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EYES  作者: 早村友裕
13/16

13.闇の予感


「何だよ、突然!」

シンジはランダムの横暴ぶりをののしった。

連れてこられたのは、おそらく弓の練習場。

「キチ島から来たそうだな。」

「ああ、そうだ。っていっても生まれはアトリアだけどな。」

「この弓・・・セバー=ロージスからもらったのか?」

「セバー?誰だ?それ。」

シンジは記憶をたどったが、<セバー>という名前は見当たらない。

「この弓は母さんの形見だ。セバーって奴からもらったわけじゃねえ。」

「お前の・・・母親?」

「そうだ。去年死んじまったけどな。俺に弓を教えてくれた・・・すげえ弓矢が得意だったんだ。」

シンジに母の面影がよみがえる。

もともとからだが弱く外に出る機会も少なかったが、それでも弓矢の腕は最高だった。

「なぜだ・・・。」

「は?」

「なぜ、私ではなかったのだ・・・。」

「はい?」

ランダムは憎々しげにその弓を見つめた。

「お前はこの弓がどんなものなのかを知らないようだな。」

「だから、これは母さんの形見・・・」

「俺はお前が憎い。」

「!」

ランダムの瞳に憎しみがこもった。

シンジは動けない。ヘビに射すくめられたカエル・・・まさにそんな状況だ。

「なんでだよ、俺が・・・何か悪いことしたか?!」

勇気を振り絞って、腹の底から声を出す。訳もなく憎まれるなんて、ふに落ちない。

「お前の存在が気に食わない!」

存在?俺の存在?俺は生きてちゃいけねーってことか?

わけの分からない答えに、シンジは一瞬ランダムへの恐怖を忘れた。

「お前がいることが憎い。お前の力が憎い。お前だけじゃない。何の苦労もせずに力を持って生まれた王子も・・・あの龍もだ。お前らが・・・憎い・・・。」

「っざけんじゃねえ!」

次の瞬間には怖さが吹っ飛んでいた。

シンジは自分でもびっくりするような声で叫んでいた。

「何がどうなってんだか知らねーけどなあ、俺はお前なんかに憎まれる筋合いねーよ!俺の存在が気に食わないだあ?!んなことなんでてめーに言われなくちゃだめなんだよっ!俺の存在を否定していいのは、俺だけだっ。他人にとやかく言われる事じゃねえ!」

どんなに逃げても、俺は俺でしかない。

それがこの旅を通して得たシンジなりの答えだった。それを、このわけ分からんおっさんは自分の勝手で否定しやがった。

「しかも俺が苦労してないだと?!確かに俺より長く生きてるお前と比べりゃーまだまだかもしんねーけど、べつに今までのほほんと生きてきたわけじゃないんだぞ?!」

マサキのことが、アキラのことが頭の中をよぎる。

「アキラもそうだ。あいつだってGOLDEN EYESとして力を持ったからには、それなりのリスクを背負ってるんだ。マサキだって・・・。」

いっぱい涙をためていた大きな瞳を思い出す。

苦労してないわけがない。あんなにも苦しんでいるのに・・・。

「あいつだって、とんでもないものを持ってるんだよ!あんなにも弱いのに、精いっぱいやってるんだ。」

シンジはその強い意志を秘めた青瞳で、ランダムを見上げた。もう怖くない。相手が自分よりも大きな力を持っていようと、怖くない。

今は怖さよりも、怒りがシンジの感情を支配していた。

ランダムは思いがけぬシンジの反撃に言葉を失った。

「・・・!」

「俺はお前がどんなに苦労したのかは知らないっ!」

分かりたくもない。

「この弓がどんなものなのかも知らないっ!」

知らなくてもいい。

「お前がなんで俺のことを憎んでるのかも知らないっっ!」

そんなことどうだっていい!

「でもなあ・・・お前がアキラやマサキのことを否定するんだったら、俺はお前を許さない!!」

GOLDEN EYESとして、めちゃくちゃな義務を負ったアキラ。それに巻き込まれて苦しんでいるマサキ。自分の力がビルラに及ばないことに、肩を落としたウィオラ。ダークネスシールドを解除できないことを悔やんだフィルラの悲しげな横顔・・・。

みんなできないことをやろうとして、がむしゃらに突っ走っている。

「・・・聞いてくれるか・・・?」

「何をだ?!いまさら何を聞けっていうんだ?!」

「私のことを・・・私の人生を・・・。」

そう言ったランダムの表情があまりにも悲痛だった。が、シンジは一度起こった怒りをやすやすと静められるほど器用ではない。

どうでもいいような口調で言い放った。

「しゃべるのは勝手だ。俺が聞くかどうかは別としてな。」

今のランダムに最初の頃の威圧感はない。ただ、何かを見失っている弱い、弱い生き物がそこにいた。

大きく見えた身体も、今は顔に刻まれた深いしわと同じように、小さく縮んでみえる。

「聞いて・・・くれるのか。」

「言ったろ?勝手にしろって。」


「マサキさんは、これをお使いください。」

テミストクレスが一降りの剣を渡した。

マサキの手に渡った・・・と思ったら、マサキは一瞬でその剣を取り落とした。

「ガシャーン」

「!ごっ、ごめんなさい!」

慌てて剣を拾い上げるマサキ。

「あんまりにも重かったから・・・。」

「重い?この剣が?」

確かに剣というのはかなり重いものだ。それでも、マサキなら重くて落としてしまうなんてことないはずだが・・・?

「大丈夫か?マサキ。」

「うん。」

確かに重そうだ。両手で抱えるようにして剣の重量を支えている。

これじゃあ、剣を使うどころか持つのさえままならない。使えっていうのは無理だろう。

「こっち使うか?」

アキラは自分が持っていた軽い方の剣をマサキに差し出した。

「そっちの方が軽い?」

「少なくともそれよりはな。」

「じゃ、貸して。」

マサキはつい今しがたテミストクレスから受け取った剣を地面に置くと、アキラの剣を受け取った。

「あは、ほんとだ。軽いや。」

マサキはアキラの剣をとると、嬉しそうに言った。

「じゃ、そっちにしよう。」

アキラはもう一本の方を手に取った。

「使い方は知ってるのか?」

「知らない。」

とか言いつつすでに剣身をさやから抜き取り、切れ味のよさそうなその刃をじっと見詰めている。

「何か…思い出しそうだ。」

マサキが小さくつぶやいた。

「何?!何を思い出しそうなんだ?!」

アキラは食って掛かるような勢いでマサキに詰め寄った。

「分かんねえよお…。」

マサキはちょっと引きぎみに言う。

「あ、そ、そうだよな。」

無理に引き戻すのは止めるって決めたっけ。

「何だろなー。」

マサキはすっと剣を構えた。

「!」

その構えを見たテミストクレスの表情が変わる。

「王子!この者はどこで剣を習ったのですか?!」

「え?基本だけは俺が…。」

「いえ、王子ではありません!王子とは違う構えです!これは…。」

テミストクレスはアキラをかばうようにしてたった。

「ミラジアリナの兵が使う剣術です。」

「え?!」

「まさか?!」

マサキは驚いて目を丸くした。

アキラだって驚いている。マサキがミラジアリナの剣を使うだなんて!

「テミストクレス、それは何かの間違いだ!マサキはずっと王宮にいて…。」

「ええ。私も知っておりますよ、王子。」

「何だって?!」

テミストクレスはマサキのことを知っていた?!

「恐れ多くも私はこの国の国軍隊長…。導きの龍が王宮にいることは知らされておりました。お会いしたことはありませんが、マサキさんのことはよくよくうわさに聞いております。そして、王からうかがった話では、龍にはまったく、武術を教えてはいないということ…。そうなれば、この者は、導きの龍ではない。」

「カシーン」

マサキは手にしていた剣を取り落とした。

「お前は、何者だ?!」

「!」

マサキはさっと青ざめると、その場から駆け出した。

「待て!」

マサキを追ってかけだそうとしたテミストクレスをアキラは怒鳴りつけた。

「ばかやろう!何てこと言うんだ!テミストクレス!」

「王子、ですが…。」

「あいつはマサキだ!誰が何と言おうと、マサキなんだよ!」

「そ、その言葉づかいは…。」

テミストクレスはアキラの剣幕と、態度の豹変にうろたえる。

「マサキに謝れ!」

アキラはそう言い放つとマサキを追って駆け出した。

「マサキ!」

<お前があいつを信じてやらなきゃ、誰が信じるんだ?>

「ちっくしょうっ。」

長い廊下に、すでにマサキの姿はない。

どこへ行ったんだ?!

「マサキー!!」

耳を澄ます。聞こえた。マサキの足音!

全速力で駆け出した。これ以上は速く走れないくらい。

「いた!」

すぐにマサキの後ろ姿を発見できる。

「マサキ!」

マサキがはっとして振り返る。その目は涙で埋まっていた。

「!」

アキラも思わず立ち止まる。

二人の間にいくらか時間が流れた。

「どうしたの…?」

先に口を開いたのはマサキだ。

「何で俺を追っかけてきたの…?」

「何でって…。」

「俺はマサキじゃないんだろう?」

「違う!」

アキラは強く否定した。

「違う!お前はマサキだ!」

アキラはマサキに近づいていった。

「お前は、マサキだ。だって俺のこと、何度も助けてくれたろう?」

「何で…?」

マサキはアキラから逃げるように一歩、一歩後ろに下がっていく。

が、やがて壁にあたった。

「何でだよ?!何で俺が<導きの龍>なんだよ?!」

「!」

「他にも…人間はたくさんいるのに…何で…俺…が…。」

マサキはずるずると座り込んだ。

あふれてくる涙を拭こうともしなかった。

「なあ、教えてくれよお…。アキ…ラ…。」

大きな黒い瞳と青い瞳。

アキラは釘付けになった。マサキから目が離せない。

「何でお前はGOLDEN EYESなんだ?」

「そんなの…。」

<わからない>と言おうとしてアキラは口をつぐんだ。分からないという答えでマサキは満足するのだろうか。この間マサキの親について聞かれたとき、アキラは何も答えられない自分がもどかしかった。この問いには答えてやりたい。

でも…。

「わからないよ。そんなこと…。」

アキラにそんな事が分かるはずがない。

何で自分がここにいるかなんて。何で自分がGOLDEN EYESになったかなんて。何でマサキが導きの龍かだなんて…。

「わからない、でいいんじゃないのか?なあ、マサキ。」

アキラは涙いっぱいの目で見上げたマサキと目線を合わせるためにしゃがんだ。

マサキの顔が近づいた。

「わかったって、何にもうれしくない。<ああそうなのか>って思うだけだろ?だったら知らなくっていい。」

「…。」

「マサキが悩んだり苦しんだりしてるとこ、見たくない。だから、考えるなよ。」

マサキはうつむいた。肩が小さく震えている。

アキラはじっとマサキが顔を上げるのを待った。


「私は、25という若さですでに弓兵隊長を任されていた。あの頃の私は、おごり、高ぶり、人をさげすんでいた。私ほど弓の使えるものは他にはない…と。自分こそが最高の弓の使い手だと思っていた。」

ランダムは静かに自分の過去を語りだした。

その落ち着いた声の響きでシンジは心の底にある怒りが薄れていくのが分かった。

「その当時の総隊長はセバー=ロージスだった。なんでもキチ島のある部落の長の血を引く妖力者なんだそうだった。」

「長?」

もしかして、セバーって…。

「その部落はキチ島の中でもとくに力が強かったそうだ。実質デルタスの妖力者たちのトップだったんだろうな。そして私は、その部落に伝わる弓がある事を知った。選ばれたものだけが使えるという、不思議な弓だ。私はその弓を引けるのは自分しかいないと思った。そしてキチ島に出向き、挑戦したのだ。」

「その弓って、俺の弓のことか?」

「そうだ。しかし、私には使えなかった。弦をひくことがどうしてもできなかったのだ。それなのに、だ。」

ランダムの瞳に憎しみが戻ってきた。

「セバーの娘だとかいう少女は、俺の目の前でいとも簡単に弓をひいたのだ。」

我が目を疑った。自分がどんなに力を入れても動かなかった弦が、まだ年端もいかない少女の手でやすやすとひかれたのだ。

「その時の俺の気持ちがお前に分かるか?!弓兵隊長として、一人の戦士として完全な敗北を喫した、私の惨めさが!」

シンジは黙っていた。

別に、このじいさんの話を、反抗せずにまじめに聞こうと思っていたわけではない。何も言えなかったのだ。このじいさんの気持ちが痛いほど分かってしまったから・・・。

「戦士としてのプライドをずたずたにされた私は、弓の訓練に明け暮れた。」

朝も、昼も夜も弓を引き続ける毎日。指先のまめは何度もつぶれ、弓の弦が血に染まる。

何十年もかけて、失いかけた自信をようやく取り戻そうとしていた。この年になって、やっと自分の力を信じられるようになっていた。

「それなのに、お前が来た…。お前はその弓を持っていた。」

ランダムは必死に自分の感情を抑制していた。

ともすればシンジに降りかかるかもしれない感情を押さえこむために。

「そりゃあ悪かったな。」

こっちはすっかり頭の冷えたシンジが、あっけカランといった。

「は?」

ランダムがわけの分からない表情でシンジを見る。

「なんかさっきから話聞いてっとやっぱり俺が悪いみたいだから謝る。ごめん。」

シンジは頭を下げた。

「お前は…。」

ランダムはあきれた。

いったいどういうつもりだ。王子を否定するなとか何とか言っときながら、理由を知ったらあっさり態度かえやがった。感情を押し殺そうとしている自分が馬鹿みたいじゃないか。

「でもよお、じーさん。俺のことを憎むならいいけどアキラやマサキまで悪く言うなよな!」

シンジはいつものようににーっと笑った。

「…。」

なんだかさっきまでこいつを憎んでいたことがどうでもよくなってきた。

こいつは、突然怒ったかと思えばもう今は笑っている。周りが何を考えてようと、何に悩んでようと、どうでもいいってわけか?まったくこいつは…。

「ふふ…はっはっは!」

ランダムは何もかもが吹っ切れて笑い出してしまった。笑ったのは、何十年ぶりだろう。

何十年もわだかまっていた心の奥の憎しみが一瞬でどこかへ飛んでいってしまった。こんなに簡単なことだったなんて。

「?どうしたんだよ、じーさん。」

なぜこいつが弓を持ったか分かる気がする。

ランダムは自分につられてとうとう笑い出したシンジを見ながら思った。

こいつなら、この弓を持っていても許せる。心の底からそう思った。


「アキラァ…。」

マサキがやっと顔を上げた。

「ごめんな・・・。」

「?何で?」

「さんざんわがまま言ったから。・・・怒った?」

マサキはちょっと上目遣いでアキラを見た。

「いや、怒ってない。」

アキラはマサキに微笑んだ。

マサキもつられてにっこり笑った。

「さあ、テミストクレスの所に戻ろうか。」

「うん。」

マサキは立ち上がった。

アキラは先に立って歩き出した。

「アキラ。」

「ん?」

マサキは後ろからアキラにささやいた。

「ありがとう。」

「?」

「俺のこと・・・信じててくれて。」

「当たり前だろ?お前はマサキなんだから。」

アキラはくるっと振り向いた。

「それより、戻ったら剣の練習しよう。お前も剣くらい使えないといつ危険になるかわかんねえもんな。」

「えー。」

マサキは嫌そうな顔。

「俺、あのおっさん苦手だ。・・・きびしそうだし。」

「ああ。テミストクレスの練習はきついぞー。」

「うー。」

マサキがもろに嫌そうな顔を見せる。

「がんばるぞ。俺も。マサキもいっしょに強くなろうぜ。」

アキラはマサキの肩に手を置いた。

「俺も、剣使えるようになるかな?」

「なるさ。お前、才能あるから。」

「へー。才能・・・ね。」

マサキに勝ち気な笑みが戻ってきた。

「だったら、ちょっとがんばってみるかな。」

よかった。マサキが元のマサキに戻りかけている。

少しづつでいいから、いつかはもとのマサキに戻るだろうか?

「よおし、じゃ、俺が特訓してやろう。」

「うげえっ。」

「何だ、その反応。」

「だって・・・アキラも入るとさらにきつそう・・・。」

マサキはいやそーな顔をする。

「大丈夫さ。」

アキラはマサキに微笑みかける。

よかったな マサキ・・・。

「ウィオラ?」

突然にウィオラの声が響く。

きっと、もうすぐ思い出せる。

「・・・そうだな。」

マサキは自分の中にいるウィオラを抱きしめるつもりで自分の肩を抱いた。

「ありがと、ウィオラ。」

「ウィオラの声・・・聞こえたのか?」

「ああ。」

マサキは優しい目をして言った。

「ウィオラ・・・いいやつだな。俺、ウィオラのこと好きだ・・・。」

穏やかな表情。本当に安心した、やすらかな顔。

初めてみた。マサキのこんな表情。

「俺、導きの龍でよかったかもしんない・・・。」

二人はテミストクレスの待つ闘技場へ戻った。

「テミストクレス。」

「王子!」

「ごめんなさい。テミストクレスさん。」

マサキがしっかりとした声で謝った。

「こちらこそ、すまなかった。」

アキラは、嬉しそうに笑った。

「今度こそ、練習しようぜ。」


「では、改めてもう一度。マサキさん、剣を構えてみてくれますか?」

「はい。」

マサキは<Arkle>の剣をすっと構えた。

「うーん・・・。」

どうみてもミラジアリナの構えなんですがね・・・。とテミストクレスは心の中でつぶやく。

「まあ、いいでしょう。では、木剣に持ち替えてください。」

「えっ?何で?」

「何言ってるんですか?!真剣を使うと危険です!怪我をしたらどうするんですっ?!取り返しの付かないことになりますよ?!」

テミストクレスはすごい剣幕でマサキに詰め寄った。

「はい、すいません、私が悪うございましたっ。」

マサキはひきつつもちょっと怒ったような声で言い返した。

そう言えばこの間マサキと練習した時は、真剣でやってたな。よく考えたら危ないことしてたもんだ。

「王子、すみませんが先にマサキさんの力を見たいのですが、いいですか?」

「ああ、俺は後でもいいよ。」

テミストクレスは木刀を構えた。マサキの木刀を握る手にも力が入る。緊迫した時間が過ぎていく。

マサキさんが剣を持つのは本当に初めてか?

隙のない構えにテミストクレスは困惑した。切っ先がじりじりと間合いを詰めていく。

「やあっ!」

わざとおおきな声をだし、わざと大きな動きでマサキに打ち込んだ。それもかなりゆっくり、手加減して。

「うわあっ。」

悲鳴を上げながらもなんとか受け止めている。が、しかし、かなり力を込めているらしく、マサキの顔が歪み、額に汗が滲む。

何しろ、手加減しているとはいってもテミストクレスの太刀は尋常の強さではない。

「お願いです、もうちょっと手加減してください・・・。」

そのままの体勢でマサキが声を絞り出す。

「ふむ。」

マサキの太刀筋を見ていたテミストクレスは不意に木刀を引っ込めた。

「わああっ、と。」

勢いあまって前向きに倒れこむマサキ。

「体力不足ですな。単に。筋はいいと思いますよ。」

「そうか。」

体力不足・・・というか、ダークネス・シールドのせいで、疲労しているんだろう。

アキラは腕に巻かれた金色の布をちらっと見やった。

「マサキさん。本気で剣の使い方を学ぶ気は有りますか?」

「・・・正直なとこ、あんまりない・・・。」

「おいおい。」

やる気なかったのか。

「そうですか・・・。では、何かやってみたい武器はありますか?」

「うーん・・・。珍しい武器を使いたいな。誰も使えないようなの。」

「珍しい・・・ですか?」

うーん、とテミストクレスが悩む。

「ほら、あれはどうだ?<ジュノソード>といったか?」

アキラは一度見たことがあった。東方から伝わった武器で、ティラの使っていた投擲に似ている。面白いのはその形。平たく、四方にそれぞれ刃が付いている。投げて回転させる武器だ。(手裏剣のこと)

「ジュノソードですか?」

テミストクレスはちょっと首をひねったが、

「そうですね。マサキさん、ジュノソードをやってみましょう。」

「ジュノソード?」

「はい。この島に今いる者の中で、ジュノソードが使えるのはハトリだけです。今ならおそらく見張り台の方にいるはずです。」

「じゃ、行ってみる。アキラは、練習してて!」

マサキは言うが速いかその場から駆け出した。

その後ろ姿を見て、テミストクレスは小さくため息を付いた。

「どうした?テミストクレス。」

「いえ・・・マサキさんが本気で剣を学んだらすばらしい使い手になるでしょうに・・・。」

「あいつは気まぐれだから。そのうち剣にも興味を持つかもしれない。」

アキラはマサキの性格を思って苦笑した。


それから、あっという間に一週間。

マサキはハトリのもとでジュノソードを学んでいる(そこそこ使えるようになったらしい)。アキラのダブル・サーベルはテミストクレスの指導のもと、今まで以上に実用性を増した。(もともとダブル・サーベルでは剣を片手に一本づつ持つため、体力が長続きしないのが欠点だった)シンジもランダムと和解し、さらに腕を上げたようだ。そして、いつしか本当の目的のビルラを忘れかけていた頃だった。

いつもと同じ朝。いつものように起きてマサキは闘技場へ向かった。

「おはよ、アキラ。」

マサキより早く起きてテミストクレスと打ち合っているアキラに声をかける。

「あ、マサキ。シンジ呼んできてくれねえか?」

「ああ。」

マサキはシンジが寝ている部屋に向おうと、向きを変えた。

・・・ もうすぐだ・・・

「?!」

ウィオラではない声が、頭の中に響いてきた。頭の中でキンキン響いて、マサキを苦しめる。

思わず膝を突いてしまった。

「マサキ?!」

その様子に気づいたアキラが慌てて駆け寄る。

・・・ もうすぐ わたしは つよくなる いままでよりずっと ・・・

マサキは、頭の痛みとは別に、自分の中で膨れ上がりつつある巨大な闇の気配を感じ取っていた。左肩のに巻いた金色の布の上から刻印を押え込む。もちろんそんな事をしても<声>が消えるわけではない。マサキは必死で意識を保とうとしていた。

駆け寄ったアキラはマサキの手が左肩にかけられているのを見て、即座に判断した。

「テミストクレス!マサキを頼む!」

「は、はいっ。」

テミストクレスは何がなんだか分からないままアキラに言われた通りにマサキに駆け寄る。

アキラはシンジの部屋に駆け込む。

「起きろ!シンジ!」

返事なし。

「起きろっての!」

アキラはもう一度大きな声を出した。

「んああ・・・?」

眠たそーな顔でシンジが上体を起こす。

「今すぐビウィーラにいくぞ!」

「ふあ?」

ちょっとだけ目が覚めたらしい。

伸びかけた腕をぴたっと止めて、シンジがアキラを見た。

「マサキが・・・限界だ。」

「!」

今度は完全に目が覚めた。

と、ついでにベッドから転がり落ちてしまった。

「ガタガタン!」

「だ、大丈夫か、シンジ?」

「ってて・・・。ああなんとか。・・・取り合えず俺は港へ向かう。マサキを連れてすぐに来い!」

シンジはさっと立ち上がると、すぐそこにおいてあった弓を荒っぽくつかんでそのまま駆けていってしまった。

アキラもすぐに闘技場へ向かう。

「マサキ!」

「王子!龍はどうされたのですか?突然苦しみだして・・・。」

テミストクレスの言葉を無視してアキラは膝を突いているマサキの顔を覗き込んだ。

マサキがアキラの視線に気づいて苦しげな声を漏らす。

「アキラ・・・ビルラが・・・起きた・・・。やば・・・い。」

「わかった。そのまま意識をしっかり持ってろ。」

意識をなくした時は、ビルラが復活する時だろうからな。

アキラは心の中でそうつけくわえた。

「テミストクレス。ここからビウィーラまでどのくらいかかる?!」

「ビ、ビウィーラですか?たしか一週間もあれば・・・。」

「わかった。」

アキラはマサキを抱きかかえた。

「テミストクレス、すまないがこれで失礼する。時間がない。今度あった時に事情を説明する。」

「はあ?」

「またな。達者で暮らせよ。」

アキラはそう言い残すと、まさに電光石火のごとく姿を消した。

「・・・。」

事情を飲み込めないテミストクレス一人が闘技場にたたずんでいた。


「シンジッ。」

「アキラ!早く乗れ!」

「ちょ、ちょっと王子!どこへいかれるんですか?!」

一週間前この島に上陸した時にいきなり短槍を突きつけたこの男、ハトリは船を出す気だと知ると慌てて駆け寄ってきた。

「もう行く。時間がないんだ。」

アキラはただそれだけを答えた。

「えっ?ちょ、ちょっとお・・・。」

ハトリが慌てふためいている間に、船は岸を離れる。

「あっ!待ってくださいよ!何があったんですかっ?!」

ハトリの叫びに返答はない。

「おーーい。」

なんとなく、おいてけぼり。

ハトリはなんだか悲しくなった。

「おおーーーい!!」




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