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黄昏世界に夢を見る  作者: 白耳
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染まる世界

「おい、起きろ。起きろ……起きろこの馬鹿っ!!」

「うごっ………」

朝の目覚めは最悪に近い。放って置けば昼まで寝ている俺を起こすため、アケチは腹を踏むようにして蹴りつけてくる。

「さっさと起きて用意しろ」

「うぐ……」人を起こすためにしては威力が強すぎる蹴りに悶絶しながら親指を立てて了解の意を示す。決して柔らかいとは言えない枕に顔を埋めてこの痛みを我慢する。あいつ、本当欠片も遠慮しねぇよな。………あ、眠くなってきた。

「起きろッ!!」

「グギャッ!?」頭への凄まじい衝撃にゴブリンの断末魔にには声を上げてベッドから跳ね起きる。アケチは既に装備に着替えているようで、木製の杖を手に何度も打ち付けながら首を傾げてこちらを見ている。

「起きるか?」

俺は首が取れるんじゃないかと思うくらい一生懸命首を振り続ける。じゃないとアケチは本気で杖で何度でも殴ってくるのだ。あいつはやる時はやる奴だ!

俺は桶を持って宿の部屋を出て、井戸の所まで来ると桶に水を入れて、もう眠くで面倒臭いので水を張った桶に顔を突っ込んで顔を洗う。あー、眠い。息が出来ないけど寝れる。

「な、何してるの、ケンくん……」

どうやらユウカも顔を洗いに来たらしく、井戸のすぐ側で桶に顔を突っ込んでる俺に声を掛けてきた。でも眠い。

「…………………」

「ケ、ケンくん!?」

ユウカは慌てて俺の体を揺すり、反応が無いことを確かめると頭を手で持って桶から出してしまう。

「だっ、大丈夫っ!?溺れてないっ!?」

「……………すまん、寝てた」

「そ、そうなんだ………初めて声聞いた」

ユウカに場所を譲って俺は目を瞑りながら宿の部屋へと戻る。俺達が泊まっている宿は最低ランクの中でもまだマシな方の宿ではあるが、それでも男二人狭い棚と2段ベッドしかない部屋に住んでいた。女子陣は四人部屋に三人で住んでいるから気持ち広く感じるのだろうが誤差だ誤差。狭い事に変わりない。

部屋の壁に掛けていた服に着替え、革の胸当てをつけ、次に腕のプロテクター、足、手首と防具を付けていき、腰にベルトを巻いて、魔石を仕舞うポーチを付けられるのだ、背中にベルトを斜めに掛けて腰のベルトに接続し、背中に大剣を付ける。

「あ、おっは〜!」

「朝飯は好きなの持っていけ」

宿やの庭には向かい合わせの巨大なテーブル席があって、彼女とアケチが朝ご飯を食べていた。俺はアケチ隣に座って串肉を手に取る。この串肉って油が少ないから朝から食べれるんだよな。確かなんかの動物の舌の肉らしいんだよ。タンだよタン。美味しいね。

アケチはパンを、彼女は美味しそうな匂いのする骨付き肉を食べていた。いや、朝からそれは凄いな。

アケチが自分用に取っていたパンの中で美味しそうなのが一つあったからバレないように取ろうとしたら手を叩き落とされた。

「何僕が取ってる物を取ろうとしてるんだ」美味しそうだったので仕方が無い。でも良いのか?彼女が俺が取ろうとしたアケチのパンを食べてるけど。俺が目線で彼女の方を見ろと訴えるとアケチは彼女の方を向く。彼女は「あ、どうも」とでも言うかのようにパンを齧りながら右手を上げる。俺が取ろうとした事で彼女もアケチのパンに興味を持ったのか、俺が怒られてる間にさらっと取っていったのだ。

「はっ、9番……君ってやつはっ!!何故それを取ろうとしたケンが怒られてる間にそれを横取りするっ!?」アケチは素早く杖を手に取り薙ぎ払うようにして杖を振るうが、彼女は背を逸らすことで杖を避け、勢い余って俺の顔面に杖が衝突した。

「グハッ…………」

「いやぁ〜、ケンが取ろうとするから美味しいのかなぁ〜って」

「覚悟しろよ8番ッ!!」机に飛び乗って杖を振るうアケチの連撃を避けながらも肉とパンを交互に食べ続ける彼女にアケチは本格的にイラッと来てる。彼女は彼女で柱や机を盾にして上手くアケチから逃げ続ける。

「……鼻血出てる」二人が離れた事で喋れるようになった俺は、鼻から出てくる血を拭いながら二人の行く末を見守る。

「朝から元気だね……主よ、かの者に癒しを。治癒(ヒール)

「ララちですよー」

宿屋の部屋から出て来たララちとユウカが元気だな〜程度のノリでやって来て、ユウカは地面に倒れ伏す俺に近寄り、膝を着いて回復魔法を掛けてくれた。

「………」ぐっ。

「どういたしまして」俺は立ち上がり席に着き直して串肉をまた食べま始めた。ユウカとララちも席につき、ユウカは恐らくアケチが買ってきたであろうパンとサラダを、ララちは彼女が買ってきたであろう肉と言う肉を食べ始めた。あの二人はと言うと未だにじゃれあってる。てか、彼女が盾を使ってアケチの杖を防ぎ始めたのでさらに激しさを増しているような。

あぁ言うのを見てるとちょっとイタズラしたくなるんだよな。

俺は忍び足で彼女の後ろへ回り、飛びかかるように首に右腕を巻き付け左腕で右腕を固定し、足は彼女の足に絡ませる。

「ぐぉっ!?ひっ、ひぎょうなっ!?でかっ、ぐるしっ」彼女はジタバタと手足を動かしてどうにか拘束を逃れようとするが俺と彼女の筋力や体格には圧倒的な差がある。

「ふっ、良くやったぞケン。9番、良くも僕のパンを食べたな」

「わっ、笑っでるっ!!おごっでないでしょっ!?」

「気の所為だ9番。ちょっと楽しいだけだ。……じゃあな」アケチは顔を真っ赤にした彼女の額に容赦なく杖を振り下ろす。すまんな、俺も巻き添えで顔面を殴られたんだ。大人しく反省してくれ。

顔面、というか額を殴られた彼女は「ふごっ……」と情けない声を出して気絶してしまった。むっ、酸欠か?どうせなら杖の一撃で落ちれば良いものの。

「………ははっ。戻るぞ、ケン」アケチは楽しそうに口を隠しながら笑うと、俺の上で気絶した彼女の腕を持って起き上がらせる。

「ぬぅ、重たいな」全身鎧を着ている彼女は相当重い。聖騎士には鎧に聖痕を刻む決まりが存在し、聖痕を刻んだ鎧は本人にとっては羽根のように……とまでは行かないが、そこそこ軽くなるようで彼女が使う分には特に問題は無いのだが、こうして起き上がらせるには多大な労力を必要とする。

俺も後ろから押すようにして彼女を退かすと、二人で気絶した彼女の脇を抱えて席に戻る。

「あ、泡吹いてるけど大丈夫なの?……」ユウカが席に寝かされた彼女に回復魔法をかけながら聞いてくる。「死にはしないだろう。それに、昨日の僕も一昨日のケンも生きてた」返答として返ってきたアケチのその一言にユウカは苦笑するしかない。

毎朝繰り広げられるこの惨状にララちは最早心配する気も無いらしく彼女が起きる前に肉料理を全て食べきろうとしているが、ユウカは未だに心配する心が残っているようだ。


「ひ、酷い目にあった………」

ダンジョンに向かう途中の軽い山道を肩を落としながらテンション低く歩く彼女にアケチは「僕のパンを食べるからだろ。それに昨日僕は君に落とされた」と言い放つと、彼女は「ふごぁッ!」と謎の力に殴られて膝を着きそうになった。

俺も彼女にそっと近づいて「……俺も」と言っておく。昨日までは他人を絞めて落として回っていたのだ。そのツケが今日回ってきた。同情する余地など欠片も存在しない。

「ララちぃ〜、ユウカちゃぁ〜んっ。男子が虐めてくるぅ〜」彼女は癒しを求めてユウカとララちち抱きつこうとして近くにいたアケチに迎撃されかける。彼女は恨みがましい目をアケチに向けながらも、アケチに「行け」と言われると大人しく戻ってきた。

「うぅ、お姉さんの扱い酷くない?」

「……酷くはない。……あぁ見えてアケチも食い意地があるから」俺達前衛組は安全確認のため後衛組よりも少し前を行っているため、距離があるからか今ならすんなりと話すことが出来る。……多分すんなりと。

後衛にはアケチとララちがいるため、後ろから強襲されても何とかなるだろう。ララちは狩人ギルドで短剣やナイフでの戦闘術も習っている。そもそもダンジョンまでの道のりで敵が出てくる事は珍しく、今まで一度だけはぐれのゴブリンに襲われただけだった。

「……そもそも、お姉さんって歳じゃないでしょ」

「なにぃ!?お姉さんまだそんなに年取ってないよ!?」

「……逆。もっと若いだろ」

「ふっふっふっ……………ピッチの16だよ?お兄ちゃん?」一瞬、ドキッとしてしまった。

歯を見せて笑う所はいつも通りだけど、目の細め具合とか雰囲気とか、なんて言うかさ、小悪魔もたいな?彼女はそんな雰囲気を醸し出していた。

そうなんだよな。可愛いんだよな、こいつ。普段はサバサバしてるって言うか豪快?馬鹿?脳筋?な所があるけど、絶世の美女とも美少女とも言える容姿をしている。他のメンバーの容姿も整ってるから違和感はないが、やっぱり鮮烈と言っていいくらいの可愛さと魅力を発している。

「ドキッとした?」からかうような笑顔を見せてくる。爽やかさってか野生らしさのある笑みだ。

「……ドキッとした」

「おぉ言うねぇ〜。お姉さん嬉しいよ、うりうりぃ〜」ユウカとララちの元に行けないせいかどうやら俺に絡む事にした彼女はそれはもう徹底的に絡んでくる。肘で俺の脇をつついて来るのだが、肘当てが鉄製なので結構痛い。普通に痛い。

「まっ、何気にお姉さんが一番若いからね」

「……そうなのか?」男子は俺は17、アケチは19なのは知っているけど女子の年齢は聞けていない。ララちは彼女と同年代っぽいし、ユウカに至っては年下のようにも見えるのだが。いや、彼女の身長が高いせいか。170センチ超の身長はそれだけで大人びて見える。若いが大人、そんな雰囲気が彼女にはある。

「ユウカは18、ララちに至っては23なんだよ〜」

「………………え、マジ?」

「マジ」マジらしい。ユウカはまぁいい。童顔なだけなのだろう。身長が低いのも幼く見える要因なのかも知れない。たけどララちが23!?え、23?マジで?ララちはどっからどう見ても10代半ばにしか見えない。なんなら俺よりも年下だと思ってた。

「……そういや会話出来たんだ」

「年聞いたら指で教えてくれた〜」

いや、それ俺に言っていいの?女子の年齢は勝手に教えちゃダメだと思うけど。……聞いた後で言っても手後れか。途中で止めなかったのは興味があったからだし。

「いやぁ〜、私もなんとな〜く年上かなぁ〜って思ってたんだけどね?まさか23とは。……本当にスッピンなのか疑いたくなるよぉ。肌とか艶っ艶のつるっつるだし」彼女もララちに負けない肌の綺麗さなのだが、歳の違い的にララちが異常なのか。うちの女子陣は全員肌がキメ細やかで綺麗だからな。彼女は普通の肌色でララちは若干白め、ユウカに至っては例えでよく言われる処女雪みたいだ。あ、ララちは女子じゃなくて女性か。いや、本人の前では言わないけど。女子扱いするけど。

「……年下だと思ってた」

「あぁ言う歳の取り方が理想だよねぇ〜。いや、歳取ってるようには見えないけどさ」

「……俺は、格好良くなれたらいい」男的には男前ってか、イケメン?ハンサム?に近づきたいかな?目付きが怖いとは皆から言われてるし。……多分ここに来る前もそうだったろうし。

こうしてふと俺はここに来る前は何処に居たんだろと思う事はあるけど、今の仲間との生活が楽しくてあまり戻りたいとは思わないかな。皆には悪いけど、帰る方法も探したくないってのが本音の所だ。帰る場所を見つけたら、そこでこの生活が消えてしまいそうだし。特にユウカは迷いながらも絶対に戻るしな。

「ん〜………いや、イケメンだとは思うよ?ちょっと選り好みされそうって言うか、怖いって言うか、男らし過ぎるってか?男にモテるイケメン?みたいな?」

「……それ、褒めてるのか?」

「褒めてる褒めてる。私は好きだよ〜、そういう男らしいの。まっ、女子ウケは悪いだろうけど、アケチも目つき悪いし」親指を立てながら歯を見せて笑う彼女。心無しか歯が輝いて見える。

言われてみればアケチの目つきも悪いな。端正でとても整っていて清潔感があり、顔立ちもイケメンなのだが、話さなくてもちょっと近寄り難い雰囲気はあるかもしれない。話したらより一層近寄り難くなるのはご愛嬌だろう。でも、イケメンって言われるのは気分が良い。普通に照れるな。うん。

「あっれれぇ〜?お姉さんにお返しの可愛いはないのぉ〜?」多分意図してだとは思うけど、わざわざ対面に来て後ろ歩きで物凄くイラッとくる顔で下から俺を覗いてくる彼女。

俺は出来るだけ無表情で「……可愛いと思う」と言うと、彼女の笑みはさらに深まり「あ、やっぱり?やっぱ私って可愛いよね?」と自分の頬っぺたを触り始める。

「いやぁ〜、こんな顔とスタイルに産んでくれた親には感謝しないとねぇ〜。お姉さん親の事何一つ覚えてませんけど」

「……俺も覚えてない」

「記憶喪失にしては不自然過ぎるんだよね〜。誰かに記憶を消されたってのは考えの飛躍しすぎだけど、何かがあったっぽいんだよね。その何かが分からないから引っかかるんだけど」

「いやぁ〜、分かりませんな〜」と彼女は後頭部を擦りながら軽々と木の根を飛び越える。

記憶喪失の原因は皆気になっている事だからよく話題には上がるのだが、勿論原因が分かる事なんてない。それとなくアケチが酒場で聞いて回った事があったらしいが、冒険者の半分は現地人、もう半分は俺達と同じような境遇の人で構成されているという事しか分からなかった。分かった事と言えば、記憶喪失の人間がアードの街以外でも現れる事と、その大半が冒険者になると言う事。記憶喪失で現れた人が記憶を取り戻したと言う話は聞いた事がないってとこか。

「まずは3階層まで降りるぞ。その後様子を見て4、5階層と降りていく。それでいいな?」

「オッケー」

「私も、大丈夫」

「………」グッ。

「ララちですよぉ〜」

二名ほどまともに喋らなかったが、全員が意気込み十分。ダンジョンの中へと進み始める。

このダンジョンはまるで何かの遺跡の様で、壁や床が全て石のレンガで造られている。一歩歩く事にカツカツと靴の音がなり、彼女に至ってはガシャガシャと鎧が擦れる音がする。

「………来た」小声で彼女にだけ聞こえるように言う。「へぇ〜ぃ!敵が来たみたいだよ〜!!」俺の声を聞いた彼女が皆に聞こえるように声を掛けてくれる。いや、本当に有難いです。

「う〜ん、三体かぁ。一層にしては多いねー」

「………どうする?」

「ん〜、今日は下に降りる事が目的だから手早く片付けちゃお」

「……なら、二体頼む。……直ぐに片ずけるから」

「おっし!!お姉さん頑張るよ!!」彼女は大盾で全身を隠しながらゴブリンを轢き殺すつもりで突進を開始した。俺はその後ろに隠れて弓持ちが飛ばす矢から身を隠す。普通の弓ならば驚異ではないが、たまに弩っていうの?あれを持ってるゴブリンが居て、あれに射抜かれると革の防具を貫通することがある。

コーンッ!コーンッ!と強く何かが盾に当たる音がしたから弩で確定だ。

断罪(パニッシュメント)ッッ!!」

「らぁぁぁああああああっっっ!!」

彼女はスキルを発動し小振りの斧を持ったゴブリンの頭を真っ二つにかち割り、俺は力一杯剣を薙ぎ払って弩を持ったゴブリンの首をもぎ取った。ゴブリンの骨はとても薄く、簡単に砕けてしまう。特に一階層のゴブリンは痩せ細っていて何も考えなくてもすぐに倒せてしまう。

「いぃぃぃいいいいやぁぁぁああああっっっ!!」

「お姉さぁ〜ん、アタァーークッ!!」

最後の剣持ゴブリンは俺と彼女の剣を同時に叩き込まれてその身を灰に変えてしまう。

「ふぅ、らっくしょぉー!!」

「問題ないな。ならペースを上げてくれ。午前中には三階層まで降りて起きたい。その後休憩を挟んで降りていく」

「う〜ぃ」

「………」グッ。

その後も何度かゴブリンとエンカウントしてしまうがこれも難なく撃破する事が出来た。

装備も整っていない新人が挑む難易度のダンジョン内でも最上層に位置する一階層のゴブリン相手では過剰戦力となってしまうのも仕方の無いことか。

やはり彼女の重装備が強力すぎる。本来弩などの武器を持ったゴブリンがいた場合、本来の力量差を無視して俺達は苦戦するはずなのだが、彼女の全身鎧と大盾はそれらの攻撃を全て防いでくれる。そのお陰で軽装の俺達も安心して戦う事が出来るのだ。

怪我をしても俺達には神官のユウカの回復魔法があり、ユウカの神聖力が切れても聖騎士てある彼女も回復魔法を少しは使う事が出来る。

二階層になるとゴブリンの体格が良くなり、たまに筋肉が着いてるなぁ〜って思うゴブリンが出て来て、三階層になると装備の質が良くなってくる。錆びていたり刃が潰れてたりした武器が、俺達の武器と同じくらいの質の武器に変わってくる。ここら辺になって来るとたまに魔石の買取値段が3カパーになったりする物もあり、出現するゴブリンの絶対数が多いため、ここで活動出来るだけの実力があればまぁギリギリ貯金は出来る生活か出来るのだろう。

「……三階層もこれで終わりか。……良し、休憩を取ろう。ララちとケンは見張っておいてくれ」

「ララちですよ〜」

「………」グッ。

三階層の探索も終わり、三階層と四階層を繋ぐなだらかな坂道にて俺達は休憩を挟む事となった。

ここまで後衛組で前衛よりは体力を消耗していないララちと、体力はある俺が警戒役となり、他の三人は坂道になっている地べたに座り込んで持ってきたサンドイッチや水を飲み食いし始める。

ララちは狩人としての基礎技能として、ギルドから獲物の発見の仕方や、獲物を追うための気配の消し方などを学んでいるため、索敵には持ってこいの人材だ。俺は戦士ギルドにて索敵(サーチ)のスキルを学んでいるため索敵役として活動する事が出来る。俺とララちはアケチから水とサンドイッチを貰い、立って警戒しながら栄養を補給する。

アケチはともかく、重装備の彼女や神官のユウカの体力は心許ない。彼女の精神はいつでも元気なのだが、それと体力はまた別の話。彼女の体格がいいと言ってもあくまでも女子としての話であり、男子も合わせれば前衛としては小柄な方に値し、そんな彼女が聖騎士の加護があるとは言え何十kgもある全身鎧を着込めば体力もそう持たない。ユウカに至っては普通の女の子と変わりない。何時間も立ちっぱなしで歩き続けるだけでもキツいだろうに、敵に襲われればアケチとララちが迎撃するとは言え、逃げるために一瞬走ったり飛び退いたりしなければならない。

彼女達は額や首筋の汗を拭い、革袋に入った水をゴクゴクと勢いよく飲み進める。あぁそうか、二人ともローブを着込んでたり、全身鎧を来てから暑いのか。アケチはと言うと、地べたに寝転がって寝ている。………なんて言うか、肝が座ってるんだよな、こいつ。

「ララちですよ〜」反対方向を警戒していたララちがこちらに向かって手を振っている。あの能天気具合なら多分大丈夫って言いたいのだろう。

「………」グッ。こちらも親指を立てて安全だと伝える。

ララちとは不思議な生き物で、話しかけなければ基本的にニコニコとしているかボケっとしているか決めポーズを決める生態をしていて、今も数秒置きに決めポーズを変えている。これがまた見事な物で、道端で決めポーズを決める時も、始めは通行人が邪魔そうにするのだが直ぐに遠巻きに見始める人が現れ、最終的には人集りが出来て歓声すら浴びているのだ。そのお陰でララちは一部の人から顔を覚えられ、ちょっとした有名人となってしまったのだ。

………良い方向に有名だと良いんだけど。

冒険者はやっぱり男が多く、美女美少女だらけのうちのパーティーは目立つのだが、ララちのお陰で__せいで?__さらに知名度は上がって、屋台でたまにサービスして貰える事がある。……主に女性陣。

壁に大剣と背を預け、腕を組んで軽く辺りを見回す。戦士のスキルである索敵(サーチ)は精神状態を安定させ、五感を研ぎ澄ます事で発動されるスキルで、俺の場合聴覚と視覚が強化されるらしい。精神状態は一定に保つ事が条件で、冷静になる必要は無いとかって教官からは言われているが意味が分からんし出来ないので出来るだけ心を沈める。

たまにゴブリンの足音が聞こえて来るが近くはない。休憩中だと言うのにわざわざ遠くにいるゴブリンにちょっかいをかけるのも馬鹿馬鹿しいので直ぐに別の方向の警戒を開始する。

こうやって静かに何もしないでいると、少しだけ物を考えてしまわなくもない。

ここへ来て一ヶ月が経つが、ここでの生活は新鮮さと違和感だらけだ。魔物とは何なのか、魔法とは?神聖力とは?冒険者とは何なのか?そもそも俺達は一体これまで何処に居たというのだろうか?普段ならこんなの事は考えないと言うのに。……いや、もっと言うなら考えられないか?今の俺達の状況なら今までどうしてたとかって考えるのは当たり前の事所か考えない訳が無いと言うのに、考え始めた傍から頭にモヤがかかる。こうして精神が安定していたり、それだけに集中出来る環境でなら問題の無い程度のモヤだが、日常生活で物を考えれるようなレベルでは無い。

別の事を考えるとそれが考えられないって言うかね?明らかにおかしな現象なんだよな。

この世界は明らかにおかしい。何がおかしいのかって聞かれると困るけどさ、だって魔法とかがあるんだよ?魔法だよ、魔法?おかしいじゃん。いや、何でおかしいのかって聞かれると本当に分からないけど。魔法を使う為の魔力があるし、実際魔法が使えるのに何がおかしいんだよって話なんだけどね?でもさ、魔力だよ?見えない物を体一つである感じ取るんだよ?魔法だけじゃない。神官や聖騎士が使う神聖力も何だって話なんだよ。神が発する力の一部って言うけど、神様だよ?いや、神聖魔法が使えるから何もおかしく無いはずなんだけど。無いはずなんだけどっ!!

「ん〜、どうした少年っ?何か悩み事かね?」周囲を警戒していたはずなのだが、いつの間にか彼女が近づいてきて顔を覗き込んで来た。

「…………ぼーっとしてたかも」

気が抜けてたか?それでも彼女の接近に気が付けないのは気を抜きすぎている。

俺は眉間を揉みほぐして周囲を警戒し直す。

「いやぁ〜、一人で居るとぼーっとしちゃうよねぇ」

「……それはある。……でもダンジョンで気を抜くのはヤバかったかなって」いくらゴブリンが弱いとは言え、弩で射られれば普通に死ぬし、錆びた剣だって腹に刺されれば死ぬかもしれない。

「……休憩はもういいのか?」

「ふっ…………回復魔法使っちゃった☆」てへぺろ、と片目を瞑り舌を出して自分の頭に拳骨を落とす彼女。可愛らしいその仕草につい頬が緩んでしまう。

「……アケチが怒るぞ」

「ん〜、それが意外と怒らなかったんだよねぇ〜」

「……そうなのか?」アケチなら真っ先にケチを着けそうなのに。

「ここからはレベルが上がるって聞いてるから体力は全回しとけって」

「あぁ、そういう事か……」確かにその通りだ。回復魔法はパーティーの生命線故、無闇矢鱈に使って良いものでは無いが使わないのもそれはそれで問題があるのか。問題ってか、勿体ない?

「ん?お?今反応早くなかった?」

「……そうか?」自主的に話したってよりも反射的に出て来た返事だからか?でも少しでもコミュ障が治れば良いなとは思うな。

「うんうん。いつもより返事が早かったよっ!普通の人くらいだった!」

「……それ、喜んでいいのか?」

「…………グッ!」わざとかどうかは知らないが、彼女は目を明らかに逸らした後、俺と同じように親指を立てた。

「まぁペラペラ喋られてもお姉さん的には困るんだよねぇ〜」

「……お前が困る?」

「そうそう……君が喋ると突っかかってくるいやぁなのが居るんだよねぇ〜」彼女にしては珍しく眉を顰めて嫌そうな表情を作り何処かを見る。

「……アケチ?」

「さぁ?内緒ぉ〜」アケチの方向ってよりは他のパーティーメンバーの方向を見ていたから取り敢えず名前を出してみたが普通に教える気が無さそうだ。

「いやぁ、本当に厄介なのってだけは教えておくよ」

うー、怖い怖いと腕を擦る彼女だが、本気で嫌悪しているという訳では無さそうだ。……仲間との仲が悪くなるのはちょっと気まず過ぎるからな。良かったよ、うん。

「…………いや待て、何で俺が喋ると困んるだよ」

「え?あぁ、うん。喋んな」

「……口が悪くなってる」

「ふっ、ちょくちょく自分の口調が何なのか分からなくなるんです」やっぱり決め顔をしながらそんな事をのたまう彼女だが、これがまた可愛いんだよ。

「ケン、9番、そもそも行くぞ」

「はぁ〜いっ……うっし、行こっか」

「……グッ」

このダンジョンは四階層からが本番だと言われている。一階層は貧弱なゴブリンが二階層で体格が良くなり、三階層で武器を持ち始める。そして四階層からは防具を着始めて完全装備となり、また今までの階層とは一度にエンカウントするゴブリンの最大数が増え、エンカウント率も頻度が跳ね上がるのだ。しかも三階層以上の階層よりもゴブリン本体の能力も若干上がっているらしい。

その代わり魔石やドロップの買取値段も増え、ゴブリンの数も増えるので収入も増えるはず。

「装備に不備は無いな?特に9番、お前が守りの要だ、盾や鎧に不備は無いか?」

「ばっちぐーだよぉ!どぉっんとこいって感じだねっ、うん」

「なら手筈通りに行くぞ」

「おっー!!」

「ララちですよぉ〜!!」

「えっ、えっと、ぉ、お〜?」

「………」グッ。

三階層から四階層へと繋がるなだらかな坂道を降る。順番は先頭に索敵役としてララちと壁の彼女、真ん中に戦闘能力皆無な神官のユウカ、その後ろにアケチ、そして最後尾に警戒役として俺が付く。ララちは敵の多い前方で狩人のスキルで索敵し、敵が見つかれば矢を放ちながら俺と場所を交代する事となっている。同じ索敵系のスキルでも俺の索敵(サーチ)のスキルは俺の練度が低くてまだ歩きながらだと精度が悪すぎるのでララちが前を歩く事となった。俺が後ろにいるのはアケチやユウカが後ろに居るよりは大分マシだろうからとただそれだけの事だ。あえて理由を付けるのならば、四階層以降は後ろからの接敵も増えるからとかか?

俺は索敵(サーチ)のスキルの練度を上げるため、感覚を集中させる。

教官からは索敵(サーチ)のスキルに使われる技術は戦闘系のスキルにも応用出来る基礎部分が多く含まれているらしく、歩きながら常に索敵(サーチ)のスキルが使えるようになれば大抵の感知系や感覚強化のスキルを習う資格が貰え、一人前認定されるんだとか。常日頃から索敵(サーチ)を発動出来る気はしないが、教官も常日頃から索敵(サーチ)のスキルを発動してる冒険者なんて少数だから、敵地や狩場では切らさないようになれば一端の冒険者だろうなっては言っていた気がする。

首筋に力が入るのを感じながらも辺りを見回す。

先程は切らしてしまった集中を取り戻すように深く意識を持って行こうとするが、彼女の元気の良い「前からきったよぉ〜!!」の声を聞いて意識を切り替える。

見ればララちが矢を放ちながら後ろ歩きで後退している。ララちの矢は見事なまでのコントロールでゴブリンの目を狙うが、ゴブリンの盾によって阻まれた。

ゴブリンの装備は三階層までと比べ物にならない様で、ピッカピカの綺麗な全身鎧を着込んでいる無駄にマッチョなゴブリンも居れば、上等な革の装備をララちの持つ弓より質のいい艶のある黒弓を持つゴブリンなどが5体も集まっている。

「全身鎧に突っ込め」すれ違いざまにアケチが指示を出す。

「らぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」俺は大剣を抜いて頭の上で腕事大剣を回して遠心力を付け、彼女が抑える全身鎧のゴブリンの目の前で踵を起点にさらに一回転し技も何も無くゴブリンの頭に大剣をフルスイングしてしまう。

「ギョッっ!?____」

断罪(パニッシュメント)ッッッ!!__ナイスっ!」頭を凄まじい衝撃に襲われたゴブリンは剣と盾を手放してその体を浮かせて吹き飛ぼうとした所を彼女の断罪(パニッシュメント)で撃ち抜かれた。最高のタイミングで繰り出されたその一撃は鎧越しにゴブリンの腹を打ち据え、ゴブリンは地面に叩きつけられる。

「パニッ__うおっ!?」

「ギェェエエエッッ!!」彼女が追い打ちをかけようともう一度剣を振りかぶった瞬間、全身鎧のゴブリンの後ろに隠れていた剣士風のゴブリンが特攻をかまし、俺の方にも矢が射られる。俺は大剣を盾にして矢を防ぎ、彼女は剣士ゴブリンと撃ち合いを始めた。

鎧ゴブリンも強固な鎧によってスキルを受けてもなお、腹の部分が大きく凹んだだけで体が真っ二つに別れていたりはしない。大きく凹んだフルフェイスの兜は脱ぎ捨て、頭が大量の血を流すゴブリンだったが暖かな光に身を包まれてその傷は癒えてしまう。回復魔法による奇跡だが勿論ユウカの魔法などではない。神官服を着たゴブリンが彼女と撃ち合って傷ついた剣士ゴブリンも癒してしまい、これで元通りと言わんばかりに彼女を攻め立てる。後ろでは杖を構えたゴブリンが魔術の詠唱を始めていた。

俺達と良く似た編成だが、堅実に強い編成だ。本当なら最初のあの一発で決めるつもりだったんだけどな。

「騎士と剣士に狩人と神官、さらに魔術士か……ふっ、僕らと同じ編成で負けるのはかっこ悪いな」アケチは杖の先をゴブリンに向ける。

「ん〜、結構強いわもぉ」彼女が剣士ゴブリンと大きく撃ち合い互いに離れると俺と彼女は入れ替わり俺は剣士ゴブリンを、彼女は騎士ゴブリンの相手を始めた。

「分かってる」ここまで一度も魔術を使っていないアケチはここに来てようやく魔術を行使する。

「燃えろ炎。初めの炎。されど炎。魔術の基礎であり基盤である初めの魔術。これは炎。燃える炎。____ファイヤーボール」

「ぅっ、ぉっ!?」アケチの炎魔法が俺の顔スレスレを通って奇妙な軌道で90℃曲って剣士ゴブリンの脳天に落ちていく。アケチの炎魔法は小爆発を起こし、剣士ゴブリンの頭を見事爆散させ、ついでに爆風で俺の腹にクリーンヒットが当たる。爆発自体は一瞬なので熱くはないが、左の頬がヒリヒリする。もしかしたらちょっと当たってたかも。

ただ、アケチの魔法はレベルが上がったここでも必殺の威力を持ち、使い勝手に関しても先程のサッカーボールサイズの炎の塊が急に直角に曲がった事を見ても抜群なのが良く分かる。

………さっかーぼーるってなんだ?いや、今は別にいいか。

新人の場合普通は一撃で終わる魔法だが、アケチは違う。

「再度放て炎。さらに三度(みたび)の奇跡を放ち、さらに飲み込め炎。最後に唸れ我が炎」アケチが杖の先でゆっくりと緩く円を描くと消えたはずの魔法陣と呼ばれる奇跡の円陣がまた浮かび上がり、さらに追加で四発の魔法が放たれて残る全てのゴブリンの頭を正確に撃ち抜いた。

「うっひょぉ〜……えっぐい魔法ぉ〜………」

「ラ、ララちですよぉ〜……」

「………練習で見た時より凄い」

まともな完成の持ち主のユウカ所か、何処かぶっ飛んでいる女子二人ですらその威力に若干引いている。アケチは額に汗を流しているが対して消耗している様子はない。

恐らく……いや、確実にアケチの実力はこの中でも頭一つ抜けている。

本来新人の魔術士が放てる魔法の数は程度にもよるが三から五発、優秀なものでも十発打てれば上出来、休んでも日に二十発も放てれば超有望新人として注目される。

だと言うのにアケチは五発を一度に放っても軽く汗をかくだけでまだまだ余裕が見て取れる。それどころかアケチは必要な詠唱をすっ飛ばして高速で連続して魔法を放って見せた。魔法の詠唱だって毎度言ってる内容が違うので他の魔術士が使う詠唱とは意味が異なって居るのだろう。

「ちょいちょい、これ私達いる?」アケチつぇ〜と思いながら魔石とドロップを拾うと、彼女が擦り寄ってきて耳打ちする。

「………一応効率的には必要なはず。……多分」

ぶっちゃけアケチがこのパーティーの中でも最強かも知れない。あの魔法の連射は彼女以外に防げるとは思わないし、アケチは炎魔法のファイヤーボール以外に白魔法の小結界を習得していて、こちらはさらに出が早く、ある程度の攻撃は防いでしまう。魔術士の弱点である接近戦だってアケチは得意としている。………うん、強いな。

これでも俺達全員が新人の中でも優秀な方で黄金世代かも知れないなんて言われているのに、アケチには及ばない気がする。俺は無理だ。あの炎爆発するし、剣で受けても一発か二発で体勢が崩れるくらいの威力はあるし、連射出来るし。あれって直撃したら骨と内蔵がやられるか、頭に当たれば一発アウトだもんな。避けれるかどうか微妙な速度でさっき見たように追尾性能付きだし。

「アケチぃ〜、それあと何発打てるの〜?」

「うん………まぁこの僕でも威力によるけど連続で25発前後、休憩を入れても倍は無理だ」三十発打ててる時点でおかしいんだけどな。

「ほぇ〜、なら節約しないとダメっぽい?」

「そうなるな」

「な、なら……遠距離攻撃出来るゴブリンだけ倒してもらうのはどうかな?」

「ならここからは後衛は僕が相手しよう」

「……神官はほっといて大丈夫って伝えてくれ」

「はぁ〜い……アケチー、神官は無視でよろしくっ!」

「分かった。なら弓と魔術を使いそうなゴブリンは僕が仕留める」

「んー?……ララちですよぉっ〜!!」俺達が軽く認識を擦り合わせ終わると同時にララちがゴブリンの接近に気がついたようだ。俺達はララちが示す方向に隊列を組もうとして俺の足が止まる。

「……反対からも来てる」

「うっそ!?マジで!?」

「……マジ。後ろは俺が相手する」大剣を引きずるように俺は彼女と反対方向に歩き始める。本当は剣を引きずっちゃダメなんだけど大剣って切れ味殆ど関係ないしな。そもそも刃が潰れてるから実質鈍器だしこれ。

「ん〜、了解。あっけちぃ〜、後ろからも来てるってさぁ」

「分かった。魔術士と弓持ちは僕が潰そう」そう言いながら杖を掲げてすぐさま二方向に連続で三発のファイヤーボールを叩き込むアケチ。ファイヤーボールは盾持ちの防御を見事にすり抜けて二体の魔術士ゴブリンと一体の弓持ちの頭を正確に撃ち抜いた。

「9番は盾持ち二体に剣士と槍が一体ずつ、それに神官か。ケンの方は剣と盾持ちに神官。……ララちは僕と一緒に9番の方に上がる。ケンはそのまま持ちこたえろ。装備の差もある、出来るなら決めてくれればいいけど無茶はするな」

「………」グッ。

後ろを向かずに親指だけ立てて了解の意を示す。

さて、神官は戦えないとしてこちらは実質剣士と盾持ちの二体を同時に相手取らないといけないのか。先程の感触から言ってやっぱり体格差もありここのゴブリンは俺達よりは弱いが、全くの無力では決してない。二対一だと油断して居れば痛い目を見そうな程だ。てか技量は俺より上だなぁと思いながら先程も戦っていた。

「ギシャァァアッッ!!」

「おっらぁぁぁぁぁあああああっっっ!!」まず突っ込んでくる盾持ちの騎士ゴブリンに向かってまるでハンマーを振り下ろすように力任せに大剣を振り下ろした。ゴブリンはムッキムキのマッチョマチョなガチムチ野郎だが身長自体は130もあるか怪しい程でしかない。手足は短く常に上から攻撃を受けることとなる。筋力だけならパーティーでも飛び向けている俺の一撃は防御に優れた騎士ゴブリンすら膝を着かせ、素早く繰り出される蹴りはゴブリンの鎧越しに腹を打ち据えて横に転ばす。鎧を蹴れば足が痛くなるが鎧に足が付くまでは殆ど添えに行くくらいの威力で、足が着いた後は吹き飛ばすために斜め上に向かって力を込めれば足は痛まない。ポイントは足首を固定すること。出ないと普通に重さで足首を痛める。だがこれで邪魔な騎士ゴブリンは一瞬居なくなった。そうすれば剣士ゴブリンと一騎打ちに持ち込める。俺は素早く剣士ゴブリンに突っ込んで馬鹿力で押しに押しまくる。

「ギシャァァアッッ」

「___シッッッ!!」ゴブリンの一撃を後ろに下がる事で何とか避け、今度は倒れ込むようにして大剣を振り下ろした。ゴブリンの剣はゴブリンサイズで小さめだが振りが早く避ける時に体勢を崩してしまい、そのまま剣を振るったが意外とまともな一撃が繰り出せた。剣士ゴブリンは何とか剣の腹を盾にして受け止めることに成功したが、完全に受け止める事は不可能だったようで剣は押し込まれて大剣が頭を兜越しに激しく揺らした。

「ギェェエエエッッ!!」神官ゴブリンによって回復した盾持ちが盾を構えて突っ込んでくる。

「ぃぃぃぃぃいいいいらぁぁぁああああああっっっっっつつ!!」

だが俺は奇声と共に剣を振り抜き、正確に盾の支点に大剣を叩き込んで再度騎士ゴブリンを吹き飛ばし、足でよろめく剣士ゴブリンの剣を持つ手を蹴って剣を吹き飛ばして今度は肩に大剣の一撃を叩き込んだ。

技も何も無い筋力のゴリ押しだがこれがまたゴブリンには良く効く。剣士ゴブリンの肩に大剣はのめり込み、胸の辺りまで深く食い込んだ。

騎士ゴブリンが三度突っ込んで剣士ゴブリンを後ろへと下がらすが一体何処まで持つものか。たとえ回復魔法で治療しようとも完治は出来まい。俺はもう一度騎士ゴブリンに大剣を叩き込んだが流石にこれは持ちこたえられた。そう何度も吹き飛ばされてたまるかとその小柄な体型を隠しきる大盾で身を守る騎士ゴブリンの防御を崩すのは難しい。これまでなら数度本気で大剣を叩き込めば盾ごと粉砕出来たが分厚い金属で出来た見事な大盾は多少凹むだけで壊れそうにはない。

「シャラァァァッッッ!!」

騎士ゴブリンは守りに入ったらしく攻撃はして来ないがもう少しすれば剣士ゴブリンが復帰してきそうだ。動きは鈍っていようと二体同時は行けるのか?

まぁ、行けるか。行けそうだよな。

俺は大剣を騎士ゴブリンが大盾で受け止めた瞬間、その大盾を左手で掴んで騎士ゴブリンからひっぺがそうと力を込めた。

「ギェッ!?」混乱のまま騎士ゴブリンが剣を振るが大盾が邪魔で上手く振るえない。ゴブリンでは満足に振るえないであろう大剣を手放して今度は右手で騎士ゴブリンの持つ剣を鷲掴む。どうやらこれも斬ると言うよりは潰す事を念頭に入れている剣らしく、刃の部分を掴んでも手は切れない。一応大剣をしっかりと掴めるよう革の手袋をしているのである程度は防刃の役目を果たしてくれるとは思っていたが実際切れないとほっとするよな。

「ギェッ、ギェェエエエッッ!!」

「よっ、こっ、せぇっ!!」騎士ゴブリンも中々の力で抵抗するが今回は分が悪い。教官の阿呆訓練によって鍛え上げられたこの体はスペックだけなら中堅冒険者クラスはある。呆気なく大盾と剣を取り上げられた騎士ゴブリンは咄嗟に俺の大剣を持ち上げようとして失敗する。まずそもそもゴブリンが持つには長すぎるし重いし重心が人間用に設定されている大剣を持ち上げられる訳が無い。

後はもう殴って殴ってまた殴る。全身鎧を着ていようが関係ない。殺意しかない連撃は騎士ゴブリンが息絶えるまで続いた。

「お、おぉ〜。終わったから来てみたけど、凄い、うん。なんて言うかな?脳筋だねっ!!」俺が騎士ゴブリンを殺し終えると同時に彼女が何処か楽しそうに声を上げながら俺の隣を悠然と歩いていった。彼女はそのまま盾を構えて治療途中の剣士ゴブリンと戦闘を開始し、見事に圧倒している。剣士ゴブリンの攻撃は全て防がれ、逆に意外と頭の使われた彼女の攻めが鋭く叩き込まれる。

俺が立ち上がってまた突進しようとすると肩を叩かれた。肩を叩いた本人は弓に矢を番えて「ララちですよぉ〜」と言いながら正確に神官ゴブリンの両目を射抜いた。

「ギャァァァアアアッッッ!!」

「さぁとどめを刺されたまえ!!とりゃ」両目の矢を引き抜こうとした神官ゴブリンだったが、手負いの剣士ゴブリンを処理した彼女によってあっさりと倒されてしまった。

「う〜しっ、おっわりぃ〜!!」両手を突き上げて彼女はそう叫ぶ。

「ふむ、時間もそう掛かってない。遠距離攻撃が出来るやつが居なければケンなら三体が相手でも勝てる事も分かったし上々な結果だな」アケチも満足そうに眼鏡に指を当てて杖をクルクルと弄ぶ。

「ここでも出番がないのは嬉しい事、なのかな?」

「ララちですよぉ〜」若干居心地悪そうなユウカの肩をララちがニヤけ面で叩いて慰める。慰め……てるのか?多分慰めてるんだろ。多分。

疲れたなぁとか思いながら天井を見つめているとアケチに肩を叩かれ耳元に手を当て何か喋ろうとする。

「おいケン、あれに魔術士と弓持ちが居ても勝てるか?」

俺もアケチの耳元で手を当てて話す。

「……無理。弓とか魔術の防ぎ方が分からないから勝てても大怪我すると思う」ゴブリンの魔術はアケチの魔術よりも規模が小さいが当たれば骨が折れるかも知れない威力はある。矢だって確実に体の奥深く突き刺さるだろう。防ぐにも魔術は範囲が広く速度も速い。矢に関しては乱戦状態で絶対に防げない。

「そうか。ならさっきと同じように遠距離は僕が沈めよう。……それとこうすれば話せたんだな」

「……複数人に話声を聞かれてるって思うと声が出なくて。……こうやって周りに人がいてもヒソヒソと話す分には問題ない」

「いや、問題しかないと思うぞ」

そう言うとアケチは離れていった。離れたって言っても目と鼻の先から二、三歩離れただけだけど。

「今日は取り敢えず四階層を回ってみて効率を見てみようと思うけど何か意見はあるか?」

「お姉さん的にはまだまだ余裕だよ〜!」

「お前は装備が整ってるからだろ。馬鹿なのか?」

「でも、誰も怪我はしてないし……余裕はある、のかな?」

「ララちですよぉー」

大体皆余裕がありそうな雰囲気を醸し出してる。ただね?そのね?さっきと同じような事になると俺が疲れるんですよね?俺頑張ったよね?うん。

そんな俺を見かねてか彼女が俺の肩に手を乗せて親指を立てて見せ「行けるよねっ!」などと宣う。

「……いや、きつ__」

「皆〜っ、ケンも行けるってぇ〜!!」あ、こいつ。

「なら良い。次を探すぞ」

あ、はい。駄目だ。もう決定しちゃったしここから意見するのはコミュ障には辛いんです。

……ただまぁ、だからと言って三階層まで戻ろうとも思わないけど。流石に息が切れてきたらユウカが回復魔法を掛けてくれるとは思うし、彼女が今度は団体を持ってくれるだろう。

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