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聖者リュート_06

 落ち着いたリュートは、彼が元いた世界のことを少しずつ話してくれた。

 彼の世界の花街には女性向けの店があるということ。

 リュートはそこで「ホスト」という女性を楽しませる仕事をしていたということ。


「リュートは女性に春をひさいでいたのですか?」

「ちげーよ! そーいう奴もいるけど、オレは枕は絶対にやらねーって決めてたし」

「枕?」

「朝まで枕をともにするってヤツな。つまりそーいうコトは金積まれてもやらなかったの」

「花街のお店なのに?」

「あー、こっちの世界じゃそーゆー店しかないのか」


 リュートのいた世界では、貴族の館のような華やかな場所で、男女を問わず彼のような美しい人と楽しくお酒を飲んだり、会話をして楽しむだけの店があるのだという。


「ツラが奇麗なだけじゃダメでさ、金もらう以上ちゃんと客を楽しませなきゃいけないし、これでも結構アタマ使ってたんだぜ」

「それはなんとなくわかります」

「オレ、そこで結構いいコトいってたのよ、ナンバーワンは取れなかったけど、いっつも売上は五位には入ってたし」

「リュートは元の世界でも女性に好かれていたのですね」

「おうよ、で、オレのこと贔屓にしてくれるお客サンがいたんだわ。ベンチャー企業の社長サン? 遊び方もキレイだしスジのいいお客サンだったの」

「はい」

「んで、彼女の誕生日をウチの店でやることになって、オレ、ちょっとハリキリすぎちゃってさ」


 リュートの目は、今、ここではないどこかを見ている。


「めちゃくちゃいい酒、オレの名前で入れてくれたのよ。そりゃフツーがんばるじゃん? で、調子に乗ってボトルを一気にあおったら気を失ってさ、目が覚めたらこっちの世界にいたんだわ」


 リュートは『急性あるこーる中毒』で死んだのだという。

 こちらでも強い火酒を飲んで倒れる人がいるが、それと同じことのようだ。


「リュートは元の世界に帰りたいのですか?」

「帰れんの?」

「いえ……これまで、元の世界に戻った転生者はいないと聞いています」

「できねーコト聞いてどうすんのよ。まぁ、別に元の世界に未練はないけどさ、オレが死んで彼女の誕生日めちゃくちゃにしちゃったじゃん? それだけは謝れるモンなら謝っときたいくらい、かな」

「やはり、リュートは優しいのですね」

「今の話のどこに優しいトコがあんのよ?」

「だって、リュートは自分が死んだのに、残されて自分の死が理由で困った人のことを気遣っているじゃないですか。そういう人を優しいというのだと思います」

「……あんがとな。オレ、優しいとかカッコいいとか、女からの誉め言葉には慣れてんだけど、あんたにそう言われるの、悪くない」

「少しは元気になりましたか? それじゃ薬草採取、がんばりましょう」

「え? ここは二人いい雰囲気になるところじゃねぇの?」

「薬草、まだ全然集めてないじゃないですか。それに忘れていませんか? 私は見た目通りの年じゃないですよ」

「はいはい、初級イベントの薬草採取失敗とか嫌だからな。そんじゃいっちょ頑張りますか」


 それからは、二人で他愛のない話をしながら薬草をあつめた。

 私がリュートのいた世界の話を聞かせてほしいと頼むと、火を焚かなくても明るい夜のこと、すべての子供が読み書き算術を学ぶこと、貴族はいないけれど、目に見えないだけで身分の違いがあることなど、彼はたくさんの話をしてくれた。

 リュートの話はどれも興味深く、面白かったが、父から聞いていた話とずいぶん違うように思えることもあった。

 そして話はリュートの元の世界での仕事にもどる。


「でさ、さっき話したの上得意のお客サンなんだけどさ」

「『べんちゃーキギョウのシャチョウ』さんでしたっけ」

「その人がちょっとシスター・エメリアに似てんのよ」

「そうなのですか!」

「あんな感じの、こっちがデレてもあんまり顔に出ないんだけどさ、本当はお姫様扱いされると嬉しいタイプ?」

「なるほど?」

 シスター・エメリアに聞かせられない会話である。

「あの人見ると反射的に接客モードになるんだよな」

「だからあんなにうやうやしい態度で彼女に接しているのですね」

「そそ、もう条件反射でそうなっちゃう」

「もしかして、街の女性に対する態度もそうなのですか?」

「だって、向こうからこっち見てくるんだぜ。客になる筋があるってことじゃん? そりゃもう、いくらでも愛想くらいふりまいちゃう」

「それはこちらの世界はあまり意味がないのでは?」

「身体に染みついてんのよ。無意識にやっちゃう。職業病みたいなモンだからなぁ。あ、もしかして焼いてくれてんの?」

「どこに焼く理由があるのでしょう?」

「あー! トゥエもツンデレ系?」

「よくわかりませんが、ちゃんと手を動かしてくださいね」


 二人で手分をけして採取したので、一刻ほどで手提げ籠の中はいっぱいになった。

 最後に私が採った薬草を見分したのだが、意外なことにリュートの採取した薬草はどれも正しいものばかりだった。

「へへ、どうよ! オレはやればできる子なんだぜ!」

 自慢げなリュートの笑顔。

 誰かと一緒に薬草を採るだけのことが、こんなにも楽しい。

 なるほど、たしかにリュートは人を笑顔にすることを生業としている人なのだ。

 彼自身は違うと言うだろうが、私にはそれがとても素敵なことのように思えた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

年度末に入り執筆時間が読みにくくなるため、この後も不定期更新になります。

ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。

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