王都への道
私はトゥエ。転生者の娘だ。
父の遺言に従って、私はこれまで転生者を導く役割を担って生きてきた。
-- いいかい、多恵、転生者っていうのはこの世界のことを何も知らないままやって来るんだ。
転生するときに、神様から何か特別な力を与えられる訳でもなく、この世界のことを教えてもらえることもない。
価値観や物の考え方、それにこの世界では子どもでさえ知っている些細なことでさえ、なにひとつ初めてのことなんだ。
多恵、もしお前が良ければ、次にやってくる転生者にこの世界のことを教えてあげてくれないか。
お前には僕のいた世界のことを沢山話してきたから、きっと彼らの話や考え方を理解することができるだろう。
そして、どうかこの世界のことを教えてあげてほしいんだ。
僕と同じように転生して来た者が、自分自身の力でこの世界で生きていけるように
そして願わくは、後からやってくる者たちも、僕と同じようにこの世界で幸せに死んでいけるように --
父が天に召される前、最後に私に残した言葉。
私は父の願いを叶えるため、そして父と同じ転生者への抑えきれない興味のために、これまで何人もの転生者たちと共に生きてきた。
だが、もう新たな転生者は生まれない。
私が今感じているこれに名前をつけるなら、喪失感ということになるのだろう。
そして、その気持ちをもてあましながら、私は旅の支度を整える。
背嚢に着替えと野営の道具を入れたあとは、食糧として干し肉、干しナツメ、そして教会で焼いている硬いパンを、中に入るだけ詰め込んでおく。
旅の行先は王都にしよう。
あそこには数多くの転生者たちが眠っている。
まずは彼らの墓を訪ねて、思い出話をするのも悪くない。
そう決めた私は、教会の敷地の片隅にある小さな小屋をあとにした。
転生の門があるトーアの街から、王都レ・ラ・シルまでは馬車で三日ほどの距離になる。
王都までの街道は馬や人の往来も多く、道を大きく外れなければ治安も良いのだ。
私も最初は歩いて王都を目指していたのだが、道中、運よく旅回りの劇団の馬車に乗せてもらえることになった。
彼らは、教会の復権祭の出し物のために、王都へ向かうところだという。
演目は「聖者リュートの生涯」
復権祭では定番の物語である。
神々が姿を消し、信仰が失われかけていたこの世界に、異世界から一人の聖者が使わされた。
聖者は、信仰無き貴族たちに神の教えを説き、人々が蔑む者たちを自ら助け、ついには国王を教会に帰依させ、神の権威を取り戻したというストーリーだ。
それを記念して、王都では年に一度復権祭が行われており、今がちょうどその時期にあたる。
劇団の座長の話では、今年は百五十年目の節目の年として盛大な祭りが催されるのだという。
王都までの道中は、とても賑やかなものになった。
一座の人々は、歩いて王都に向かっている者をみかけると、気軽に、どうだい? 銅貨五枚で馬車に乗っていかないか?と声をかけ、いつの間にか馬車は復権祭目当ての旅人や行商人でいっぱいになっていた。
夜になれば、みな、まちまちに食事をとり、寝床をしつらえたが、その真ん中では劇団員の一人が六弦の楽器(これも転生者がもたらしたものだ)をかき鳴らし、夜遅くまでにぎやかな音楽をかなで、ともに旅をする者たちを楽しませてていた。
馬車に乗せてもらったおかげで、王都レ・ラ・シルには復権祭のニ日前に到着した。
街のあちこちには紙で作られた色とりどりの旗や花が飾られており、あとは復権祭を迎えるばかりの様だった。
王都の教会には、聖者リュートを祀った立派な廟が建てられている。
復権祭を前に、小さな家ほどもある大理石で作られた彼の墓標は、彼が愛したという白い薔薇で埋め尽くされている。
【神の忠実なる使徒にして、大いなる転生者リュート ここに眠る】
美しく飾り彫りが施された墓標に、一層大きく刻まれた文字。
聖者リュートは私が共に生きた転生者の一人だ。
だが、私の知る彼は、皆が伝えている聖者その人とは随分違う。
もし彼が今、この真っ白な薔薇に包まれた自分の墓標を見たら、一体何を思うのだろうか。