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レティシアの未来


(今のは一体、何だったんじゃ?)


 首筋を押え、イザベルは首を傾げた。

 チリリとした知らない感覚に、近付いたルイスの顔。

 思い出すだけで恥ずかしく、イザベルはルイスの腕の中から抜け出した。

 名残惜しげに眺めながらも、ルイスはあっさりと離れる。


「私に守ってもらえる価値なんてありませんわ。ルイス様、申し訳ありませんでした」

「どうしてイザベルが謝るの?」

「ルイス様から頂いたドレスも、おかめも……すべて壊されてしまいましたの。折角、頂きましたのに……」


 気まずそうに視線をそらすイザベルに、ルイスは微笑んだ。


(本当に可愛いなぁ。俺が好きで贈ったものにまで責任を感じちゃうなんて。レティシア(クソガキ)が全部悪いのに)


「気にしないで。イザベルのせいじゃない。悪いのは、レティシア嬢だ。でも、このまま放っておくのは心配だな。何とかしておくよ」


(さっさと隣国に送ってしまおう。壊されてしまえばいい)


 優しい顔に隠された怒り。

 レティシアを処分することに躊躇いは微塵もない。たが──。


「いえ。今回は証人になって頂きたいのですわ」

「……証人?」

 

 予測をしなかった回答に、ルイスは続きを促した。


「はい。部屋を荒らされたという証人ですわ。私が何と言おうと、知らぬ存ぜぬでしょうから」

「なるほど。だけど、それでは弱いんじゃない? 自分じゃない! とか言い出すと思うよ」

「その通りですわ。一先ず、大人しくなればいいと思っていますの」

「うーん。イザベルの優しいところは魅力的だけど、それだと甘いんじゃないかなぁ?」

 

 にこにこと笑うルイスに、イザベルはゾクリと背筋が冷たくなった。

 

(な、何じゃ? 今、悪寒がしたような……)

 

「大人しくしている間に社交界で噂を流しますわ。マッカート公爵家の妹は、姉のものを何でも欲しがり、部屋を荒らして盗む……と。悪いことをすれば、相応の対価を払わねばならないことを知って欲しいんですの。それに、ルイス様から頂いたものを壊されて、怒ってますもの!!」


 プンッと音がつきそうなほど分かりやすく、イザベルは不機嫌を隠さずに言った。

 そんなイザベルも可愛いと悶えるルイスは、声が震えないように必死で言葉を紡ぐ。


「なるほどね。俺は、レティシア嬢に婚約者を見つけるのがいいと思うよ」

「……どうしてですの?」

「レティシア嬢がこんなことをできるのって、屋敷に自身を守ってくれる人がいるからだ。だから、いつまでも我が儘で、こんなことができてしまう。普通じゃない」

「それは、私も感じておりましたわ。この家にいる限り、レティシアは変わることはないでしょう……」

 

 伏し目がちにイザベルは言った。

 自分ではどうにもならないことは明白で、今のままではイザベルの声がレティシアに届くことは生涯ないだろう。

 隣の建物に住む、血の繋がった他人。そう表現するのがぴったりな関係だが、イザベルはレティシアのことを妹だと思っている。

 幼い頃、まだレティシアが悪意を知らなかった頃に握ってくれた手が、小さくて、柔らかくて、漠然と守らなくてはならないと思った。あの日の気持ちを忘れられないのだ。

 

「俺も、そう思う。だから、隣国の王家と婚約して留学させるのはどうだろう?」


 ルイスの提案に、イザベルは何度も瞳を瞬かせた。

 留学するという案がイザベルにはなく、それはレティシアが成長するための最後のチャンスのように思えたからだ。


「王家の婚約者という立場は、レティシアには務まりませんわ。お恥ずかしい話ですが、マナーも常識もありませんもの」


(婚約は無理じゃが、留学は良い案じゃ。実際にやらかしおったことを噂で流せば、ほとぼりが冷めるまで大人しくせねばならぬ。父上も留学を考えるじゃろう)


 成長すれば、きっと良い縁談にも恵まれる。

 レティシアの幸せに繋がる道がまだ残っていた。

 イザベルは怒っていた事も忘れ、喜んだ。


「王家といっても、王位継承権はない人物を選べば大丈夫じゃないかな? 歳上だけど(顔と性にしか興味がないから、その他には)寛容な人を知ってるよ」

「ですが、ご迷惑になりますわ。他国の王家相手ですと、国際問題に発展する可能性もありますし……」

「そこは、心配しないで。教育が趣味みたいな人だから」


(そ、そのような御仁(ごじん)がおったとは。仏のような方じゃ……)

(嘘は言ってない。クズだから、ちょん切ってしまえばいいと思っていたが、役に立つ日が来るとはな……)


 ルイスが勧めた相手は、隣国の王家で、ある種の教育熱心者。

 だが、その教育というのも性に関するもののみで、国内での評判は悪い。

 もうすぐ三十歳になるため、王家としては嫁が欲しいが、国内で相手を見つけることは非常に難しくなっていた。誰もなりたがらないのだ。

 その男は、見目は良いものの、美醜ですべてを判断し、美しくない相手には強い嫌悪感を抱いていた。

 最初のうちは王家とお近付きになりたいと、近付いてくる令嬢も多くいた。

 だが、好みではないと、当然のように罵り、暴力まで振るった。好みの場合はもっと酷く、休憩室に連れ込み、やりたい放題だった。


 そんな男を何故、王家は処分しなかったか。

 それは、恐ろしいほどに頭がキレたからだ。国の政治は、男の力を頼り過ぎたのである。

 自分が何をやっても処分されることはない。それを分かっていて、男は犯行に及んでいた。

 国際問題になるような相手は選ばず、立場が弱く、逆らえない相手ばかりを狙って繰り返した。


「それに、見目麗しい方だから歳上でも、レティシア嬢も気に入ると思うよ」


(姉の部屋を当たり前のように荒らすくらいだ、精神の発達も未熟なのだろう。欲に流されやすいという点で、相性はいいはずだ。彼も若く美しい令嬢であれば、喜ぶだろうしな)


「何だか、申し訳ないですわ。そのお方にばかり苦労を押し付けてしまうようで……」

「大丈夫だよ。向こうも喜んでくれる。レティシア嬢は無知で世間を知らない、ずっと守られていた子どもだ。親元を離れたら、きっと成長するよ。独り立ちを応援するのも愛情だよ」

「そう……でしょうか……」


 ルイスに後押しされ、イザベルは頷いた。

 この瞬間、レティシアの婚約は決定した。

 デニス(父親)は反対しないだろうが、レティシアが離れた地に行ってしまうことをエリザベート(母親)は拒むだろう。

 けれど、拒否権はない。


「きっと両国にとって、すばらしい婚約になるよ」


 ルイスは優しくイザベルの頭を撫でた。

 そして、甘やかでゾクリとするような声で言葉を続けた。

 その言葉を聞いてイザベルは、翡翠色の瞳を見開いてルイスを見た。


「その前に、私に話をさせてくださいませ。いい聞かせますわ」

「いいよ。でも、無理だったら諦めて。放っておく訳にはいかない」


 イザベルは静かに頷いたのだった。


 

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