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山盛りドーナツと助言


「何なんですか?」

 

 恨みを込めた視線を向けるが、まったく気にした様子のない相手にリリアンヌは眉をひそめた。

 

「思い詰めている時にやると、失敗するぞ」

「何言って……」

 

 真剣な表情で言われ、戸惑った。

 もしかしたら、今からやろうとしていることが間違いなのではないか。そんな不安に襲われる。

 

「言ってみろ。少しは楽になる」

「何よ、偉そうに……」

 

 ボソリと呟いた言葉はローゼンの耳にも届いたが、やっぱり気にした様子はない。

 

(心配してくれてる……んだよね?)

 

 親身なようで、どことなく他人事な雰囲気に、言ってしまおうか……と心が揺れる。

 

「朝飯は食べたか?」

「いえ……」

 

 家族の分は作ったが、どうしても食欲がわかなくて食べられなかった。


(何でそんなこと聞くの?)


 サボろうと言ってみたり、朝食について聞いてみたり、一体何がしたいのか。リリアンヌには、さっぱり分からなかった。

 

「腹が減ると、(ろく)なことを考えなくなる。まずは腹ごしらえだな」

「大丈夫です」

「駄目だ。病気で食べられないわけじゃないなら、食べるべきだ」

「本当に大丈夫ですから!!」

 

(外食するなんて、お金がもったいない。そのお金があるなら、マークに何か買ってあげたい)

 

 強く言ってしまったことを申し訳なく思うが、強引なローゼンも悪いとリリアンヌは思った。

 絶対に行かないという強い意思を感じ、ローゼンは少し考えると作戦を変えた。

 

「……行ってみたい店があるんだが、男一人では入れないから付き合ってくれないか?」

「嘘でしょ」

「まぁ、そうだな」

「何で、そんなに良くしてくれるのよ」

 

(ローゼンの前では、もう取り繕ってない。あなたが好きなリリアンヌはどこにもいないのよ)

 

「興味があるから……だな」

「それも、嘘でしょ」

「何にやさぐれてるのか知らないが、俺の気持ちを決めつけるなよ」

 

 言い返すことができず、噛み締めそうになった唇に、またローゼンが触れた。

 

「子どもみたいだな」

「うっさい」


「令嬢らしくもないな」

「ほっといて」

 

「腹減ったな」

「私は空いてない」

「俺は空いた。どうせ暇だろ? 付き合えよ」

 

(どうせ暇って、学校に本気で行かない気?)

 

「ローゼン様って、案外不真面目なんですね」

「そうか? サボるくらい、たまにはいいだろ。死ぬわけじゃあるまいし」

 

 嫌味を込めたのに、あっけらかんと返された。

 リリアンヌの手首をローゼンは再び掴むと歩き出す。

 さっきと違うのは、歩くペースがリリアンヌに合わされていること。


「うまい店、知ってるか?」

「……甘いもの、食べれます?」

「何でも食える」

「庶民の店ですけど、いいですよね?」


(どうせ付き合うなら、利益に貢献してもらうわよ)


 リリアンヌは、この世界にはなかったお菓子の作り方を提供し、その利益の一部をもらっている。

 学生という身分で働くのは難しいが、リリアンヌも家族のために奮闘していた。

 頑張っていたことは、イザベルを救うためのハーレムエンドに向けての攻略だけではなかったのだ。

 少しでも家の負担を減らそうと、頑張って勉強をして特待生にもなっている。ヒロインというだけあり、ポテンシャルは高かったが、努力し続けたリリアンヌだから特待生という狭き門をくぐれた。


 頑張ってきたのだ。

 けれど、リリアンヌは自分の頑張りを認めていない。

 間違えたかもしれない。それでも、積み重ねてきた。


(何を思い詰めてるんだか……)


 ローゼンはリリアンヌが大人しくついてきたことに、安堵の息を吐く。

 最初は断ったリリアンヌの護衛。

 けれど、学園に行かせなくて良かったとローゼンは思う。


(珍しく殿下が素で話せる相手だ。守らないとな……)


 守るのは身体だけではない。心も守れなければ、意味がないとローゼンは考えている。

 

「何の店に行くんだ?」

「ドーナツです」

「……ドーナツ?」

「美味しくて、びっくりしますよ」

 

 知らない単語に首を傾げるローゼンに、リリアンヌは笑った。

 思い詰めていた表情が緩んだことに、ローゼンも小さく笑みを浮かべた。





「止めた方がいい」


 リリアンヌが謝罪をしたいと思っていることを聞き出し、ローゼンは淡々と言った。

 その手にはドーナツがあり、テーブルには山のようなドーナツが並べられている。

 リリアンヌの前にもローゼンが頼んだドーナツがあるが、皿がカラになるとすぐに次のを乗せられるため、手を付けるのを止めた。


「私もそんなに食べるのは止めた方がいいと思います」


(うっ……。見てるだけで、胸焼けしそう……)


 真剣な話をしているはずなのに、ドーナツの視覚的暴力が凄すぎて、意識がそちらに向いてしまう。


「次、いつ食えるか分からないからな」

「また来たらいいじゃないですか。テイクアウトもしていますよ」

「本当か!?」


 嬉しそうに瞳を輝かせるローゼンに、やっぱりゲームと現実は違うな……とリリアンヌは思う。


(そういう描写がなかっただけかもしれないけど、ローゼンって甘いものを食べてた印象がないんだよね。すべてを描くのは無理だし、生きてるのだから違いが生じることも不思議ではないけど……。それでも、やっぱり不思議よね)


 まだ手を付けていないドーナツを持ち帰れるか聞いているローゼンをリリアンヌはぼんやりと眺めた。


「謝罪するって話だったな。止めておけ。するにしても、手紙にした方がいい」

「どうしてですか?」

「フォーカス嬢なら、いきなり今までのことを謝罪されて納得するのか? 理由は言えないんだろ」

「そう……ですけど……」


(ローゼンの言うことは分かる。でも、悪いことをしたのなら、謝罪をしないと……)


「謝罪をするということは、許すか許さないかの二択を迫ることになる。相手が保留にする場合もあるだろうが、その場合はフォーカス嬢の今後を見守る選択になるだろう。まずは、誠意を見せるべきじゃないか?」

「謝るよりも態度で示せということですか?」

「そうだ。きっちり態度で示した上で、謝罪に行くべきだと俺は思う。すぐに謝らなければならないこともあるが、今回は違うだろ? まずは、フォーカス嬢が本当に悪いと思っていると認識してもらうことが大事じゃないのか?」


(そう……なのかな。もし、私が婚約者にちょっかいを出された側だったら……)


「いきなり謝られても、信用できないですね。謝ってなかったことにしたいのか、それとも何か企んでいるのか、疑うと思います」

「だろ。場合によっては、火に油だ。表面上は許したとしても、嫌がらせが酷くなる可能性もある」


 嫌がらせという言葉にリリアンヌは瞳をそらす。


「まずはヒューラックたちと話し合います。それから、きちんと行動して、謝罪に行くことにします」


(納得しきった訳じゃないけど、ローゼンのいうことも分かる。私の感覚は庶民に近いし、まず謝りに行くのは間違いだったのかもしれない。後できちんと謝るけど、まずは皆と友達くらいまでの距離に戻さないと……)


 彼等にも悪いことをしてしまったと思う。考えなしだったとも……。


(やらなきゃ。責任を取らないと──)

(また思い詰めてるな。確かにフォーカス嬢のしたことは褒められたものじゃないが、フォーカス嬢だけが悪いわけじゃないだろうに)


 遅かれ早かれ、ヒューラックたちと婚約者の間に亀裂が入っていただろうとローゼンは思う。

 結局、その程度の関係性しか作れていなかったのだと。


(悪い方向にいかなきゃいいが……)


 ローゼンは溢れそうな溜め息をのみ込むために、コーヒーへと口をつけた。

 




 

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