聖者リュート_02
トーアの街についた私は、街の中を見て回りたいというリュートをなだめながら教会に向かった。
「……このボロい建物が教会?」
「言いたいことはわかりますが、これからあながたお世話になるところです。異世界の作法で構いませんので、ちゃんと挨拶してくださいね」
神の存在が希薄なこの世界では、教会は信仰の対象というより、孤児や浮浪者、それに働けなくなった者たちの救護院としての役割が大きい。
それゆえに、教会は礼拝をおこなう場所というより、雑多な人々が身を寄せ合って住んでいる、治安の良いスラムのような場所なのだ。
みな、神を信じていない訳ではないのだが、改まって教会で祈りを捧げるような者は、歳を召した者か、よほど信心深いものに限られてる。
「なるほどな。異世界から来たオレは、教会で保護してもらう立場ってことか」
リュートは不機嫌そうに頭を掻いた。
折角の奇麗な金髪が台無しだ。
「リュートは異世界から神の力で招かれた客人なのですから、教会はできる限りあなたの助けになりたいと考えています」
「その助けってのも、この様子じゃあんまり期待できそうにないんだけど」
「教会に余裕がないのは事実ですが、ここにいれば飢えることはありませんし、暖かい寝床もありますよ」
「そのレベルかよ、リアル異世界ってのは」
「もしかして、リュートは元の世界と同じような生活をお望みなのですか? さすがにそれを叶えるのは難しいです……」
転生者がもといた世界は、文明や文化が発達していると父から聞いていたが、それがこの世界でどのくらいの豊かさなのか私にはよくわからない。
彼に王侯貴族のような生活を求められても、それを叶えるのは難しい。
どうすればリュートは納得してくれるのだろう。
「……怒ってんじゃあねぇよ。ちょっとオレが思ってた異世界転生と違ってただけだから、そんな顔すんなって」
そういってリュートはまた私の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「この世界に、ようこそおこし下さいました、リュート様」
「『様』なんて、そんなよそよそしい呼び方はやめてください、シスター。あなたのような美しい方に距離をおかれているようで悲しくなってしまいます。どうぞ、リュートと呼んでください」
教会の責任者であるシスター・エメリアを前にすると、リュートは彼女の前に片膝をついてひざまずき、花が咲くような微笑みを浮かべた。
「リュートさん、あまりこのようなおばさんをからかわないでいただけませんか」
「何をおっしゃいます。あなたの清楚な美しさは、たかが年齢によって損なわれるものではありませんよ」
「あらあら、異世界の方はお世辞が上手でいらっしゃる」
「お世辞ではなく本心ですよ、シスター。この手を見れば、あなたがこれまで教会にどれだけ尽くしてこられたか、転生者のボクでさえよくわかります」
胸に手をあてシスター・エメリアに挨拶をしていたリュートは、おもむろに彼女の手を優しくとった。
なんだこれ。
リュートの周りに薔薇の花が飛んで見えるのは気のせいだろうか。
シスター・エメリアはこの教会を取り仕切っている女性で、今年四十八歳になる。
流石に若造に手を握られた程度で頬を染めるようなことはないが、見目麗しいリュートからの褒め言葉に、まんざらでもない様子だ。
しかし、さっきからリュートのやっている異世界の挨拶は、動きは洗練されているのだがどうにも相手との距離が近すぎる気がする。
それにしてもこの空気はなんだ。
もしかしてリュートは、シスター・エメリアを口説いているのだろうか?
「リュートさん、この世界に来たばかりでお疲れでしょう。まずはこの教会でゆっくりなさってくださいね」
「ありがとうございます、シスター」
キラッツキラの笑顔を浮かべながら、リュートはシスター・エメリアの手をとったまま、流れるような美しさで立ち上がった。
「何かあればそこのトゥエになんでも相談してください。それと、リュートさん」
「はい、なんでしょう?」
シスター・エメリアはリュートの右手を両手で優しく包んでこう言った。
「この世界はあながた望んでやってきたものではないかもしれません。ですが、これには神の導きがあり、なんらかの意味があるものだと私は信じています」
その言葉に、リュートの笑顔から嘘臭さが消えた。
彼は黙ってシスター・エメリアの顔をじっと見つめている。
「転生者リュート。私はあなたがこの世界で成すべきことを見つけられるよう祈っています。そして教会はいつでもあなたたち転生者の味方です。どうかそれを忘れないでくださいね」
「……ありがとうございます。シスター・エメリア」
リュートが彼女に返した返事は、私の耳にはなぜか少しばかり寂しそうに響いた。