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前世は平安のお姫様でした

久々のオカメシリーズです

名前は同じのを使い、設定は同じですが内容は別物になります


 むかしむかし、千年も前のこと。

 平安時代と呼ばれるその時代。

 小夜(さよ)という名の、絶世の美女と謳われるお姫様がいた。


 豊かで真っ直ぐな長い黒髪、細くて切れ長の細い目、ふっくらとした頬、平安美人とされるおかめ顔(・・・・)

 小夜は、見た目の美しさのみならず、教養もあり、平たく言えばめちゃくちゃモテた。


 そのモテ方はすさまじく、噂が噂を呼び、毎日のように恋文や贈り物が大量に届いた。

 (のぞ)き見に来る者も多く、屋敷の周りにはわんさか人がいて、常に何人もの視線が小夜を探していた。まるで、動物園の人気者のように、観察される日々。


 だが、覗き見なんて可愛いもので、夜這(よば)いをしかける男の多いこと。

 夜這いをしかけに行った者同士が屋敷の中で鉢合わせ……などという笑えないことが幾度となく起きたほどだ。

 

 そんな彼女の噂を聞いた(みかど)により、小夜を巡る争いは終止符を打つこととなる。

 帝の許婚(いいなづけ)になったのだ。


 その日を(さかい)に小夜の人生は激変した。

 まずは、夜這いに来る男に怯える必要がなくなった。小夜を守っていた屋敷の者たちも安堵(あんど)し、屋敷の雰囲気は柔らかいものへと変わった。

 帝は夜這いをしかけてきた男たちと比べものにならないほどに紳士的で、十四歳の小夜に合わせて、ゆっくりと関係を深めてくれた。

 

(あのお方の許嫁になれて、われは幸せじゃ……)

 

 小夜は帝からの文を見つめ、満ち足りた笑みをこぼした。


 

 しかし、その幸せも長くは続かなかった。

 小夜が十五歳となった日から、次々と嫌がらせを受けるようになったのだ。

 その嫌がらせはエスカレートしていき、終には暗殺者を送り込まれ、呪われるようになってしまった。


 帝は小夜を守るために手を尽くしてくれた。気遣ってくれた。

 愛されている。そのことを疑ったことはない。

 けれど──。


(いつまで、このような生活を送るのじゃろうか……)


 幾度となく呪われ、暗殺者を送り込まれ、小夜は疲れ切っていた。

 帝のことは愛しているが、この生活から解放されたい。そんな願いが頭を過ることが増えていた。



 肌寒くなってきたある日のこと、小夜の身体に赤黒く乾い血のようなアザが現れた。


「また呪いかのぅ……」


 小夜は溜め息混じりに呟いた。その瞳は、もう何の感情も映していない。


「毎度毎度、ようやるわ。早急に陰陽師(おんみょうじ)殿を招かねば」


 人を呼ぶために声を出そうと息を吸い込んだその瞬間、大きくむせかえった。

  手で口を押さえれば、鮮やかな赤が手から(こぼ)れ落ちる。


(これは……ちとまずいの)


 自身が呪われているというのにどこか他人事のように思いながら、小夜は小さく笑う。


(これで今度こそ楽になれるやもしれぬな)


 帝の許嫁になってから、まだ三年。

 平和なのは、最初の一年だけであった。


 今では、呪われていない日の方が少ない。 お陰で常に体調が悪く、もう死んでも良いとさえ思えていた。

 それでも彼女が生きようと思えたのは、帝を愛していたから。


(ここで息絶えるのも悪くない。あの方は、もう一月(ひとつき)も便りをくださらないのだから……)


  生きていく唯一の理由から便りがない。

 そのことは、小夜の生きたいという気持ちを失わせていた。


 薄れていく意識のなかで、侍女の慌てる声が聞こえる。

 そして、目が覚めれば彼女はいつも通り布団で寝ていた。

 違うことは、この場にいるはずがない愛する人がいて、彼女の手を握っていることだ。


「……な……ぜ…………」


 声は(かす)れ、身体に力は入らない。

 それでも帝がいるのだから、すぐにでも地に頭を下げなければならない。 許嫁ではあるものの、帝は天上人(てんじょうびと)であり、御前で寝ているなんてあってはならない。

 どうにか起き上がろうとする小夜を、帝は動き一つで制止した。


「もう、助からぬ」


 静かな声で告げた帝の手は小さく震えていたが、瞳はしっかりと小夜を見詰めていた。


「……そ…………ですか……」


 小さな声で返し、小夜は微笑んだ。

 それは、解放への喜びなのか、安心させるためのものなのか。それとも──。


「ご迷惑……を…………」


 そう告げれば、帝はそれを遮るかのように彼女の額に二本の指を置き、彼の不思議な力を吹き込む。

 すると、彼女の中の痛みが和らいだ。


「守れず、すまなかった。許してくれとは言わぬ。恨んでくれ」


 小夜は小さく首を振った。

 そして、かさつく(のど)を奮い起たせて言葉を紡ぐ。


「……貴方様はいつもわれを守ってくださいました」


(もうわれに対して心がないというのに、会いに来てくださった。十分じゃ。どうか、ご自身を責めないで……)


 小夜は笑う。その表情は穏やかだ。

 帝は視線を揺らし、叫び出したい気持ちを抑えた。

 

「不幸にした。守れないなら手を伸ばすべきではなかった」

「いいえ。不幸などではありませんでした」


(貴方様の許婚になれて、幸せでした)


 そう。小夜は幸せだった。

 愛する幸せも、愛される幸せも、彼が教えてくれた。

 生きているのがつらいほどに命を狙われ、呪われ、疲れ果ててしまったけれど、決して不幸なんかじゃなかった。


 彼の心が少しでも軽くなることを祈って、彼女はほんの少しの嘘を混ぜる。


「われは、十分幸せでした。どうか、われのことはお忘れください。貴方様の幸せがわれの幸……せ…………」

「小夜? 小夜っっ‼‼」


 遠くから、彼が呼ぶ声が聞こえた。


(どうか、忘れないで。心の片隅に住まわせて……。お慕いしておりました。あぁ……。でも、もし来世があるのなら、平凡な恋がしてみ……た…………)


 静かに小夜は息を引き取った。

 その表情は穏やかで、まるで眠っているかのようであった。 


 帝は、暫く無言でこの世を去った小夜を見詰めていた。

 そして、仄暗(ほのぐら)さを瞳に宿して彼女の左手を手に取る。


「すまない。 手離せぬ」


  そう呟き、彼は小夜の左の薬指の爪先に唇を落とした。

 己の持つ全ての力を注ぎ込み、小夜の爪に菊の紋様(もんよう)が浮かび上がるのを眺めた後、満足げに笑った。


「小夜、来世で会おう。愛している」


 この日から、帝は忽然(こつぜん)と姿を消した。

 


 時は流れ、ファビリアス帝国の公爵令嬢として、小夜は生を受けた。

 名はイザベル・マッカート。

 乙女ゲーム『君に恋するイケメン貴公子』略して『キミコイ』に登場する悪役令嬢と奇しくも同じ名前であった。

 


 

 

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