭には龍の印であるホーン。
ウィオラだ、とティラは直感的に思った。
「大丈夫か?どこも傷ついた所はないな?」
おそらくライラだろうと思われる人が心配そうに声をかけてくれた。
金色の髪、金色の瞳。光輝のヴェールをまとったように輝いている。一瞬見た時、アキラかと思った。額には、同じく龍の印であるホーン。この場所は、おそらくライラの力で満たされているのだろう。とてつもない力を感じ取ることができた。
「あ、はい。ここは・・・?私はいったい・・・?」
「覚えているか?戦いのことを。」
「戦い…?」
ティラは目をぱちくりさせた。
あ、そうか。闇龍や水龍、光龍が戦ってたんだ。
「なんとなく・・・。」
「お前ビルラのやろーに操られてたんだぞ。おかげでずいぶん苦労しちまったっ。」
ウィオラはそう言った。
きれいな顔して言葉づかいがひどい・・・というのが正直な感想だった。
「ティラ。お前はこれからどうしたい?」
「どうって?」
「今、何かして欲しいことはあるか?迷惑をかけたわびに、願うことを聞こう。私ができる範囲でな。」
願い・・・。ティラの脳裏には、一つしか浮かばなかった。昔からずっと思い続けていたこと。
「両親に・・・会いたい・・・。」
「そうか。」
ライラはちょっと難しそうな顔をした。
「できますか?」
「ああ。もちろんだ。が…。」
「何か問題が?」
「いや、大丈夫だ。突然行ったら驚くだろうな・・・と思っただけだ。」
人間姿のライラは、ティラの額に手を置いた。
「では、望みをかなえよう・・・。」
「そこからまた意識が途切れて、気がついたらメシアの…母の元にいたんです。最初はかなりびっくりしましたけど、母が訳を話してくれたので・・・。」
「マサキを知らないか?」
アキラは、一番聞きたかった質問をぶつけてみた。
「いえ、あの場所にはいなかったと思います。あ、でも湖の真ん中当たりに光があったんです。もしかしたらその中にいらしたのかも…。」
「そうか…。」
アキラはがっかりした。ティラも知らない。
となると誰が知っている?
アキラの頭には何も浮かばなかった。
その晩アキラはマサキの夢を見た。
マサキがいつものように笑っている。が、近づこうと思っても近づけない。マサキが逃げてしまうのだ。
『マサキ!』
やっとつかまえた…と思って腕を取ろうとすると、するりと手が通り抜けてしまう。マサキに、実体がない。魂だけがそこにあった…。
「待てよ!」
アキラは思いっきり叫んで飛び起きた。汗びっしょりで、息も荒い。
「はあ、はあ・・・ふう・・・。」
大きく深呼吸して呼吸を静める。怖い。どうしようもなく怖い。
アキラの中にある不安はいつまでも消えることはなかった。
それから半年。アキラは国のことを勉強し、王への道を着実に歩いていた。もちろん、マサキのことが頭から離れる時はなかった。毎晩マサキの夢を見た。いつでもマサキに触れることができなかった。それから決まって目が覚めて、辛い気持ちだけが心に残っていくのだ。
そして国は相変わらず平和だった。これが導きの龍を犠牲にした引き換えの平和だと、誰が知っているだろう。この国のどこかにいるであろうマサキの両親は、この事を知っているのだろうか…。
アキリア王子は国の平和を感じるたびそう思った。
それでも、<その日>は突然やってきた。不幸と同じように幸福もまた何の前触れもなく訪れるものだ。
その日、アキリアは突然目を覚ました。辺りはまだ薄暗い。
アキリアは何かに呼ばれるようにして裏庭に出た。マサキと出会った場所だ。
「マサキ・・・。」
今でも思い出せる。マサキの表情の、しぐさの一つ一つが。涙をいっぱい溜めた瞳も、不敵に笑ったその笑みも、すべてがまだ瞳の奥に焼き付いている。
マサキに逢いたい。なんとなくだけど、シンジやウィオラが言ってたことの意味が分かりかけてきたから。なによりも大切な人の存在を知ってしまったから。
全てはあの晩、ここから始まったんだ。マサキが、突然後ろから・・・。
「アキラ!」
「え?」
突然の声に、心臓がドキンと跳ね上がった。あまりに聞き覚えのある声に、びっくりして耳が麻痺したみたいにボワンボワンする。
ゆっくりと、ゆっくりと人影が視界に入ってくる。
「ああ・・・。」
これは、夢なのか?
漆黒の瞳も、碧く澄んだ瞳も、やわらかな黒髪も、全部幻か?
「久しぶりだな、アキラ。」
碧い瞳が不敵に輝いた。
アキラはその人の名を呼ぼうとしたが喉が引きつったみたいにして声が出ない。
「悪かったよ。ずっと帰ってこなくて…でも、もうあれから半年も経ってるなんて、知らなかったんだ。」
今までどこにいたんだ?
どうやって助かったんだ?
何で今ここにいるんだ?
なぜ・・・。
「何とか言えよー、アキラー。」
「マ・・・サキ・・・。」
心の奥から絞り出すみたいにして声を出した。そうしたら一気に隠してきた思いが溢れ出した。
「どこ行ってたんだよ!あの後どうしたんだよ!お前のからだ戻ったのか?元気なのか?大丈夫なのか?俺、すげえ悲しかったんだぞ?!」
「そんないっぺんに言われてもわかんねえよ!俺にだってよく分かってねーんだから!」
マサキも逆ギレ。
「ただ・・・分かってるのは・・・俺が旅の後半記憶を無くしてたってことと、ビルラはもういないってことと、ウィオラとライラが俺のからだを再生してくれたってことだ。」
記憶・・・?まさか、今のマサキは・・・。
「じゃ、お前、元のマサキなのか?」
「元なのかどうかは知らねーけど、俺はとにかくマサキだよ。」
不機嫌な表情でマサキは確信を持っていった。
本当にマサキが戻ってきた。
「お前・・・本物だよな。魂だけ、なんてのは無しだぜ?」
「俺が本物のマサキじゃなかったら誰がマサキなんだよ。」
マサキは人差し指でぴっと自分を指差した。
アキラは恐る恐る手を伸ばした。そっとマサキの腕に触れてみる。暖かい感触があった。
「あ・・・さわれる、マサキに・・・。」
「当たり前だ。」
マサキはちょっとあきれたように言い放った。
「今日なんか変だぞ、アキラ。」
「いや、だって、お前・・・。」
お前知らないだろう。俺がこの半年間どれだけ苦しんだか。マサキを失ったことをどれだけ悲しんだか。世界の無事と引き換えに・・・。
でも、言葉にならなかった。マサキが戻ってきたことで、それだけでよかった。
「でもさ、でもさ、アキラ。俺だってずっとアキラに会いたかった。」
マサキが大きな瞳をアキラに向けた。
「シンジにも会いたかったし、メシアにも会いたくなったけど、アキラだけは特別だったんだ。寂しかったときに、一番近くにいて欲しかった。」
マサキは、自分の気持ちをどう言葉に表すか考えながらしゃべってるみたいだった。今にも泣きそうな声で、一生懸命に言葉を捜している。
「俺もいまだによく分かんないから、うまく言えない。けど、これだけは分かる。」
マサキはいつも変わらないまっすぐな瞳でアキラを見つめた。
「俺、アキラのこと好きだ。」
少しだけにじんだマサキの碧い瞳と黒い瞳と、アキラの金色の瞳が交差した。
アキラはまた心臓が速くなるのを感じたけど、今度はどうすればいいのか分かってる。マサキが戻ってきたら言おうと思っていた。
「・・・あのさ、マサキ。俺も、お前いなくてすげえ寂しかった。戻ってきてくれて、すごく嬉しい・・・。」
「じゃあ、俺、またアキラの近くにいていいのか?」
「当たり前だろ。」
アキラは精いっぱい笑った。
俺だって、マサキのそばにいたい。マサキに、どこにも行って欲しくない。
「よかった。」
マサキはごしごし涙をぬぐった。でも、マサキの瞳からは次から次から涙があふれ出てくる。
「おっかしいな・・・嬉しいはずなのに、何で泣くんだろ・・・。」
一生懸命涙を止めようとしていたら、アキラがやさしく言った。
「泣きたい時は、我慢しなくてもいいんだ。そうだろ?マサキ。」
「ん・・・。」
やさしい響きを含んだその声を聞いたらもっともっと泣きたくなった。
アキラはマサキを抱きしめた。今度はウィオラじゃなくて、マサキを。マサキの温かい鼓動が伝わってくる。
「ア、アキラ・・・?」
マサキが困惑した声を出したのが聞こえた。
マサキのからだは軽い。軽くて、細くて、今にも壊れそうだ。でも、力を抜く気はなかった。もうどこへも行かないように・・・。
「なあ、マサキ。」
「なんだよお。」
マサキはちょっと苦しそうな声を出した。
「お前さ、王女にならないか?」
「え・・・?」
マサキは一瞬言葉を詰まらせた。が、すぐに答えた。
「うん」
マサキの小さな小さな声が、アキラのすぐ耳元でやわらかい響きを奏でる。
「なる・・・。」
それでもマサキが自分の出生の秘密を知るのも、シンジが新GOLDEN MEMORYを記すのも、アキラがデルタスの国王になるのも、もっとずっと後の話・・・
GOLDEN EYESは その金色に輝く瞳で 未来を見つめ
導きの龍はそれに従うだろう
伝説はこれで終わらない
おのれが事を探し続ける限り
世界が広く
光で満たされている限り
(「GOLDEN MEMORY」 第3巻 終章より)




