親友のフロリアーヌが言った事
隣国ユースティスタ王国からの留学生、レティシア・ダグデールは戸惑っていた。勢いで留学してしまったためか、スクラン語で書かれた案内看板が読めなかったのだ。
スクラントン王立学園の敷地内、ほとんどの学生は侍女も護衛もなく伸び伸びと過ごす。それを知ったレティシアは羨ましくなって侍女を帰した。結果、留学の手続きに行く途中だったのに迷子になった。なんとか案内看板を見つけたものの、『事務室』という単語がどれか分からない。困った。
『お困りですか?』
ユース語で話しかけられた。
『そうなんです。迷ってしまって。どこへ行けば良いのか分からなくて。』
レティシアはこれまでのことも思い出されて、何でこんな目に、と少し悲しかった。
『どちらへ?』
『事務室です。どれが事務室か読めなくて。』
『こちらです。ご案内しますよ?』
『ありがとうございます!私はユースティスタからの留学生で、レティシア・ダグデールですわ。レティと呼んでください。』
『・・・リアーヌとお呼びください。フロリアーヌ・アーバイン。侯爵家の者ですわ。』
2人は歩き出した。
この学園には、なるべく短く名前を呼び合う習慣があった。平民であろうと校内では平等に、という建前から、あまり家名は名乗らない。圧がかかってしまうこともあるからだ。
『学園では家の名はあまり名乗らないのですけど、スクラン語が苦手だと結局誰なのか分かってしまいますわね。』
『問題ですか?』
『何か面倒があるかもしれません。』
「スクラン語、少し。私、好き、演劇。」
『あら、演劇がお好きなの?』
『そうなの!この国の演劇が素晴らしいと聞いたのもこの国を選んだ理由なの!』
『良い劇団をご紹介しますわ。今度ご一緒しません?』
『嬉しいわ!ぜひ!』
『こちら事務室ですわ。』
『あら、着いてしまいましたわ。ではまた。』
翌日二人は教室で再会を果たし、楽しい買い物と観劇、美味しい食事を経て、親友になった。
フロリアーヌがレティシアの通訳をすることも多かった。レティシアの留学時の試験は好成績だった。読めさえすればほとんどの問題が解けるので、最上位のクラスで過ごすことになった。この学園ではテストのたびに成績順でクラスが決まる。それに加え、成績の上中下で校舎も分けられた。3クラスずつ3校舎、9クラスに分かれている。
「校舎違う驚いた。リア、クラス同じ、ホッと。」
レティシアはカタコトながらスクラン語で話そうと頑張っていた。フロリアーヌはどんな話し方をしても理解してくれるし、成績上位の常連たちはユース語が混じった会話でも難なくできる。そのおかげか、レティシアのスクラン語の上達は早かった。
もう一つの理由は演劇だった。好きな舞台をその国の言葉で理解したい。その情熱は強火だった。故郷でも上演したいと脚本の翻訳もした。アーバインが持っている劇団ではスクラン語でもユース語でも上演が可能になり、レティシアをいたく喜ばせた。新たな客層が増え、劇場はさらに賑わった。アーバインの劇団はお姉さんの『快適な街づくり』の一環だそうで、娯楽は必要、しかも雇用確保、とのこと。
「どういうこと?」
「貴族家出身の役者が何人もいるのよ。もちろん演劇が大好きな人たちよ?市井に降りず、王宮で働く以外の選択肢ができたことに意味があるらしいの。それに劇場関連で平民の雇用も増えたわ。」
「リアのお姉さま、王宮にいらっしゃるのよね?王太子殿下の婚約者?」
「街づくりが好きらしいのよ。私は王太子殿下に会ったことがないからよく分からないけど、第二王子のステファンはお友だちよ。すごく良い人なの。最近学校に来てなかったけど、同じクラスよ。ユースティスタとの国境へ視察に行ったの。来月、帰ってくるわよ。」
その日は朝から騒ついていた。
「カッコいいわー!」
「目があったわ!」
「ステキ!」
賑やかな声が段々と近づいてきた。
「来たみたいね。」
教室の扉が開いた。側近のシルヴァンがまず教室に入ってきてフロリアーヌを見つけ、手を振った。フロリアーヌも手を振り返した。シルヴァンは満面の笑顔。レティシアは入り口を見た。そこに立つ人と目があった時、鐘が鳴った。教室にいた者にも聞こえた。スクラントンの伝説、聖なる鐘。スクラントンの王たる者と王妃たる者が出会うと鐘の音が鳴り、その御代は盤石になるという都市伝説だった。
「ヴァン!おかえりなさい。ステフはついに出会ったみたいね。まさか伝説が本当だったとはね。私にも聞こえたわ。」
「ただいま、リアーヌ。おぉっと。」
シルヴァンはステファンとレティシアの間に割って入った。
「ステフ、今はダメだ。あとで、な。」
「ヴァン、すまない。」
ステファンは跪こうとしたが、シルヴァンに止められた。
「ここじゃダメだ!後日改めて!」
フロリアーヌもレティシアの手を取って移動した。
「せめてアーバインの庭園で。」
その日からしばらく、4人は何をするのも一緒だった。
次の週末、アーバインの庭園に集まった。
「レティ、改めて紹介するわね。こちらステファン・スクラントン、この国の第二王子よ。隣は側近のシルヴァン・ラシュモア。私の恋人よ。」
「改めまして、ステファン・スクラントンです。」
「レティシア・ユースティスタです。第二王女ですわ。リアごめんなさい。ダグデールは母方の名なの。」
「問題ないわ。安全のためよね。」
「シルヴァン・ラシュモアです。愛しい私のリアーヌと仲良くしてくださってありがとうございます。リアーヌにとって初めての女の子の友だち?」
「リアの大切な方、惚気は聞いておりましたわ。私にとっても大切で大好きなお友だちです。」
「では、」
ステファンは跪き、レティシアの手を取った。
「レティシア嬢、僕と交際してください。正直なところ伝説のこともあるのは否定できないけど、でも、一目惚れです!鐘が鳴る前から好きでした!」
「おい!ステフ!色々すっ飛ばしすぎ!」
「ふふ。まずはレティの返事を聞きましょう?」
「嬉しいです。私も・・・!」
レティシアは俯いた。
「でも、ダメなのです。私にはユースに婚約者が・・・」
「・・・レティ、その人のこと好きじゃないんでしょ?もっと言えば嫌い。だから留学したんじゃなくて?」
「リア!・・・そうなの・・・すごく嫌な人なの。」
ステファンはレティシアの手を取ったまま四阿の椅子に移動して座らせ、自分も横に座った。2人と向かい合うようにシルヴァンとフロリアーヌも座った。
「最初はその人の話し方が嫌になったの。私は王族だし、政略結婚だし、頑張ろうと思ってた。でも、私には妙に優しいのに、侍女には厳しい。厳しいというか嫌味っぽいというか、小さなことをずっと責めるの。ティーカップの管理が悪いとか、気が利かないとか。でもその侍女は私の侍女なの。侍女を貶めているようで私を蔑めていたの。」
握りしめた両手は少し震えていた。
「ある日、侍女がいなくなったの。その侍女、ネネって言うんだけど、私の部屋に行った後から行方が分からないの。その頃まで頻繁に来ていた婚約者が急に来なくなった。私の部屋は封鎖されて違う部屋に移った。だから、私の婚約者がネネに何かしたんじゃないかと思ったの。」
レティシアは紅茶を飲んだ。その間、誰も話さなかった。
「全てのことが嫌になって、無理を通してこの国に来たの。まだ婚約はそのままだと思うわ。」
フロリアーヌは立ち上がって、座っているレティシアを抱きしめた。
「囁き貴族なら貸し出し可能ですわ。」
「ささやき?」
「アーバインの劇団員に『囁き貴族』をしている人たちがいるの。貴族の集団に紛れることが可能な人たちで、まあ、貴族がほとんどだし、平民もいるけど余程の事がないと気づかないわね。騎士もいるのよ。彼らはうまく会場に溶け込んで、雰囲気を変えたり、その場の状況を操作したりするの。例えば拍手で盛り上げたり、何か囁いて話の流れを変えたり、まれに避難誘導もするわね。」
フロリアーヌはレティシアから離れた。
「先日の婚約解消事件でも大活躍だったわ。」
少し離れた所にいた侍女に、姉のフロランスを呼ぶよう告げた。
「ランスお姉さまを紹介するわ。まずはお茶を楽しみましょう。ユースティスタの新しい茶葉があるの。」
「あら、見目麗しい集まりね。王国の太陽、ステファン殿下にご挨拶申し上げます。」
フロランスはカーテシーをした。ステファンは会釈した。
「フロランス嬢、お久しぶりです。婚約ご苦労さまでした。どうぞこちらに。」
フロランスはフロリアーヌの隣に座った。
「で?私に何を望むの?」
皆がレティシアを見た。
「モントラム公爵家嫡男、アルチュールの罪を暴きたい。」
5人は計画を練った。フロランスは情報を集めるために、囁き貴族たちにユースティスタ王国へ潜入してもらった。資金は先日、とある事で得た金貨。資金が余った?じゃあ私も、とフロランスも旅行がてらユースティスタ王国へ飛んだ。レティシアの紹介で王と面会でき、医療関連の事業協力を取り付けた。フロランスの紹介でステファンも王に挨拶し、胸の内を熱く語った。調査が進むうち、レティシアの留学で、婚約破棄では?と噂される崖っぷちのアルチュールが夜会で何か起こすらしいという情報が上がった。
モントラム公爵家主催の夜会。壇上でアルチュール・モントラムは叫んだ。
「レティシア・ユースティスタ王女!あなたがスクラントン王国で何か悪事を計画していることは分かっている。一刻も早く私と結婚してモントラム家に嫁入りし、そのような噂を払拭するのだ!お集まりの皆さん王女は私が更生させます!根はいい子なんです!」
「どういうこと?」
「悪事ってどんな?」
「なぜ公爵との結婚が、」
「噂の払拭に?」
囁き貴族たちの妙に聞き取りやすい囁き声が聞こえて、レティシアはこれか!味方がいる!と心強かった、と後日語っていた。
レティシアは扇で口元を隠して進み出た。扇の内側には被害者とその内容のリストが貼ってあった。あなた方の辛さも私が晴らす、と心に決めていた。
「アルチュール様、貴方の方こそ私のネネに何をしたのです?」
「ネネとは誰だ?」
「貴方が私の部屋で誘拐した侍女です。」
「名誉毀損だ!私はそのようなことはしない!」
「え!誘拐?」
「王女殿下の部屋で?」
「侍女の方は無事かしら?」
囁きは続く。
レティシアは扇を胸元に握りしめた。
「貴方は、ある1人の侍女を味方につけ、私が居ない時に部屋に入りました。部屋を漁っていたところ、侍女が部屋のドアを開けた。窃盗の現場を見られて焦った貴方はネネを誘拐したのです。すでに貴方所有の別宅でネネを保護しました。ネネの家族と共に、安全な場所に避難させています。口封じはさせないわ!」
「ひどい!」
「窃盗?」
「誘拐!?」
「他の被害者も見つけましたわ。」
「なんだと?」
「手口はこうです。まずその家の侍女に贈り物をします。小さなものです。貰う方も抵抗の少ないクッキーやキャンディ。相手によっては恋人関係だと錯覚させていたそうですね。しばらくするとあなたはちょっとした頼み事をするんです。この花束を渡して驚かせたいから部屋で待ちたい、と。贈り物がぬいぐるみの場合もありましたわね。何人の女性とお付き合いがあったのかしら。」
アルチュールは笑った。
「何を言うかと思えば。誘拐だの他の被害者だのと。どうしたんですか?何の証拠もなく何を言ってるんですか?」
「証拠はあります。ネネが見つけました!」
「なにっ」
「犯人の反応じゃない?」
「証拠を出せって言ったわ!」
「しかも女好き!」
「私たちは被害者を探しました。貴方を捕まえることができるのなら、と証言をしてくれました。だから手口が分かったのです。私の部屋から盗み出した宝石も、あなたの別宅にありました。流石に売れなかったんですね。驚いたことに、ネネもそこにいました。あなたが頭を殴ったせいで記憶を失ったネネを、便利だからと侍女として働かせていたそうですね。しかしながらネネの記憶喪失は演技だったのです。ネネは、あなたの悪事の証拠を探っていたのです!」
「そのサファイアがあなたの物だと、証明はできない!」
「私は盗まれた宝石がサファイアだとは言っていません。それに、王家所有の宝石には小さな印が付いているのです。」
「秘密の暴露!」
「定番のながれ!」
「王家の技術すごい!」
「私は貴方のような方とは結婚したくありません。婚約はこちらから破棄します!そして貴方は牢へ。衛兵!」
「「「はっ」」」
衛兵がアルチュールを布でぐるぐる巻いて連れ出した。レティシアは黙って見守っていた夜会の参加者を見た。
「お騒がせしてしまい申し訳ありません。残りは僅かですがどうぞ今宵の夜会をお楽しみください。」
レティシアは舞台役者のようにお辞儀をした。
拍手が起きた。小さかった拍手は段々と大きくなった。
「妹の仇を取ってくれてありがとう!」
「被害に遭ってる人は教会へ!」
「美味しいもの食べたら帰ろう」
「お酒も美味しい。」
囁き貴族たちは会場を堪能しながら、周囲の人が楽しんでいるか気を配った。ついでに様々な情報も集めた。
ユースティスタの王はレティシアに詫びた。羽振りがよく口が上手いアルチュールに惑わされ、政略結婚でレティシアを苦しめたと心から詫びた。そしてステファンの心根を気に入り、良いご縁を得たと、ステファンとの婚約を認めた。
あと、
「娘の身に都市伝説が!ワシも鐘の音が聞きたかった!」
と嘆いた。
アルチュールは天性の詐欺師だ、と防犯研究所預かりになった。モントラム公爵は賠償金を払ってくれた。他の被害者はレティシアが窓口になった。アルチュールは廃嫡され、彼の従兄弟がモントラムを継ぐことになった。
婚約式を挙げたステファンとレティシアの愛の物語は劇になった。スクラン語でもユース語でも上演され、両国間の観光客が増えた。この物語で舞台になった場所を旅すると良いという噂のせい?
ただ、2人の結婚式はかなり先になりそうだった。ステファンが王太子になったからだ。フロランスを宰相として雇えば式が早くなると聞いたレティシアは、フロランスに会いに行った。
フロリアーヌとシルヴァンの結婚式が行われた。幸せそうな2人にレティシアも嬉しくなった。教会で鳴り響いた鐘の音を聞いて、あの日に思いを馳せた。
完
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです!
急に気になったので、タイトルの『四阿で』を『親友の』に変更しました。