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自転車が交通手段だった時代、人情もまた交通の一部だった(ラジオ大賞7、2025年12月)

16歳の夏にで出かけた自転車旅行。それは青春時代にしか体験し得ない冒険だった。その冒険で最大の印象を残したのは、トラブルや達成感ではなく……。

現代では有り得ない冒険と人の記録。


いつか記録に残さなけれならないと思っていた実話で、その背中を押してくれたラジオ大賞企画に感謝します。


右肩上がりの高度成長期、自転車は近所だけでなく泊まりがけ旅行の手段でもあった。

当時は猛暑日という概念すらなく、真夏日が暑い日の象徴で、しかも30度を超えるのは正午から午後4時ぐらいまでの短い時間だけだった。

風で空冷が効く自転車ともなると、帽子がなくとも熱中症には無縁で、サイクリングは一般市民のレジャーだった。

今と違って、ヘルメットという「頭を蒸せて五感を鈍らせる」不快な存在もなかった(詳しくは後書きの注釈)。


谷道をくねくねと曲がる狭い旧国道は、木陰や湧き水が多く、低馬力車向けの緩い傾斜と合わさって、自転車やバイクに都合が良かった。キャンピング仕様とは、車でなく自転車のことを指していた。


高校一年の春に1泊2日でサイクリング旅行を成功させた僕たちは、高二の夏、往復650kmの自転車旅行を、行き山越え2日、帰り平地2日で計画した。

今と違って、チャチな5段ギアに重い車体。寝袋も衣類も重い。

それでも、春休みの成功で自信はある。親も教師も説得した。


初日は山越え180kmだが、朝3時の涼しく時刻に家を出れば、日の高いうちに宿泊予定地に着いているだろう。

そういう計画だったが、現実は厳しく、スタートからつまづいた。

出発直後にパンクして修理を試みたものの、闇の中で、当時の低レベル修理道具を素人が扱える筈も無く、2時間ロスした。

そのあおりで、涼しいうちに走るはずの平野部を、炎天下で走る事になった。

今より遥かに涼しくとも、8月は午前から暑いのだ。


午後には腹が壊した者も出た。あまりの暑さに、水道水より安全で美味しい湧き水を誰もがガブ飲みしたからだ。

何時しか日没となった…山越え40kmを残して。


当時の山道に当時の自転車だ。

早起きによる睡眠不足もあって、全員が消耗していた。

持参した昼食・夕食は食べきって腹も空いている。コンビニの無い時代の田舎道で、店も閉まりパンすら入手できない。

それらを癒すべく、ガソリンスタンドで仮眠を取る事にした。当時は夜になったら閉まる所が多く、防犯や雨対策としても都合が良かった。


いよいよ地べたで寝ようとした時、対面の家から出て来たお婆さんが声をかけて来た。


誰もが「叱られるのでは」と思った。現代なら警察だって出て来るだろう。


だが、正反対の言葉がやってきた。

「こんな所で寝ずに、うちに来て寝なさい」

僕たちの姿は傍目に同情を誘うものだったらしい。しかも明らかに犯罪と無関係。この田舎なら、そんな高校生を助けようと行動してくれる人が居てもおかしく無い。たとい一人暮らしの老人であってもだ。


本格的に寝て明朝出発しろと言ってくれるのを固辞して、仮眠3時間で目をさます。その間、お婆さんは、おにぎりまで作ってくれていた。夜食用とお弁当を。仮眠直後にメンバーを起こしたとき、全員から恨み言を言われたが、ここで寝ると明日がきつい。出発前にも、もっと寝るように言ってくれた親切を振り切って、俺たちは出発した。


峠まで30km弱を3時間、峠から1時間走って予定の無人駅に付いた。仮眠と食事にも関わらず、それだけかかったのだ。


夏なのに、それでも暖かさを感じる家。

現代では有り得ない人情。

それらがなかったら、2日目に予定地へ辿り着いたか今でも分からない。


旅行後、メンバーそれぞれがお礼状を出しました。今のなって思えば、それでは足りなかったと思う。

相手は一人暮らしなのだ。せめて、もう一回、年賀状ぐらいだしておけば良かったと思う。

(注) ヘルメットとは、原付・バイクや自転車競技の自損事故を想定した対策だが、一般自民の自転車のヘルメット議論は車と衝突が想定されていて、加害者でなく被害者に対策を強要する本末転倒な考え方だ。同じ考えを歩行者に適応すれば、歩行者すらヘルメットなし横断歩道を渡ってはならないということになる。


ちなみにヘルメットだが、単に「車にぶつけられた時の重症化を防ぐ」という理屈のみが喧伝され、最も基本的な『ヘルメットの着用で(五感が鈍って)事故数自体がどれだけ増えたか』という検証は一切行なわれていない。それでもヘルメット推奨が続いたのは、それを推奨する警察キャリアにとって、出世に重要なのは、事故数ではなく死亡事故数のみだからではないかと個人的には感じています。


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