聖者リュート_05
リュートが納得するまで街を歩き尽くした次の日、彼はシスター・エメリアに何でもいいので仕事をしたいと申し出た。
「いくら居候とはいえ、いつまでもタダメシ喰ってるだけじゃ居心地が悪いですから」
「ありがとうございますリュートさん。それでは、朝はトゥエの手伝いを、昼からは教会で子供たちの面倒をみていただけますか?」
「はい、シスター。貴女の仰せのままに」
だから、なぜそこでわざわざシスター・エメリアの手をとるのか。
「トゥエの手伝いって何するんだ? ってあんた、いままでオレと一緒に街をふらふらしてただけじゃん」
「リュートのような転生者にこちらの世界のことを教えるのが私の一番の役目ですが、それ以外にも薬草をとったり薬を作ったり、やることがあるんですよ」
「をぉぉ! 薬草採取とかちゃんとあるじゃん! オレもやるやる!」
「それじゃ今日は一緒に山にいきましょうか。転生の門に行く途中に良い場所があるんですよ」
一度家に戻って(と、いっても教会の敷地内にあるのだが)手提げ籠と小刀を持ち、教会の裏から遺跡まで伸びている山道を登る。
枝の大きく曲がった樹が三本並んている所で山道を外れ、そこから尾根を一つ越えたところに薬草の群生地があるのだ。
「これが熱さましの薬草になります。で、こっちはお腹を下したときに効く薬草ですね」
「薬草って、一種類じゃないのかよ」
「他にも色々ありますが、今日はこの二つを採りましょう」
「なんか、全然区別がつかねぇ」
リュートは二種類の薬草を見比べて頭をかかえている。
「最初はそんなものですよ」
「とりあえずこれ見本にして、似たようなの採ってみるわ」
「お願いします。それから、あまり遠くへ行かないでくださいね。私の姿が見える所にいてください」
「わかってるって。これ、あんたを見失ったら絶対迷う奴じゃん」
リュートは私のすぐ側で、これか?いや、違うか……と悩みながら薬草を集めはじめた。
「リュートはもうこの世界に慣れましたか?」
今朝、リュートはシスター・エメリアに仕事がしたいと言った。
それは、この世界で生きていく覚悟ができたということなのだろうか。
「慣れた、っていうかさ、ここがオレの住んでた世界とは違うトコで、でもって、オレが想像してた異世界とも違うってトコまではわかったつもり」
「リュートの想像していた異世界?」
「ああ。オレのいたトコでは異世界転生っていうのにテンプレ、あ~、なんて言えばいいのかな、決まったパターンみたいなのがあんのよ」
「はい」
「フツー、異世界転生すると神様だか女神さまだかから転生者ボーナスでチートなスキルをもらって、それを使って異世界で大活躍とかするんだわ、転生者って」
「そ、そうなのですか?」
「だけど、この世界にはそーいう神様もいないし、テッパンの冒険者になろうにもギルドもないっていうし。それに魔獣とか魔族に街が襲われてる訳でもないとか、なんかこう、平和なトコじゃん」
「はい」
「平和なのはいいコトなんだけどさ、そんじゃオレ、この世界で何すりゃいいんだろうな、って」
リュートは薬草を探す手をとめることなく、そうつぶやいた。
そうか、彼は自分がどうしてこの世界にやってきたのか、その意味を求めているのだ。
「リュートはこの世界で勇者になりたいのですか」
「こっちに来たすぐはちょっと思ってたけどな。でも、今はちげーよ。ちゃんと現実見えてきたし」
「私の父もリュートと同じ転生者でしたが、この世界で勇者になりませんでしたし、大活躍もしなかったですよ」
「うわ、リアルだけど夢のない話だなぁ、おい」
「父は、元の世界で『本草学者』という植物を研究する仕事をしていたそうです。その知識を生かして、こちらの世界でも植物を研究していました。今リュートが採っている薬草も、父が熱に効くことを見つけたんですよ」
「なんだよ、活躍してんじゃん」
「活躍かどうかはわかりませんが、父の仕事はみんなに喜んでもらえたと思っています。そういえば、リュートはむこうの世界では何をしていたのですか? こちらで同じ仕事をやってみてはどうでしょう?」
リュートの手が止まった。
「リュート?」
「あのさ、オレ、ホストやってたんだよね」
「ホスト?」
「なんて言えばいいかな……金で女に夢と幸せを売る仕事?」
「?」
「あはは、わかんないよな」
リュートはどこか皮肉な笑いを浮かべると、とったばかりの薬草を手元で慰みはじめた。
「オレのいた世界はここより色々複雑でさ、フツーに生きていくだけで嫌ンなるコトがいっぱいあるんだわ。そーゆー時、オレみたいなカッコいい男に優しくされると嬉しいじゃん?」
「はい、辛い時に人に優しくされれば嬉しいです」
「だろ? オレはそーゆー人たちと一緒に酒飲んで、優しくしたり、馬鹿話をして楽しませたり、時には恋人の真似事をして金もらってたんだわ」
「なるほど、リュートは人を幸せにする仕事をしていたのですね」
「……ちげーよ、馬鹿」
手に持っていた薬草を投げ捨て、リュートは私の頭をわしわしと撫でた。
「心の弱った奴につけこんで金を貢がせるっての、どこが人を幸せにする仕事なんだよ。そりゃ、オレはいつだって相手を喜ばせる言葉を吐く自信があるぜ。いくらだって幸せな気持ちにしてやるよ、そいつらが金を払ってる間だけな」
リュートは笑っている。吐くように言葉を絞りながら。
私は今までこんなに美しくて苦しい人の笑顔を見たことがない。
「私にはリュートのいた世界のことはまだよくわかりません。でも、幸せな気持ちがお金で買えるのって、なんだかいいですよね」
「は?」
「だって、最初にリュートが話していたじゃないですか。苦しい時に素敵な人に優しくされると嬉しいって。対価を払ってでもリュートに優しくされて幸せな気持ちになりたい人がいるのなら、リュートがよければそれは正当な取引じゃないでしょうか」
「わかったような口をきくなよ。あんた、オレのコトどれだけ知ってんの」
「リュートが元の世界の仕事に、あまり良い感情を持っていないことはわかりました。でも、そんな風に自分のことを蔑むのはやめてください。そして、そんなにつらい顔をして笑わないで」
リュートに張り付いたままの笑顔が歪む。
「私は、リュートのことも異世界のことも、まだよく知りません。でも、リュートが優しい人だと知っています」
「オレが優しいとか、どこに目つけてんだよ」
「リュートはこんな私のことを忌み嫌わないでくれました。それだけじゃなくて、もっと自信をもて、と言ってくれました。それが私にはとてもうれしかったんです。だから私も同じことをあなたに言います。そんなに自分を蔑まないで。あなたはとても優しい方です。もっと自信をもって」
思わず手にした薬草をほうり出し、リュートの手を握りしめた。
「……オレが女に慰められるとか、マジねーわ。オレ、女の子を慰める方のプロなんだぜ。ちょっと情けなくね?」
「今のリュートのお仕事は私のお手伝です。情けないことは何もないですよ。だから、リュート、無理して笑わないでください」
「あはは、やべぇなオレ。この程度で涙腺緩むとか、ちょっと情緒バグってるわ」
「突然知らない世界にほうり出されて、普通でいられるはずありません。大丈夫ですよ、ここには他に誰も来ないです」
「わりぃけど情けないついでに、ちょっと胸、貸してくんない?」
「いいですよ」
私の背中に手を回して身体を引き寄せると、リュートは私の胸に顔をうずめた。
どうしても泣き顔を見せたくないらしい。
私は彼が落ち着くまで、金の髪を優しくなで続けた。
「なぁ、トゥエ」
「はい、落ち着きましたか?」
「あんた、ロリぷに体型とか、やっぱ最高じゃん」
「……なんとなく褒められていないことだけは伝わりましたが、今日は不問にしておきましょう」
「えー? 褒めてんじゃん」
「言葉はわからなくても、伝わることはあるんですよ、リュート」
私は最後に彼の髪をぐしゃぐしゃにしてやった。
次の更新は週明けの予定です。
何かの事故で進捗が前倒しになったら、週末に1話くらい進むかもしれません