終わることの意義
さいご
指が動くことの意義がある、指が働いているとそのまま終わることが出来る。
指を動かし始めたのがいつからだったろうか、人間として意識されることもなく指からさきに入って動いている状態が続いている、まともに文章に向き合ったことがない、むしろ指の動きが物事を紡ぐ最低限の示しとなっていた、もうかれこれなにもしたくない状態が続いて近いところがある、僕らは基本として何もしたくないというのが基調なのであり、それが終わることなく続いているともいえる。
何もしたくない、何もやる気がない、脱力感、そこからちょっと遊べそうな気がする、もう少し遊んでもいい気がする、無力感からの揺らぎ、まあ今日も遊ぼうか、ちょっと遊んでみようか、遊べたことの意義をまとめる時期に入る、けれどその全部に答えはない、綴られる物事は多いけれど、互いに関与しないし、互いに理解もしない、他者、究極には他者であって、それ以上のことはない、指を動かすことにおいての他者であって、他人の手を見ても、自分の手を見ても同じである、だれもが意味を持っていないし、そこには不明瞭な動きを示す指の示ししか存在していない。
このことから僕らは指を動かしても答えにはたどり着けないことも多いのだが、それでもなおも指の連続をやめないのは純粋には指を動かすことが何かのためになると思えて仕方がないからだろう、僕らはそんなに長い物語を有してはいない、むしろ無数のあまり必要のない、連続をやるなかで構成された文面をまた思い出して、その中にストーリーを見出そうとするが、それこそ電子計算機の連動でしかなく、そこに人間性があるとは言い難いのだ。
文字列に意志がないのは指に心が宿っていないからだといえる。
おわり




