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EYES  作者: 早村友裕
15/16

15.決着

「ほんっとに何もねえな。」

シンジは辺りをきょろきょろ見渡している。

そう、本当に何もない。所々ぽつんぽつんと生えているたけの短い草以外は。ただ、島の中央部がへこんでいる。

「窪地に降りてみるか?」

アキラは言った。

そのすそをマサキの手が掴んだ。

「怖いよ…。」

「大丈夫だって。心配するな。」

「…うん。」

マサキはうつむいた。でもやっぱり怖いんだろう。行きたくなさそーな顔でちょっと上目遣いにアキラを見上げた。マサキと目が合って、アキラは思わずドキッとした。

「やっぱり…行くの?」

か、かわいい…。マサキが女の子になってる…。

アキラは頭を抱えた。<女の子のマサキ>と、どう接していいかわからない。

「何悩んでんだよ、アキラ。」

固まってしまったアキラを見て、シンジはあきれたような声を掛けた。

まったく、ほんとにだめだなあ…。

「はあ…。」

シンジのため息の理由も分からずに、アキラはまだ立ち尽くしていた。

が、それも一瞬だった。次の一瞬には3人とも<気配>を感じていた。

「?!」

濃い闇の気配。闇瞳のペガサスだ。

窪地の方にいる!

「いくぞ、マサキ、シンジ!」

「おうっ。」

「えっ?ま、待ってよっ。」

一瞬のうちに駆け出した2人と、ちょっと遅れて追いかけたマサキの後を、どこから現れたのかシャラメイが追っていく。

まるで月にあるクレーターのようなその窪地に3人と1匹は滑り降りた。底にいたのは、黒い瞳のティラ。アキラたちの姿を目にしても、表情一つ変えることはない。

「来たか。」

「ティラ!」

アキラは間髪入れずにティラに駆け寄ろうとした。

が、ティラはくるりと方向を変え、駆け出した。

「待てよ、ティラ!」

当然アキラは追いかける。本当ならマサキが真っ先に追いかける所なんだが…。

ティラはそのままクレーターの中心にぽっかりと口を開けた洞窟の中へと飛び込んでいく。

「アキラ!慌てるな!」

なんていうシンジの言葉がアキラの耳に届くはずもなく、アキラはティラの後を追って洞窟へと駆け込んでいった。

「一人で行くな!危ねえだろ!」

シンジはマサキの手を引いて駆け出した。

「マサキ、遅れるなよ!」

「うんっ。」

シャラメイは、一人その場に残った。

もう一つの闇の気配を感じ取っていたから。

… こちらは 私が 引き受けよう …

「バサバサッ」

翼のはためく音がして、シャラメイとまったく同じ、金色の身体が現れた。

… お前は 私が倒す …

… お前が? 笑わせるな 私は ビルラの影だ ライラの配下である お前ごときにやられはしない …

… だが お前を 本体に戻すわけには いかない …

… お前も あのおかしな にんげんに 肩入れか? 妖魔ともあろう者が にんげんに …

… 無駄話はそれくらいにしておけ …

シャラメイの声が怒りを含んだ。その声の裏に隠された底知れぬ深い怒りを感じとり、闇瞳あんどうのペガサスもそれに従った。

光を帯びた金色の瞳と、何も映さない闇の瞳。

戦いは始まった。


洞窟の中は闇に包まれ、すでにどちらに進んでいいのかわからない状態だ。アキラはとっくにティラを見失っていたが、その濃い闇の気配だけを目指してがむしゃらに突き進んでいた。

いつしかアキラは広いドームのような所に出た。もう闇に目が慣れている。地下にこんな大きな空洞があったのか、と思うくらい意外な広さだった。

「…?」

アキラは壁の石が今までとは違っているのに気付いた。さっきまでは普通の岩盤だったのに、ここでは宝石のような石に変わっている。ただ、その石の色が操られた時のティラの瞳を思わせるのだ。たしか、この石は…。

「アーキラー。」

シンジだ。足音からするとマサキもいる。

「ティラは?」

「わからない。途中で見失った。」

二人ははあはあと息をついている。かなり急いで走ってきたのだろう。

「はっ、すげーなここ。回りじゅう妖石だらけだぜ。これって、たしか…。」

言いかけたシンジは、マサキの手が壁に向かってのびていることに気付いた。

「マサキ!待て!触るんじゃね…!」

一瞬だけ遅かった。

マサキの手が壁一面の<黒闇邪の石>に触れてしまった。

「?!」

マサキの全身から<黒い光>がほとばしる。マサキのからだは電気ショックを受けたみたいにして、がくがく揺れた。左腕の金色の布が暗黒のエネルギーに耐え切れなくなって弾け飛ぶ。

「うわあああ…!」

闇を裂くマサキの悲鳴。<黒い光>がこの世に存在することを知らされた。

次の瞬間…!

「バッシィーーン!」

『うっわあ!』

聞いたことのない声とともに、マサキのからだから二筋の光が飛び出していった。一つは碧く、もう一つは青と黒の入り交じった色…。

… やっとだ …

「?!」

マサキの口から出た声も、今までのどの声とも違っていた。しいて言えば、テレパシーに近い<音>の集まりだった。

… 待ちわびた ウィオラに封印された あの時から …

マサキの身体の周りに黒い炎が渦を巻き、<黒い光>があたりを包む。

「ビルラ様!」

いつのまにかその場にいたティラの言葉で、アキラとシンジはすべてを悟った。

「…!」

目覚めてしまった。とうとう、恐れていたことが…!

アキラとシンジはその場に釘付けになった。

『ビルラァ!』

突然天井から声が降ってきた。

アキラ・シンジ・ティラ・ビルラの8つの瞳が同時にその方向へ向けられる。

「ウィ…オラ?」

闇に輝く、青い翼。深く深く澄んだ碧い瞳。その頭には、龍である証のホーン。周りの暗闇とは対照的な青い光輝ひかりを放ちながら、怒りに満ちたその瞳はしっかりとビルラの影を捕らえていた。

『許さねえぞ…!』

水龍の輝き。水龍の能力ちから。紛れもないウィオラのものだ。

碧いうろこに覆われた手のひらの上には見覚えのある姿があった。今まで、毎日のように見続けてきた、大事な仲間だ。

「マ、マサキッッ!」

青い光でできたマサキの輪郭。今にも消えそうなその光は、すでに輝きを失いつつある。

『俺と戦うのは構わない、だがなあ、マサキまで巻き込んで殺すのはぜってえに許さねえからな!』

水龍の瞳がかっと怒りに燃え上がる。

… 巻き込む? 私が? そのにんげんを? 笑わせるな …

ビルラの瞳が冷酷な光を帯びた。

… 巻き込んだのは お前の方じゃないのか? 水龍よ …

『うるっせえ!』

洞窟内を風が吹き荒れる。

『今すぐかたつけてやる…。』

ウィオラは気持ちを静めた。

音も立てず、すぅっと下に降りてきた。その瞬間に、大きな龍のからだは消え、人間姿になったウィオラがいた。青い翼。碧い瞳。頭には、龍の印であるホーンがある。もちろんその腕にはマサキの魂を抱いている。妖魔はたいていそうなのかもしれないが、ウィオラもまた端整な顔立ちをしている。どこか面影が人間姿のフィルラに似ている気がする。

『シンジ。<マサキの魂>を頼む。人間の魂は、体外では一分と持たない。』

「…。」

『お前のからだにしまっとけ。少なくともその間にマサキが消滅する事はない。』

シンジはこっくりとうなずいた。

ふわっとマサキの形の光が飛んで、シンジの腕におさまった。

「あれ?重さが…。」

『それは、マサキの<魂>だ。』

「魂?!」

アキラはマサキに触れようとした手を一瞬躊躇させた。

もう一度、恐る恐る手を近づける。

「え…?」

マサキに触れることはできなかった。

マサキのからだを通り抜け、シンジの肩にあたった。

「嘘だろ?!」

現実ほんとうだ。』

ウィオラは厳しい顔で言い放った。

「ウィ、ウィオラ。俺、どうしたら…。」

『今マサキをお前の中に入れる。』

ウィオラはシンジに<妖力>を送った。

腕の中の碧漆色の光がシンジのからだへとけこんでいく。

「う…。」

シンジが苦しげな声を上げた。

体中の力が抜ける。立っていられない…。

『そのまま気をしっかり持ってろ。』

ウィオラは力の抜けたシンジのからだを壁に横たえた。

『気絶したら、マサキの魂が外に出ちまうからな。』

「わかっ…た。」

シンジが苦しそうに言った。

「大丈夫か?シンジ。」

「ああ…。アキ…GOLDEN EYES…。」

「何だ?」

「勝てよ。負けたら…承知しねえぞ…。」

アキラはこっくりとうなずいた。

ウィオラは静かに言った。が、その言葉の裏に怒りがこもっていることは容易に感じ取れた。

『アキラ…お前は、ティラの方を頼む。』

「了解。」

羽根はとっくに剣へと姿を変えている。

マサキのからだがビルラに乗っ取られた。それだけで、十分だった。

『じゃ、いくぞ。武運を…祈る。』

「ウィオラもな。」

ウィオラは空中で水龍に姿を変えた。

アキラは剣の柄をぎゅっと握り締め、闇瞳のティラと対峙する。

「GOLDEN EYES…遅かったな…。」

「ああ、悪かった。ずいぶんと待たせちまったな。」

ティラの手に握られているのは、投擲。投擲でどんな攻撃を仕掛けてくるのか、アキラには見当もつかない。

ティラの手首が返った。

「キンッ」

飛んできた投擲を一閃、剣で払い落とす。

「カッ カッ キィン」

投擲の威力ってのは、この程度なのか?

それほどのスピードがあるわけでもない投擲をはじきながらアキラは少し落胆していた。

「余裕だな、GOLDEN EYES。」

「…それはお前も同じなんじゃないのか?ティラ。」

アキラは一瞬の動きで飛んできた投擲を手で受け止めると、素早く投げかえした。

「…。」

ティラは無言でその投擲を受け取った。

「そろそろ本気で来いよ。」

ティラは顔の前で腕をクロスさせた。8本の投擲。

十文字斬刃クロイツ…。」

「?!」

次の瞬間にはアキラの目の前に十字の投擲が迫っていた。

縦に4本、横に4本、きっちり急所をねらってきている。

「くっ。」

アキラは思わず飛び上がった。

後ろの壁に十文字のひびが入る。

「げっ。」

あんな小さな投擲で妖石を割るなんて、とんでもない。

「やっぱ手加減してやがったのかっ。」

きっとティラに視線を戻した時には、もう既に次の攻撃が迫っていた。

千変転牙スピン

回転する投擲が次々飛んでくる。

なんとか手足を動かして剣で投擲を叩き落とそうとするが、空中にいるのではよけることもままならない。よけ損ねた投擲のいくつかが身体をかすめる。

「スタンッ」

何とか着地した頃には体中切り傷だらけだった。

「<投げられる>のが投擲の強点ストロングポイントかよ…。まったく…。」

これでは一方的にやられてしまうだけだ。

だが…。

「投擲は投げる武器だ。ってことは…。」

アキラは一気にティラとの間合いを詰めた。

「近距離では有効じゃねえってことだ!」

片手で剣を振り下ろしながら、腰の短刀を死角で抜き相手の脇腹をねらう。ダブルサーベルを使いこなすアキラだからこそできる技、この間トリニダでテミストクレスから教わった技だ。<王子の戦いは素直すぎます。もっと敵をあざむくやりかたを覚えなくてはいけません!>とかなんとか言っていたのをおぼえている。

「キィン!」

ティラが投擲をクロスさせて<おとり>の剣を受けた。かかったな!

アキラは勝利を確信した。が…。

「ズン」

「?!がっ?!」

腹部に衝撃を感じたのは、アキラの方だった。

なぜだ?両手で剣を受けたはずのティラが…。

「甘いな。投擲のもとはナイフだ。近距離の戦闘の方が有利なのは必至!」

「く…そ…。」

アキラは渾身の力を込めてティラから離れた。

腹部からはおびただしい血が流れ出す。確かに投擲という武器を甘く見ていた。アキラは短剣を鞘から抜かなくてはいけないぶん、攻撃が遅れてしまったのだ。

蛇竜線スネイク!」

「?!」

何本もの投擲が一直線に連なってアキラへと飛んでくる。

最初の一本をはじいても、次のがあたる。避けるしかない!

捕縛リストゥレント。」

「え?」

飛びのいたアキラを次の攻撃が待っていた。

「ガガガガン!」

「!」

無数の投擲がアキラを壁に釘付けにした。

「く…そ…。」

「カララン…」

2本は手首を貫通し、アキラは剣と短剣を取り落とした。

黒闇邪の石がアキラの血で赤く染まっていく。

「はあ、はあ…。」

出血のせいで頭がくらくらする。かといって、この捕縛から逃げる体力は残っていない。アキラはうすれそうなその意識を必死でたもっていた。

あんな奴に、ビルラに意識を乗っ取られているような奴に負けたくない!

その思いだけがアキラの心を支配していた。

「ズ、ズウゥゥ…ン」

「!ウィオラ!」

アキラの目の前にウィオラの巨体が降ってきた。

『く…。やっぱつええな、ビルラは。』

「大丈夫か?!ウィオラ!」

『てめー、人の心配より自分の心配しやがれ。』

ウィオラは壁に釘付けのアキラをあきれたように見てから言った。

いつだったかもこんなことあったな・・・。

… くくく うぃおら おまえのちからも おちたものだな …

『マサキの身体使っといてよく言うぜっ。』

でかい身体相応のでかい声でウィオラが吠える。

ビルラは天井近くに浮いている。そういえば、<いれもの>に入った妖魔は、強くなるんじゃ…。

「ウィオラ、もしかしてこれって…やばいのか?」

『よーく分かってんじゃねーか。それだけ現状把握ができりゃあ十分だよ、王子サマ。』

ウィオラはちょっとおどけて言ったが、声がこわばっている。絶体絶命、というやつだ。

ウィオラと居ると、いつでも絶体絶命だな。アキラは苦笑した。こんな状況なのに以外にのんきな自分にびっくりもしていた。だって今、今までにない超ウルトラ級の<絶体絶命>なのに。

痛みが遠のいてくのは、意識が浅いせいか?それとも、怪我することになれたせい?思ってるほど傷が深くないせい?

「ポタン ポタン」

とうとう足元に血だまりができて、そこに落ちる滴が音を立てる。

その音すらも遠くに聞こえてきた。

「死ぬの…かな。」

今までも何度か思ったけど、今回ほどはっきり感じたことはなかった。

妙に目の前の景色が揺らいで、全部の音が壁一枚隔たっているようにぼんやりとしか聞こえない。ウィオラが何か叫んだ気がする。が、何のことだかさっぱりわからなかった。

アキラはとうとう目を閉じた。

「マサ…キ…。」

知らず知らずのうちにマサキの名を呼んでいた。

今まさに意識が消えようとしているアキラの心の奥底で、何かが<コトン>と音を立てた。

… 目を覚ませ 我が子よ GOLDEN EYESよ…

「?!」

突然頭の中に声が響いた。どこか懐かしい響き。遠い昔、いつだったか聞いたことのある・・・。

「誰・・・だ・・・?」

… 私は お前だ お前以外の 何者でもない …

アキラにはその<声>が何を言っているのか全然わからなかった。

… 分かっているはずだ その剣が まもるためにあることを ・・・

「守る・・・?」

… マサキを 守ると 決めた はずだ …

マサキを守る。そうだ…そうだった。

「起きなきゃ…剣を取らなくちゃ…。」

しかし体は動かない。どうすれば…?

躊躇しているうちに、戻りかけた意識がまた薄れていった。

「あ・・・。」

手も、脚も、指先さえぴくりとも動かない。もう、だめだ…マサキを守れない・・・。

アキラは、今度こそ完全に意識の糸をたった。

『ア、アキリアアア!!』

ウィオラは絶叫した。

もちろんその声がアキラに聞こえるわけがない・・・。


『ア・・・キリ・・・。』

… うぃおら とうとうおまえも ひとりだ さいしょから にんげんなんかを あてに するからだ …

ビルラの声は無機的だ。当然、といった感情も読み取れる。

『…。』

だめだ。もう勝ち目はない。<いれもの>をもったビルラは絶望的に強い。アキラも、マサキも、シンジも命の危険にさらされている。全部俺のせい・・・か?

… これで おわりだ うぃおら こんどは おまえが しぬのだ …

『まだだ・・・。』

ウィオラはゆっくりと体を起こした。

そしてアキラの、シンジの顔を見た。

『まだ俺は負けられねえ!』

シンジの意識も途切れそうだ。そうすればマサキも、シンジも危ない。もちろんアキラも…。

「ガタガタ…ガラガラ…」

… なんだ このおとは …

『マサキの身体だからと思っていたが…もう手加減はしない。』

ウィオラの周りで碧い光が渦を巻いた。光の渦竜巻トルネード。一瞬で辺りは光に照らし出された。暗黒のティラの瞳さえ青く見えるほどに。

… なんだ これは きさま なにをするきだ …

『これこそが我が妖術最大の奥義!』

たとえこの身にかえたとしても

… こいつ どこに こんな ちからを …

水王龍渦漸スイオウリュウカゼン…。』

お前にこれ以上好き勝手させはしない!!

ウィオラのはなった碧い光の糸がビルラを捕らえた。

… しまった …

『終わりだビルラ・・・。』

動けないビルラのもとに青い竜巻がせまる。

… うおおおおお …

ビルラは渾身の力で糸を切ったが、時すでに遅し。竜巻は目の前に迫っていた。

… うわああああああ…! …

洞窟内に絶叫がこだました。

それと洞窟全体が崩壊したのは同時だった。

「ガラガラ…ガシャーーン」


「ガタン ガッシャーン!」

黒闇邪の石のかけらを吹き飛ばし、一番初めに地上に出たのはウィオラだった。

『ちょっと…やりすぎたか…。』

ビルラは滅びただろうか?<あれ>をまともに食らえば生きてはいないはずだ。マサキのからだとともに、消え去ってしまっただろう…。しかし、水王龍渦漸があたる直前、糸が切れたのも事実だ。もしかしたら、とは思うが…。

アキラとシンジは無事だろうか。この状況でシンジが意識をたもっているはずがない。早く助けなければ、<3人とも>危険だ。しかし、2人分の身体を助け出すほどの力は残っていない。どうすれば・・・。

その時、石の動く音がした。

「ガタ、ガタガタ・・・。」

『アキリア?』

ウィオラは人間姿になって音のした方へ近寄った。

「バシーン!」

大きな音がして、石の欠片が吹き飛んだ。

そこから現れたのは・・・。

『ビルラッ?!』

… いまのはかなり あぶなかったぞ うぃおら …

ウィオラはとっさに飛び上がった。

『やはり外れていたのか・・・。』

… そういうことだ …

ウィオラは愕然となった。

水王龍渦漸は、ビルラの・・・マサキの右腕をかすめたに過ぎなかった。かすめたといってもその威力は凄まじい。もう使い物にならないほどズタズタに引き裂かれていた。

『だめだ…。』

ウィオラは生まれてはじめてといってもいい、完全に<敗け>を認めた。

昔、この地で戦った時さえ、負けるなどということは考えもしなかった。それが今回、アキラ・シンジ・マサキの3人が消えた今、戦う気力を完全に失っていた。

… どうしたうぃおら もう やめるのか …

『・・・。』

ウィオラは言葉を返さない。

ふぁさっと翼をひるがえすと、地上に降りてきた。

『まいった。俺の敗・・・。』

「どうした。しっかりしろ、ウィオラ・・・。」

『?!』

「パキィーン!!」

がれきの山が吹っ飛んだ。

金色の光が溢れ出し、そこらじゅうに散らばっている黒闇邪の石をまるで溶かすように消し去っていく。すべてのものを包み込む至福の光輝ひかり

『アキリア!!』

… なんだと…? ごーるでんあいずはさっき たしかに …

「まだ分からないのか。」

シンジを軽々とその腕に抱え、側には黄金の剣をたずさえたその姿は、まさに伝説のGOLDEN EYESそのものだった。

「あいかわらずにぶいな、ウィオラ・・・。」

ウィオラは違和感を感じた。アキラなのに、アキラではない。なんだ、この感じは・・・。しかも、なぜか懐かしい響き。

その正体に気付いた時、ウィオラはその碧く澄んだ瞳を大きく見開いた。

『まさか・・・まさかお前・・・。』

「久しぶりだな、ウィオラ。」

アキラの瞳で、アキラの姿で笑ったが、その面影がダブった。

『ラ・・・イラ・・・。』

… なにいっ …

もちろんその出現に驚いたのは、ウィオラばかりではなかった。ビルラも、意識の奥底で聞いていたシンジも、その名を知らぬわけがなかった。

「今まであった中で気付いたのは、クロークとあの<トゥージ>くらいのものだったぞ。」

『そ、それはお前の隠れかたが・・・うますぎるから・・・。』

ウィオラはしどろもどろになった。

唯一無二の親友、ライラの突然の出現には驚く以外にない。

「それはそうと、ウィオラ。お前はいつからそんなにもあきらめが早くなったのだ?」

『え?』

「このぐらいのことであきらめてどうする。さっさと決着をつけるがいい。」

ライラは・・・アキラの手で、剣を取った。

代わりにシンジを金色の光で包み込む。

「シンジ。もう眠っても大丈夫だ。後は何とかする。」

「あ・・・ライ…ラ…。」

「何だ?」

「お前アキラ…なのか…?」

「私は眠っていたのだ。アキリア王子・・・GOLDEN EYESのなかで…な。」

そうか。シンジにはやっとこの話の裏ストーリーが読めた。光龍、ライラこそがこの冒険の鍵だったのだ。

シンジの意識も途切れた。

「GOLDEN EYES・・・アキリアよ・・・目を覚ませ。」

ライラは身体の内面へと呼びかけた。

体の中で、<リーンリーン>と響き渡って、隅々まで行き渡る。それは、眠っていたアキラの・・・アキリアの意識を呼び覚ました。

ライラ さっきの声お前だったのか?

「ああ、そうだ。」

いつから俺の中に…

「お前が生まれてすぐ・・・。交魂になる気はなかったものだからな。」

そうか

アキラはまた自分のからだの感覚が戻るのを感じた。ライラが傷を癒してくれたらしい。体中に力がみなぎっている。

最後はお前がやるんだ

「俺が・・・?」

お前にはその力がある 大切な者を守ろうとする心がお前の力になる

アキラは黄金の剣をその手に握り締めた。

チャンスは一度きり ウィオラの体力がもたない

「どうすればいいんだ?」

今はただ 待て

アキラ・ウィオラとビルラは対峙した。マサキの姿、マサキの瞳。アキラはビルラを見ているのが辛かった。ずたずたになった右腕から血が流れているのを見るのは限りなく辛いものだ。

『アキリア。』

人間姿のウィオラが言った。

『俺があいつを押さえる。お前が・・・終わらせろ。』

「そんなことしたら、マサキのからだが・・・。」

大丈夫だ 今のお前の心には 守りたいという強い意志がある 剣はきっと影のみを消し去るだろう

… どうした このごにおよんで そうだんか …

『じゃ、やるぞ!』

「待てウィオラ!」

『?!何だよ、アキリア!』

「あ、いや、今の俺じゃ・・・。」

アキラは慌てて否定する。ライラがアキラの声を使ったのだ。

「もう少し待て。天空の戦いが終わるまで・・・。」

『お前、ライラか。何だ?天空の戦いって。』

ウィオラは知らなかった。外では、シャラメイが闇瞳のペガサスと戦っていたことを。その決着が、もう少しでつきそうだということも。

遠見を得意とするライラには、はっきりと見えていた。

「とにかく待て。」

… なにをまつのだ? まてばそれだけわたしのちからはかいふくするというものだ …

アキラは直感した。

シャラメイの姿がない。まさか、ビルラの半分と戦っているのか?

そうだ

「やっぱり…。」

アキラは神経を集中させて天空の気配を感じ取ろうとした。が、あまりにも大きすぎる力が邪魔をして、うまく分からない。

… どうした おじけづいたか …

あざけるビルラにアキラは冷静に言い放った。

「ビルラ、お前忘れてるだろ。」

… なにをだ …

「お前、いま、半分なんだぜ?」

アキラの言葉が終わるか・終わらないかの時、天空では決着がついた。

金色の光は闇黒を打ち砕き、アキラたちの真上にあった暗雲はきれいに消え去った。

そして、マサキのからだからは黒い光が力を無くして薄れていく。

… う…あああ… まさか わたしのかげがやられるなど …

ビルラは苦しげなうめき声をあげた。影のダメージが本体にも伝わってきたようだ。

『もういいだろ?ライラ!』

ウィオラは一瞬で龍へと姿を変え、その巨体を空中に躍らせた。

… しまっ …

一瞬逃げおくれたビルラはウィオラに押さえつけられる。

ウィオラはそのまま人間になり、ビルラの、マサキの体を羽交い締めにした。

『アキリア!!!』

アキラは地を蹴った。まっすぐに、一直線に二人のもとへと向かう。

すべてを終わらせるために・・・

「うおおおお!」

アキラの脳裏に、今までのことがよみがえる。

マサキと王宮の庭で逢い、アトリアの港町でシンジと出会い、やっとここにたどり着いた。メシアやレヴィ、シャラメイ、コロウ島のミーアにおやじさんにカルミアさん、それから長に、クローク。テミストクレスやランダムなど、トリニダの戦士たちの顔も浮かんだ。

たくさんの人に会って、たくさんの人と話して、アキラの中で確実に何かが変わっていった。王宮にいては、こんなにたくさんのことは学べなかっただろう。その旅が、今終わる!

「ガシャァァン!」

「?!」

その時、地面を突き破り、黒闇邪の石の欠片をばらまきながら、目の前にティラが現れた。ビルラを守るようにして、両手を広げて立ちはだかる。

が、アキラは止まらない。剣を横に振ってティラをふっ飛ばした。ティラのからだに焼き付いていた黒い影がかき消える。

返しざまにビルラに向かって剣を振り下ろす。

ウィオラが目を閉じた。

ビルラは全てのものを飲みこまんばかりに大きく目を開いた。

アキラのからだからあふれる光の洪水。

… うわああああ…!!! …

地を引き裂き、天を落としたような叫びが、響き渡る。

全ての聖なる光輝が世界中を包み込んだ。


やみは

黄金の輝きに かき消され

砕けるように

崩れるように

その身を

一塵の灰に かえた


光は

やみと 相対するように

さらに広がり

全てのものを 慈しむように

全てのものを 愛するように

降り注いだという



よくやった、GOLDEN EYES・・・

アキラは夢の中で、意識の底で、そんな声を聞いた。

どこか懐かしく、あたたかみのある響きだった。



「アキラ・・・アキラ。」

アキラは肩を揺すられていることに気付いた。

重たいまぶたを開けると、そこにはシンジの顔。

「シンジ・・・。」

その顔いっぱいに、笑みが広がった。

「終わったぞ。全部。」

アキラはその言葉の意味が分かるまでしばらくかかった。

そして気付いた時、アキラも思わず笑いかえした。

「終わったんだな。」

二人は立ち上がった。

ここは、ビウィーラ島だ。戦いの後がここそこに残っている。なにより、アキラたちがいたはずのクレーターはすっかり土に埋もれている。

「あれ…?」

アキラは気付いた。

「マサキは・・・?」

「それが…俺の中にいないんだ。」

「え?!」

アキラは愕然とした。が、すぐに思い出した。

マサキの<身体>がぼろぼろだったこと、その身体をアキラは黄金の剣で切ってしまったこと・・・。

「まさか・・・マサキは・・・。」

帰る身体がない魂は消滅する。そんな事分かりきっている。

「ウィオラは?ライラは?みんなどこに行ったんだ?」

シンジは首を振った。

見るとシンジも強く唇をかみ締めている。

「う…そだろお?マサキは・・・マサキは・・・。」

アキラはつぶやくように繰り返し、繰り返しその<大切な人>の名を呼んだ。それでも返事は返ってこなかった。


空がこの上なく青く澄んでいた日

その戦いの覇者GOLDEN EYESは

悲しみに明け暮れた

導いてくれた龍の存在を

今更のごとくに思い知らされた


やがてGOLDEN EYSは

戦友と共に帰路につく

船は大きく帆を広げ

波は彼らをむかえいれるが

二人の戦士が 癒されることはないだろう

二人の待ち望む

たった一つの存在を 除いては



二人だけでアトリアに帰った。帰りはほとんど寄港せずに帰ったのに丸1ヶ月かかった。

海流に逆らうせいもあったが、風にうまく乗らないのも原因の一つだった。

「着いたぞ、アキラ。」

シンジがアキラに声をかけた。が、ほとんど上の空。

約3ヶ月ぶりの故郷アトリアも、なぜか古ぼけてみえる。

「・・・。降りろよ、帰ってきたんだぞ?」

「・・・。」

アキラは無言で港に降り立った。

港の人々が一瞬ざわめいた。

「アキリア王子だ!」

「王子だよ。」

「GOLDEN EYESだ。」

次の瞬間、アキラは人々の割れるような歓声に包まれていた。

「王子様のご帰還だ!はやく王宮に知らせを!」

「え?」

アキラとシンジは訳が分からないまま人々にたたえられ、敬われていた。

いったいなにが起きたんだ?

「シンジ!」

その時、人込みの中からいかにも身分の高そうな服をまとった男性が飛び出してきた。歳はウェスタ王と同じくらい。だが、アキラにははっきりと分かった。

「親父。」

シンジが少しだけ顔を曇らせた。

3ヶ月ぶりの親子の対面。が、シンジはうかない顔をしていた。叱られる。シンジはとっさにそう思った。が、実際は違っていた。

「よくやった。シンジ。無事で何よりだ・・・。」

えっ?

「お、親父・・・?」

「お前の働きはすべて、王様から直々にうかがった。王子につき、龍に優るとも劣らない働きぶりであった・・・とな。」

「ヴァンドルさんとこの自慢の息子だもんな。」

周りの誰かがちゃちゃを入れる。

自慢の息子。そんな事、今まで聞いたこともなかった。

何事にも厳しく、シンジを叱ってばかりいた親父・・・。

「親父。・・・ありがと。」

シンジはぽそっと言った。

シンジの親父もそれに答えるように大きくうなずいた。

「それでこそ、俺の息子だ。」

その光景を見守っていたアキラも、今まで麻痺したように動かなかった感情が少しだけ震えた気がした。

「アキリア王子!」

アトリア駐在の国王軍兵士がやってきた。

「王宮までお送りいたします!」

王宮・・・。ウェスタ王は、女王アークルはどうしているだろう。

アキラの頭の中は王宮のことでいっぱいになった。



アキラは王宮の門をくぐった。

「帰ってきたんだ・・・。」

マサキとここを抜け出してから約3ヶ月。その時のことがまるで昨日のことのように思い出せる。

警備兵をうまくやり過ごして黄金を盗みだし、二人で城壁を超えた。あの時の達成感はなにものにも代え難いものがあった。


<アキラ>はまず風呂に入れられ、服を着替えさせられ、装飾品なんかもじゃらじゃらと付けさせられてから王の間に通された。

「アキリア!」

王と女王が同時に叫んだ。

「ただいま戻りました。」

<アキリア>は片膝を突いて、深く礼をした。

「お前は運命を乗り越えられたのか?」

「はい。もうすでにお耳には入っていると存じますが、闇龍・ビルラを水龍・光龍のお力添えのもとに撃破し、完全に消滅させることに成功しました。」

「うむ。そうか。よくやったぞ、アキリア。」

消滅・・・。そう、マサキもいっしょに・・・。

アキリアのくらい顔を見取ったのか、王はその場の兵士に声をかけた。

「おぬしらは下がっておってくれ。」

「はっ。」

ぴしっと敬礼をすると、警備兵たちは部屋を出ていった。

それを見届けたウェスタは、静かな声でこう言った。

「お前が、この旅でどんなことを見、どんなことを聞き、どんなことを学んだのか、わたしは知らない。もちろん、引き換えに失ったものもあるだろう。辛かっただろう。本当にご苦労だった。」

失ったもの・・・。

「ウェスタ王・・・それが・・・導きの龍が・・・。」

「アキリア。無理をしなくてもよいのですよ。」

アークルがやさしく言った。

「王子だろうと、GOLDEN EYESだろうと辛いものはつらいのです。」

アークルは席を立った。

アークルはその細い腕で、息子を抱きしめた。

「よくがんばったわね。えらかったわ…。」

「アーク…。」

アキリアはそう呼ぼうとしてはっとした。

「母さん・・・。」

アキリアの瞳から涙が零れ落ちた。

マサキを失ったと気付いた時、あんなにがんばってこらえていたのに。

「ただいま、父さん、母さん・・・。」

その日アキリアは久しぶりに、自分の部屋の、自分のベッドでゆっくりと休んだ。




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