君はアウトだ (夏のホラー2021 『かくれんぼ』題)
医者の私は、今年は特に忙しい。ベッド自体はあっても、感染症対応の部屋も、対応できるスタッフも足りないのだ。患者の気持ちを考える余裕も、感染拡大の責任論を考える余裕すら失ってしまった。
だから私はマニュアル人間になった。
夏のホラー2021『 かくれんぼ』の投稿作です。
『発熱38.2度、酸素飽和度94%』
『既往症なし』
陽性が発覚した患者のデータだ。世界最大の商業エンタメ週間の前なら判断に迷うところだったが、今は簡単だ。
「自宅での療養となります」
ちょっと肥満気味なようだが、関係ない。
『発熱38.5度、酸素飽和度92%』=+2ポイント
『既往症1』=+2ポイント
ガイドラインによると、こんな場合は外出の履歴を聞く事になっている。手許にも資料はあるが、本人にもう一度確認する。
「何処で感染されたか心当たりはありませんか? 資料によると、食堂で4人で飲食をしたそうですが?」
答えはイエス、露天とはいえ他人との食事だ。自業自得の行為でマイナス12ポイント。
「優先順位は非常に低いですね。自宅での療養となります」
『発熱38.7度、酸素飽和度90%』=+3ポイント
『既往症なし』
感染の経緯を聞くと、バスケットボールをしていたそうだ。コートは外だが更衣室使用で週2回。
「優先順位はちょっと低いですね。自宅での療養となります」
患者は「どのくらい低いのですか」を尋ねて来るが、こちらはマニュアル通りに答えるだけだ。
「この時期に、そんな感染リスクの高いスポーツをしているなら、感染の覚悟があったのでしょう。そういうことです」
マイナス7ポイント。
『発熱38.9度、酸素飽和度88%』=+5ポイント
『既往症なし』
こんどの患者は、卓球だそうだそうだ。更衣室は使わず自宅から直接行き来したとか。屋根のある半屋外、言い換えれば半室内。
「優先順位は中間ぐらいですね。自宅での療養となります」
ボールを持つことでウイルスが移り、汗を通して体内にはいる。加えて半室内スポーツ。マイナス4ポイント。合計ではプラスだが、現時点で即入院には+5ポイントが必要だ。
『発熱38.8度、酸素飽和度85%』=+6ポイント
『既往症なし』
この患者は、一応、対人スポーツの危険を知っているようだ。でも、鬼ごっこでは不十分だ。
「優先順位はかなり高いですが、この状態ですので自宅での療養となります。済みません」
一瞬のタッチでも接触は接触だし、下手をすると身体的接触にすらなりかねない。しかも汗をかいた状態でだ。マイナス2ポイントで、計プラス4ポイント。惜しい。
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どんな、そんな遊びなら大丈夫かって? 決まってるでしょ、身体的接触はもちろんのこと、球などのモノを通した間接接触もしない、屋外競技。
そう。
『かくれんぼ』
ですよ。
幼稚園製でもないのに恥ずかしい? 知りませんよ、そんなこと。
お上の言った「自粛」を守れないような人間は、みんな「反日分子」だから、そんな連中に酸素ステーションを置くだけでも慈悲深いと思ってもらわなきゃ。あなたはアフガンに生まれなかっただけでも幸せなのです。
以下、前書きに書くか迷って、書かなかったボツ案です
かくれんぼという遊びの平均終了時間は20分とされる。これは捜すのがより困難な缶蹴りとほとんど同じだが、それは子供が一人でヤミに隠れる耐えられる時間と、オニが飽きて遊びを放棄する時間の兼ね合いがかきまる。オニが大人に変わった所で、かくれんぼの平均時間は1〜2週間にも伸びる。
ではヤミを恐れないどころか、ヤミを好む小人が参加者になったら? 小人は隠れるのがうまい。いや隠れ家を変えるのが上手いというべきか。だかた、小人の隠れ家を探したり、偽装を見破ったりするのに1カ月以上かかる。
そのためか、医者の私は、今年は特に忙しい。....まえがきに続く。