三話 ほたる
島に流れ着いて、泥のように眠り、再び目を覚ましたとき、ほたるは目を開くと、チカを見て、驚き、それから安堵の顔を浮かべた。それから、あたりを見渡して、
「どこや」
とがらがらの声で尋ねるので、
「知らん」
と言った。チカの声もがらがらだった。
「みんなは」
「知らんわ」
繰り返すと、ほたるは、首をぐるぐると回してうなった。しばらくそうしていたが、油が切れたように、首をかくんと後ろにそらした。空を仰ぐ形で、
「えらいなあ」
とつぶやいた。そして、また砂浜に倒れ込んだ。チカはうろんな目でほたるを見て、そして、無視をした。それでいて、人の感覚があることに安堵も覚えていた。
それから二人は、散策し、空腹と渇きを癒し、狼煙を上げた。石を何個も積み上げて、その中に拾ってきた木の枝を入れた。火なんて、つけられるのかわからなかったが、どこで知っていたのか、ほたるがつけた。幸い、木はよく燃えてくれた。煙は、空高くへ上っていった。
煙の上っていく様を見ながら、チカは泣いた。ようやく、実感というものが、襲ってきていた。どことも知らぬこの島で、二人ぼっちなのだ。
ほたるが、チカの背をさすろうと手を伸ばしてきた。チカはそれを振り払った。慰めてほしくて泣いたんじゃなかった。ただ、泣いたから、泣いたのだ。
ほたるは、何か言いたげな顔をした。しかし、考えるのが面倒になったのか、下唇をつきだし、煙を見上げた。
そうして、二人の遭難生活は始まった。
◇
貝殻をぼんやりと眺めていると、ほたるが走ってきた。
「チカ」
そう言って、チカの隣にしゃがみこんできた。用もないのに呼ぶな。そうチカは思った。
チカにとって、ほたると一緒にいることが、幸なのか不幸なのか、わからない。むろん、孤独や生活の益という意味では、幸と言えよう。しかし、やはり感情としては不幸だった。
「さっささっさ、行かんといてえさ」
ほたるは撫でるような声を使う。そんな声を使うほたるを、チカは知らない。目をそらしたが、にた、にた、とほたるは笑っている。
これは、異性に使う態度だ。ほたるの変化とその意味がわかった瞬間、チカは決まりが悪く、落ち着かなくなった。今、男子と一緒にいるのだという、特有の気まずさをわかせた。同時に、自分たちの中の何かが変わってしまったような、空虚ないらだちを覚えた。
気持ち悪くなりよって、チカは内心で毒づく。
ほたるとは、五歳からの幼なじみだった。けれど、ここ四年、つき合いはなかった。
だから、チカはほたるとの距離感が、わからなかった。他人よりも馴れがあるが、四年もつき合いがなければ、ほたるという人間がどうなっているかも、本当のところはわからない。それは、チカにほたるへの忌避感を抱かせた。しかし一方で、馴れがあるので、ほかの人間の様に距離をとることができないのだ。